第5話 出撃

 椎名はブラオヴィントのコックピットに乗り込んだ。

 ブラオヴィントの高さは、10mを少し超える程度。コックピットは胸部にあるが、胸部はほぼコックピットで占められるいる。

 今は、膝をついたブラオヴィントの胸部のハッチが上に開き、中のコックピットがむき出しになっている。


 コックピットと聞くと、機械的なものをイメージしてしまうが、ブラオヴィントのコックピットには機械的な要素がまるでなかった。

 むしろ、滑らかな白い壁で覆われているが、どこか温かさや柔らかさのようなものを感じる。

 狭いコックピットの中には、壁と一体になっている椅子があり、椎名なはそこに腰かける。シートベルトのようなものはない。


「ハッチを締めますね」


 椎名についている整備士が声をかけてくる。

 椎名としては、ルフィーニさんについてもらって、いろいろ教えてもらいたかったのだが、彼女は格納庫の隣の儀式場でドナーに乗り込んでいるはずの丈についている。

 茶の国の偵察部隊接近の報せを受け、丈とルフィーニを向こうに残し、椎名はブラオヴィントに乗るためにこちらへ連れてこられていたのだ。


「わかった、閉めてくれ」


 開いていた胸部のハッチが閉じられ、椎名は狭いコックピット内に閉じ込められるかたちとなった。

 さきほどまで白が眩しかったコックピット内が闇に包まれる。


「これじゃあ、何も見えないぞ……」


「ラブパワーをブラオヴィントに送り込んでください」


 姿は見えないが、整備士からの声はハッチを閉じても、なんとか聞こえてきた。


「簡単に言ってくれる……。そもそもラブパワーってなんなんだよ」


「心を熱くして、気持ちをそのままブラオヴィントにぶつけてください。そうすれば、ブラオヴィントの方が反応してくれます」


 椎名の声も外に聞こえているようで、独り言のような愚痴に整備士が丁寧に返してくれた。


「心を熱くって言われてもなぁ……」


 勝手がわからないまま、椎名は拳を握り、気合いを入れてみる。


(こんなことで反応してくれれば世話ないぜ)


 正直、椎名はなにか反応があるとは期待していなかった。

 だが、それだけのことで、コックピット内に光が広がる。

 コックピット内の周囲の壁が明るく輝いたかと思った次の瞬間には、周囲360度が透明になり、機体の外の格納庫が透けて見えた。

 足もとも透明で、まるで宙に浮いているかのようだ。


「まじかよ……」


 自分が巨大ロボットに乗ることに今の今まで実感が沸いていなかったが、自分の気合いに反応してくれたマシンに、椎名は気持ちがたかぶるのを感じる。


「これがロボット……俺のロボット……」


 椎名は感激に打ち震え、いざ操作をしようと試みるが、肝心のモノがコックピット内にないことに今更気づく。


「よく考えたらレバーもペダルも何もないじゃないか! これでどうやって動かせっていうんだ?」


「自分とブラオヴィントとを頭の中で重ねるんです! そうすれば、あとは頭でイメージした通りに動いてくれます」


 またも椎名のぼやきを聞き取った整備士が反応してくれた。


「イメージって、本当にそんなことでこんな巨大なものが動くっていうのか?」


 椎名は疑問に思いながらも目を閉じて、心を落ちつける。


(俺とこいつは一体……俺がブラオヴィントで、ブラヴィントが俺……)


 頭の中で、膝をついている今のブラオヴィントの姿がイメージできた。

 そのまま、自分が立ち上がる感覚と、ブラヴィンとが立ち上がるイメージとを重ねる。

 その瞬間、実際にブラオヴィントが動き出した。


「おおおっ!」


 椎名のイメージした通り、ブラヴィントが立ち上がった。

 椎名が目を開けて下を見れば、先ほどよりもずっと地面が遠く見える。その怖く感じるほどの高さで、本当にブラオヴィントが立ち上ちあがっているのだと椎名は実感する。


 一度ブラオヴィントとリンクしてしまえば、もう目を閉じる必要はなかった。

 椎名が右手を動かそうと思えば、それに反応してブラオヴィントの右手も動く。

 それはもう、椎名にとって、自分の身体を動かしているのとほとんど差がないほどに自然なことだった。


 気が付けば、隣の部屋から、黒いラブリオン――丈の乗るドナーが歩いて、格納庫へと入ってきていた。


「ジョーも乗りこなせてたのか」


「ああ。お前のほうも大丈夫そうだな」


 独り言のつもりだったが、椎名の声は丈に届いていたようだ。

 整備士とは距離が近かったからまだわかるが、ドナーとの距離は普通に声が届くような距離ではなかった。


「この距離でも声が聞こえるのかよ。どうなってんだか」


「ラブパワーとやらが空間を伝わって無線のような効果を発揮するらしいぞ」


 椎名の疑問に答えたのは、丈だった。


(今マシンに乗ったばかなりなのに、なぜそんなことまで知ってるんだよ……)


 疑問が解消したのに椎名の気持ちは晴れない。むしろ、丈の優秀さを見せられたようで、心にもやもやしたものを感じてしまう。


「ジョー殿、シーナ殿、行けそうですか?」


 ルフィーニの声だった。

 ブラオヴィントとリンクしているおかげか、ラブパワーを伝わって届いてくる声の方向まで直感的にわかる。

 椎名がその方向に目を向けると、青いラブリオンの姿がそこにあった。

 ブラオヴィントとドナー以外のラブリオンは、青で染められたどれも同じ形のラブリオンだ。

 そのため、見た目で搭乗者を判別することはできないが、そのラブリオンから伝わってくる目に見えない感覚が、その搭乗者がルフィーニであることを告げていた。頭では理解できないが、この不可視の感覚こそ、ラブパワーなのだと椎名は本能で感じ取っていた。


「ああ、問題ない」


 先に答えたのは丈だった。


「俺も行けます!」


 また先を越されたと思いながら、椎名も丈に続く。


「では、私についてきてください」


 ルフィーニのラブリオンが格納庫の外へと進んでいく。

 ドナーとブラオヴィントもそれに続いた。


◇ ◇ ◇ ◇


 ルフィーニのラブリオンを先頭に、その後ろにドナーとブラオヴィントが並び、さらに後ろに10機のラブリオンが並んでいる。

 これが今回、敵の偵察部隊の迎撃に出る青の国のラブリオン隊だった。


「ここからは飛んでいきます」


「へ? 飛ぶ?」


 ルフィーニの声に、椎名は驚きの声で返す。

 自分が乗っているのは人型のロボットだ。まさか飛ぶとは思いもしなかった。こんな形状で飛ぶ兵器など、元の世界でもアニメや漫画の中にしかない。


(俺、飛んだことなんてないから、そもそもイメージができないぞ!?)


「背中に翼をイメージしてください」


 見れば、ルフィーニのラブリオンからピンク色に輝く光の翼が現われた。


「そのまま空に舞う自分をイメージしてください」


 ピンクのラブ光をまき散らしながら、ルフィーニのラブリオンが空に舞い上がった。それは、飛行機やヘリコプターといった椎名が知る飛行物体よりも、遥かにスムーズな飛翔だった。上からロープで引っ張り上げられたかのように、あまりに自然ら飛び上がっていった。


「あんな巨大なものがこんな簡単に飛ぶのかよ……」


「ラブリオンとは空を飛ぶものなのです。まずそのことを頭に入れてください」


 空からルフィーニの声が飛んできた。


「そんなこと言われても……」


 戸惑う椎名。

 だが、そんな椎名をよそに、隣のドナーの背中に、ルフィーニと同じピンクの翼が出現した。


「なるほど、こういう感じか」


 何かコツを掴んだような丈の声が、聞きたくもないのに聞こえてきた。

 椎名が見つめる中、丈の乗るドナーが、軽やかに飛び上がっていく。


「まじかよ……」


 またも先を越されて椎名は動揺する。

 椎名も慌てて目を閉じて、背中に翼をイメージする。


(翼、翼……背中に翼……)


 しかし、ブラオヴィントに変化はない。


(くそ! 歩いたり走ったりするのとはわけが違う! 俺、翼を生やしたことないんだから! 夢の中でだって、空を飛んだことはあっても、翼を生やしたことなんて……)


 椎名は子供のころに見た夢を思い出す。

 夢の中での自分は翼もなく空を飛んでいた。なぜ飛べるのか、どうやって飛んでいるのかなど考えもしなかった。なんの考えもなしに、ただ飛べたのだ。身体から力を抜けば、風に導かれ、あるがままに宙を舞っていた。あの浮遊感、風と一体となった身体の軽さを思い出す。


 ブラオヴィントに光の翼は自然と生まれていた。


(……飛べる)


 椎名はなんの理由もなく、ただ素直にそう感じた。息をするのと同じくらい自然なこととして。

 刹那、ブラオヴィントの青い機体は、蒼天目掛けて飛び上がっていた。


「これが空……。おれは空を自由に飛んでいるんだ……」


 それだけでもこの世界に来た価値がある。空の中で椎名はそう感じていた。

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