第7話 祝勝会の二人
国境付近での茶の国の偵察部隊との戦闘は、椎名や丈の活躍もあり、青の国の圧勝で終わった。
その夜、城では二人の歓迎と勝利の祝いを兼ねた晩餐会が開かれていた。
「しかし、俺はいまだに信じられないぜ」
「何がだ?」
晩餐会の雰囲気に馴染めない──というより、この世界の雰囲気自体にまだ馴染めていない二人は、人々の楽しそうな声が溢れる広間を離れ、バルコニーで佇んでいた。
「全部だ、全部。いきなりこんな世界に呼ばれたこと、ロボットに乗って戦ったこと、そして俺が今ここにいることも含めて全部」
「夢だと言いたいのか?」
「そうだといいけど……そうじゃないことは実感としてわかる。悔しいけどよ」
「物わかりがよくなったな」
「……お前、えらく冷静だな」
「慌てることで解決するならオレもそうするさ。……だが、もしこの世界に来たのがオレ一人だけだったら、こんなに落ち着いてはいられなかっただろうな。正直言って、お前といることで、俺は平静でいられる部分はあるな」
「……ジョー」
なんとなしに城の庭に降りている夜を見ていた椎名だったが、その意外な言葉に思わず丈の方に顔を向ける。
「なにせ、お前が動転してる分、オレが頑張らないといけないからな」
「……俺を頼ってくれてるのかと思ったら、そういうオチかよ」
椎名はだらしなくバルコニーのフェンスに腕を置き、それを枕代わりに頭を乗せて、再び外の景色に目をやった。
「いや、頼りにしてるのも事実だぞ。お前の勇気と無謀さは折り紙付きだからな」
「ちっともフォローになってねーのはわかってるよな」
「ま、それはともかくとして、オレ達はもっとこの世界のことを理解していく必要性があるな。敵を知り己を知れば百戦危うからず。現代においても情報戦は実際の戦闘以上に重要だ」
「……優等生野郎め。また小難しいことを言い出しやがって」
「難しくはない。今までに得られた情報を整理しておく必要があると言ってるだけだ」
「最初からそう言えっての」
丈の顔に苦笑いが浮かぶ。
「まずは科学力──文明レベルと言い換えてもいいな。それから考えるか」
「あのラブリオンを初めて見た時はびっくりしたけど、じっくり見渡してみると、それ以外はたいしたことないんだよな。日本でいえば、大正時代ぐらいのレベルだろうか?」
「たしかに、科学力はオレ達の世界の方が進んでいるように見えるな。だが、単純に比較するわけにはいかないぞ。この世界はオレ達の世界とは違った文明を発展させてきた考えるべきかもしれない。つまり、ラブリオンを巨大化させたような、ああいった呪術的な文明を発展させてきたのだと」
「まるで魔法だぜ」
椎名の口調はどこか投げ遣りだった。
「オレ達にはそう見えるが、魔法で片づけては先へ進めないぞ。それらは論理的な法則を持っていて、彼らはそれを解き明かして利用しているはずだからな」
「どうしてそう言える?」
「そうでなければ、このように色々と応用を利かせられるはずがない」
「基本がわかっていなければ、応用はできないということか……」
「ああ。つまり、さっきも言ったように、彼らにとっては、オレ達には魔法に見えるもの、それこそが科学なのだろう。つまり、彼らはオレ達の世界の科学とは違う科学をここまで発展させてきたということだ」
「科学の発展か……。そうすると、それの最先端の科学があのラブリオンということだな。あんなもの、俺達の世界にも存在しない」
「そうだな。そしてオレ達の当面の問題はあのラブリオンに関してということになる。オレ達はあれに乗って、この世界の人間以上にうまく扱い、自分達の存在価値を示さなければならないのだから」
そう言う丈からは悲壮感さえ感じられた。理由のわからない椎名はおどけた顔を丈に向ける。
「おいおい。なに使命感に燃えてるんだよ。俺達はこの世界に呼ばれた、言ってみればお客様みたいなものだろ。向こうにしてみれば、ラブリオンに乗っていただいているってことになるんじゃないのか?」
「形式上はな。だが、オレ達を呼べたということは、ほかの者を呼ぶこともできるということだ。そうだとしたら、オレ達は使い捨ての駒。死ねば新しいのを用意すればいいし、役に立たなくなっても別のを使えばいい──そんなあやふやな存在でしかない」
「……そうか。だから俺達は自分達の力を示さないといけないというわけか」
丈の真剣さの理由が椎名にもようやく理解できた。脳天気気味だった椎名が一気に陰鬱になる。
「そう暗くなるな。今日は初めて乗ったにもかかわらず、オレ達はあれだけの戦果を挙げることができた。オレ達のポテンシャルは、皆が言うようにこの世界の人間以上だ」
「ラブパワーとかいうやつが、ほかの奴らより大きいらしいな」
「何故英語なのかは皆目見当がつかんが、直訳すれば『愛の力』というところか。……お前好みだな」
「バカ言ってんじゃねぇ。それならお前が最強じゃねぇか。このモテモテマンが!」
「……お前の語彙力には呆れるばかりだな」
丈の呆れ顔の半眼が椎名の方を向く。
「ほっとけ!」
「それより、そのラブパワーについてオレ達はもっと知る必要がある。それがラブリオンを動かす力になっているらしいし、オレ達がこの世界で生きていくためには、その力を使いこなさなければならないのだから」
「それにはまずラブパワーが一体何なのかという根本的なことがわからないと……」
「ラブパワー・イコール・愛の力。その考えは基本的に正しいわよ」
突如後ろから割り込んできた声に、二人は慌てて振り返る。
その視線の先に立っていたのは、椎名達よりも二つ三つは年下に見える女の子。肩につくかつかないかというところまで伸ばした黒髪に、同じく黒く大きな瞳と長いまつげが印象的で、その瞳は好奇心の光に溢れ二人を見定めるためにせわしなく動き回っている。
「初めまして。ご活躍のほどは聞き及んでおりますわ、救世主殿」
その女の子は大人びた品性を感じさせる口ぶりで挨拶をした。
しかし、彼女の格好はその言葉遣いとは似つかわしくない、質素でカジュアルなもの。今宵この晩餐会に参加している者は皆正装してきている。会が開かれている広間とは離れたバルコニーにいるとはいえ、場違いな格好であることは確かだ。
「君は?」
「ミリアと申します。以後お見知り置きを」
慇懃におじぎしてみせたと思った途端――
「なーんてのは、私にはあわないわね」
ミリアと名乗った女の子は、一気に型を崩し、はにかんだ笑みを浮かべながら肩をすくめてみせた。
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