第8話 祝勝会の三人
「ごめんね、話に割り込んじゃって。あなた達が楽しそうな話をしていたから、つい」
「……君はラブパワーについて詳しいのか?」
怪しい人物ではあったが、不思議と気を許してしまいたくなる雰囲気を持つミリアと名乗った女の子に、椎名は尋ねてみる。
「どこまでを詳しいと言い、どこまでを詳しくないって言うのかその境がわからないけど、普通の人以上には深く考えているつもりよ。なにしろ、この世界の人はみんな結果だけにこだわって、その過程に関しては深く探求しようとはしないから」
「どういうことだ?」
「さっきあなた達は、私たちが不可思議な力の法則を解き明かしてそれを応用しているはずだって言ってたでしょ。でも、それはハズレ。私達はむしろその論理的な法則性を忘れてしまったのよ。今使っている技術を開発した遠い祖先は、おそらく法則を知っていたはず。そうでなければ、今こんな技術が存在しているはずないもの。でも、その後の人々は効果だけを優先した。どういう仕組みでそうなるのかということを無視し、ある技術を使うことである効果が得られる、そのことだけで満足した。そして、より有益な技術だけを使用していき、効果が落ちる術は次第に使われることが少なくなり、やがて消えて行った。つまり、今残っているのは、祖先の遺産の、より役に立つものだけ。しかも、どういう理由でそうなるのか仕組みもわからず、ただやり方だけがわかっているようなものだけ」
「ジョー、お前の予想、大ハズレだな」
椎名は鬼の首でもとったかのような顔で丈を見るが、丈は耳に入らない様子で眉をしかめている。
「……愚かなことだな。しかし、何故そんなことに?」
「ホント愚かね。私もそう思うわ。みんなは、現在の自分以外のことに無関心なのよ。他人に深くかかわろうとしないのはもちろん、未来の自分のためにも動こうとはしない。だから、より人の役に立つ術に発展させようという気にならないのはもちろん、自分のためでさえ術の開発を行おうとはしない。明日のよりよい幸福よりも、今そこにある幸せで満足してしまうような人種なのよ」
「明日の百より、今日の五十ってか」
「しかし、オレが見た限り、人々の様子はそんなふうには見えなかったが? そもそも、そんな考えではまともな社会自体成り立たないはずなのに、ここではちゃんとした王政が敷かれている。それはどう説明してくれる?」
鋭いところを突く丈。だが、ミリアの表情には困惑した様子はない。むしろ嬉しそうに口元を緩めている。
「私が言ったのは、あくまでこの世界の人間の心の奥底にある気質みたいなものよ。みんながみんな、そんな刹那的な生き方を強調して過ごしているわけじゃないわ。働かなければ生きていけない、そんなことはみんな百も承知。でも、無意識下の根本的な部分にはさっき話したような想いがあるから、時代が進むごとに少しずつ少しずつ文明が退化していってしまうのよ」
「わからん話ではないが……。しかし、納得できないのは君がそういった理解ができるということだ。君のその考えは、別の人種──つまり、そういう潜在意識を持つこの世界の人間とは違う世界の人間──との比較によってしか生まれないはず。この世界という閉じられた一つ空間の中では、そこに住む者の標準的な性質こそが唯一絶対の基準となるのだから、君のような考えが出てくるはずがない」
「さすがね。鋭い指摘だわ」
「……俺にはわけわからん」
椎名は丈の言うことを腕組みしながら一生懸命聞いていたが、結局は首を横に振りながら両手をWの字にして肩をすくめる。
「私が比較したのは、伝説として伝わる愛に溢れた世界──つまり、あなた達がいた世界よ」
「ルフィーニさんも同じようなことを言っていたな。……しかし、愛に溢れた世界って……なんと言うか恥ずかしいセリフだな」
「この世界の人間はそう認識しているのよ。だから、ラブリオンを動かす力でもある、その愛の力を有しているあなた達は、みんなに畏敬の念で見られているわ」
「おいおい。なんかえらく愛を物珍しげに語ってくれるけど、この世界の人間だって人を好きになったりはするだろ? だいたい、そうでなきゃ結婚もできないし、子供も生まれないし、種族自体が存続できないじゃないか」
「結婚の相手はたいてい家柄なんかを考慮して親が決めるわ。伝説の愛の世界じゃ、愛し合った者同士が自由に結婚するのが普通だそうだけど、この世界じゃそういうのは
「うわぁ、すごくイヤな世界。俺には我慢できんな」
「でも、私達だって人を好きになることくらいはあるのよ。けど、愛っていうのは私達が感じる、相手に対して好意を持つってこと以上の力だそうじゃない。そう、たとえばその相手のために死ぬことさえできるくらいの」
「うーん、愛のために命を懸けるか……。君のためなら死ねる、とか言う台詞は聞くが、実際に行動できる奴なんて、俺らの世界にだっていないけどなぁ」
「……話から考えるに、我々との違いは感情の起伏の差かもしれないな」
考え事をしながら二人のやりとりを聞いていた丈が、小難しい顔を解いて口を開いた。
「なんだそりゃ?」
「この世界の人間は、平均すると、何事に対してもオレ達よりも心が動かない性質じゃないかってことだ。人を好きになるにしても、たとえばオレ達の半分くらいしか心が動かないから、人に決められた相手と結婚できるし、好奇心にしてもずっと小さいものだから、技術を発展させたり新しく開発したりしようという考えも起きにくい。だが、その分、憎しみや悲しみという感情も小さく、全体的に温厚なのではないかと考えられるな」
「戦争をしてるのにか?」
「それだって、憎しみあったが故に戦争しているわけではないんだろう」
丈が答えを求めてミリアの方に視線を向けた。それを受けてミリアは軽く一つ頷く。
「ええ。戦争の目的はたいてい経済力、発言力を強めるための領土拡大よ」
「オレ達とこの世界の人間の感情面の差はそうだとして……わからないのは、愛の力──ラブパワー――がなぜラブリオンの動力となっているかということだな」
「私が考えるに、愛の力で動くと言ってもそれは一種の概念的なことで、正確には人の感情に関係した精神的なエネルギーが動かす力となっているんだと思うわ。つまり、あなた達のラブパワーが高いのも、あなたがさっき言ったようにあなた達の感情の起伏が激しいぶん、精神エネルギーが大きいから。そして、愛って言葉が象徴として使われているのは、その精神エネルギーの中でも愛が最も強い力だから──じゃないかな?」
「……精神現象なんて脳内物質の反応ですべて物理的に説明しようというこのご時世に、精神エネルギーときたか。ずいぶんと、時代錯誤な考えだと思わないか?」
今まで難しいことを言ってきていたミリアのその子供じみた発言に、椎名は笑いは
大脳生理学に関する研究においては、この世界よりも自分達の世界の方が圧倒的に優れているな──と自分が研究していたわけでもないのに、勝手な優越感に浸る椎名だったが、丈は簡単に頷いてくれるほど単純な男ではなかった。
「そうとは言い切れないぞ、シーナ。確かにオレ達の世界では、様々な現象が物理的な説明で解明されてきてはいるが、残念ながら物理学のような科学は絶対ではない。たとえば──、ある刺激を受けることにより電気信号が神経を通って脳に伝わる。そしてその信号に従い、脳で人を興奮させる物質が分泌され、それにより人が興奮を感じる──と物理学では説明されているだろ?」
「ああ」
決して物理の成績がいいとは言えない椎名だが、それくらいのことはテレビ等で見聞きし、知識として持っている。
「その中の『脳において興奮をもたらす物質が分泌される』というところまではいい。何の問題もない。物理学的に証明できるのだからな。だが逆に言えば、物理学において証明できるのはそこまででしかない。つまり、その物質が分泌されることにより、なぜ人間が興奮を感じるのかという、物理的現象から精神的現象へ移るその部分においては何の証明も説明もされていない──というよりも、そもそも物理学ではそのことは問題にさえされない。そしてそれが物理学の限界でもある。物理学的な証明は論理的で説得力があるため、傍目には物理学は絶対的なものとして映りがちだが、それは物理学が物理現象という自分の得意な範囲でのみ戦っているからにすぎない。そのことを忘れてはいけないぞ」
「…………」
「いくつかの専門用語は理解できなかったけど、言いたいことはなんとなくわかったかな。それにしても、あなたの洞察の鋭さ、深さには心底感心するわ。……ところで、あなたは理解できた?」
「うっ……」
ミリアに視線を向けら、半ばパニック状態に陥っていた椎名は思わず口ごもる。
「大丈夫さ。シーナは一時の感情に押し流されるという欠点はあるが、愚者ではない」
「……だって。よかったね」
椎名に向けるミリアの目が優しいものになる。
だが、椎名にはその優しさがむしろ苛立たしい。
「うるさい。何がいいんだ、何が! だいたい、お前はホントにわかったのか? 電気信号うんぬんとか物理現象うんぬんとか言われても、この世界の科学レベルじゃ理解できないだろうが!」
「だから、完全にわかったとは言ってないわよ。言いたいことはわかるって言っただけで」
ミリアは椎名の指摘をさらりと受け流す。
「それだけで十分だ。今までの会話からも、君が聡明で、探求心も持ち合わせていることがよくわかった。しかし、わからないのは、なぜ君がそこまでの
「そういう変な奴だからだろ?」
椎名はその冗談めかした皮肉にミリアがどんな顔をするのか期待して、彼女の方に目を向けた。だがミリアは笑顔で平然としている。
「この世界の普通の人間の考えとは異質だという点では変なのは確かだが、問題はなぜ変なのかということだ。彼女の言うことが正しければ、彼女のような人間が現れることはないはずだからな」
「理由は……彼の言う通り『変』だからじゃないの?」
ミリアは妙に嬉しそうな顔で、椎名の方に目を向けた。
椎名のからかい程度では、彼女に腹を立てさせることはできそうもないようだ。
「何事にも例外はつきもの。こんな世界でも、私のような異端者が生まれてくる可能性はゼロとはいえないでしょ? でも、その理由を考えても答えはでないでしょうね。……偶然ってこと以外には」
「……そうかもしれないな」
今まで論理的な言葉ばかり紡いできたミリアの口から発せられた偶然という意外な言葉に、思わず丈の口元がほころぶ。
「世の中の出来事すべてを説明できるなんていうのは人間のおごりだ。理由もなくそうなってしまうことなんていくらでもある。特に、人間の心に関してはな」
「たとえば、人を好きになるのに理由がないっていうのとかか」
椎名にしては珍しく的を射た発言だった。
「……今晩はあなた達のおかげで非常に有意義な時間を過ごせたわ。ありがとう」
話が一つの結論を迎えたところで、ミリアが閉幕を告げた。
「いや。オレ達こそ、君のおかげでこの世界についての認識を深めることができた。感謝するよ。しかし、君は一体何者なんだ? 王宮にいるくらいだから、ただの人間ではないのだろうが」
格式ばったこの王宮ではいまだ見たことがないような、機能優先のミリアのラフな格好はさすがにおかしい。外見で判断するわけではないが、普段ならまだしも、今日のような祝いの席でこのような格好で動き回っても咎められないのは謎以外の何ものでもない。
初めは気にしなかった丈も、実際に話してみて、彼女の人間性を少しでも知ってしまうと、聞きたくなってくる。
「どさくさに紛れて王宮に忍び込んだ変なコソドロなんじゃねーのか」
椎名のからかいの言葉も、あながち冗談とは言い切れないかもしれない。
「そうね、もしかしたら似たようなものかもね」
「おいおい、マジかよ?」
自分で言ったことなのに、椎名が一番驚く。
「あはは。あなたって根が素直なのね」
ミリアが口元を手で隠して含むところのない笑い声を上げる。
「……首絞めるぞ」
「おおコワっ」
ミリアは両手で首を覆いつつ、おどけて数歩後ずさる。
「機会があればまた会うこともあるわよ、きっと。その時はまた楽しい話をしましょ」
それだけ言うと、後ろ手で扉を開け、ミリアはすっとこの場から姿を消した。
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