第4話 ブラオヴィントとドナー
二人が連れられていったのは格納庫の隣の部屋だった。
その部屋と格納庫とは、ラブリオンが立って通れる程の大きさの扉で仕切られている。
ルフィーニは格納庫に入る時と同じような手順でその巨大扉を開け、二人を中に導いた。
その部屋は、先程ルフィーニが言った「儀式」という言葉がぴったりくるような部屋だった。暗めの部屋で、四隅にはどういう原理かはわからないが薄ぼんやりした光が浮かんでおり、中央には大きさが二十メートル程もあるハートマークが描かれ、その周りを黒いローブをまとった、魔法使いを思わせる人間が三人で囲んでいる。
彼らは宝石のついたサークレットをしたり、グロテスクな色と形をしたペンダントをしたりと、いかにもそれっぽい雰囲気を醸し出していた。
「……なんなんだ、この人達は?」
異様な様子に、椎名はひきつる顔をルフィーニに向けた。
「あれを見てください」
そんな椎名の様子を楽しむかのような表情でルフィーニはハートマークの中央を指さす。そこには高さ二十センチ程の人形が置かれていた。その人形を椎名達の世界のものにたとえるならば、ガレージキットがもっとも適当だろう。組立も、パテ埋めも終わったガレージキット。ただ、本格的な塗装はまだのようで、色は黒一色。
「あの人形がラブリオンの元になるもです」
「はあ?」
意味不明の言葉に眉を寄せて、ルフィーニの顔をのぞき込む椎名。
「本当は先に塗装をするのですが、今回は急遽用意することになりましたので、塗装せずにラブリオン化させます。……そろそろ儀式が始まります。とにかく、黙って見ていてください」
ルフィーニが顎を前に突き出して向こうを見ろと言うので、椎名達は視線を正面に向ける。そこではハートを取り囲む術者達が両手を合わせて、額に汗しながら呻くような感じで口を動かしていた。だが、彼らが必死に何かを言っているように見えるものの、その口から言葉は一切漏れてこず、ただ口をパクパクさせているようにしか見えない。
「彼らは何をしているだ? 言葉が喋れないのか?」
「彼らの言葉の持つ力は、音を伝えるためではなく、この世界の空間に存在するラブパワーを呼び集めるために使われているのです」
「言葉の持つ力? ラブパワーを呼び集める?」
意味のわからない言葉に眉間に皺を寄せ、丈がその意味を尋ねようとした時、隣で椎名が驚愕の声を上げた。丈がその声につられて、視線を正面に戻すと、ハートの中の人形に異変が起こっていた。体を七色に変化させながら周りにプラズマの光のようなものを発生させているのだ。そして、そのうちに最大の異変が始まった。人形が、一瞬膨らんだかのように見えた後、それが目の錯覚かと思う間もなく、実際に巨大化を始めたのだ。
それが十メートル程の大きさに達するまで十秒とかからなかった。すべての現象が収まった後、そこに立っていたのは、全長十メートルの漆黒のラブリオンだった。
「これがラブリオン、ドナーです。ブラオヴィントと比べても遜色はないでしょ?」
ルフィーニの言う通り、ドナーの出来はブラオヴィントに勝るとも劣らなかった。その勇姿はブラオヴィントよりもスマートで凛々しい。パワーのブラオヴィント、技のドナーといった感じだろうか。
椎名と丈はただ呆然とドナーを見上げながら、今起こった甚だしく現実離れした出来事に驚嘆するしかなかった。
「まず造型士が丹精込めて雛形を作り上げる。そして術者がその雛形をよりしろとして世界に溢れるラブパワーを集める。──そうやって、初めてラブリオンとなるのです」
ルフィーニが説明をしてくれるが、心ここにあらずといった感の二人にその言葉が届いているかは疑問だった。
「それで、このドナーとブラオヴィントですけど、どちらがどちらに乗るか決めていただけますでしょうか?」
「本当にオレ達を乗せる気なのか……」
目の前で巨大化を見せられ、ルフィーニに笑顔でそういうことを言われても丈はこの現実を受け入れられないでいた。常識人ならそれも当然のことであろうが。
「俺はさっきのブラオヴィントとかいうやつの方がいいな」
丈と違って椎名は結構乗り気に見えた。それは椎名が常識人でないとか、アニメの見過ぎというよりも、前向きに生きているということなのかも知れない。
「やっぱり正式に選ばれた方がいいってことか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
黒色よりも青色が好き。単にそれだけの理由だった。
「まぁ、シーナが向こうがいいと言うのなら、オレはこっちで構わないが」
「では決まりですね」
「……それで、オレ達がそちらの期待通りに働き、この国に充分な利益をもたらせば、元に世界に戻してもらえるだろうな?」
丈は当然のことだろうと思いつつ、確認のために聞いてみたのだが、その質問にルフィーニは顔を曇らせた。
「……申し訳ありません。私達はあなた方のいらした愛の世界から呼び寄せる術(すべ)は知っているのですが、こちらから愛の世界へ送る術(すべ)は知らないのです」
その言葉に二人の動きは止まった。そして二人の顔に暗い影が差す。
「本気で言ってるのか?」
コクリと頷くルフィーニ。
(くそっ! オレ達がここで生きて行くには、こいつに乗るしかないってことか!)
丈はドナーに手をつきながらそのマシンを見上げた。そして歯を食いしばって込み上げてくる呪いの言葉を喉元でとどめる。
その直後だった。国境付近に茶の国の偵察部隊が侵入してきたとの情報が入ってきたのは。二人はいきなりではあるが、訓練も兼ねてルフィーニ指揮のもと二機のラブリオンに搭乗してその戦いに赴くこととなった。
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