第11話 シーナの苦悩とジョーの苦悩

 初陣の後、椎名達は訓練を重ね、更にラブリオンの操縦に磨きをかけていた。

 元々この世界の者より遙かに高いラブパワーを有している二人である。青の国一番のパイロットである女騎士ルフィーニと互角に戦えるようになるまで、それほどの時間はかからなかった。

 そして今回、『青の国』の北に位置する『緑の国』のラブリオンが度々たびたび国境付近にまで侵攻してくることに懸念を抱いたエレノア女王は、青の国の力を示すために軍を派遣することを決定した。


 そして今、椎名と丈はルフィーニと共にそれぞれが一部隊を率いて、戦いの最中さなかにいた。


「能力では我らが圧倒している。オレに続け!」


 青の国と緑の国、それぞれの国を象徴する色をまとった青と緑のラブリオンが空を縦横無尽に駆け巡り、あちこちで火花を散らせている。その中で、どちらの国のイメージカラーでもない漆黒のラブリオン──ドナーは他のラブリオンを戦慄させるほどの力を見せていた。

 一機だけ違うその色は戦場においても目立つため、敵から常に攻撃目標とされてしまう。しかし、ドナーの力はそれをものともしなかった。


「貴様らとは戦う理由が違う!」


 新たに迫ってきた敵をラブブレードの一振りで両断する。先程から、来る敵来る敵をそれぞれほとんど一撃で葬っているのだ。まさに鎧袖一触といった活躍ぶりであった。


「オレらは負けられんのだ!」


 ドナーのラブショットが、一撃で二機のラブリオンを貫いた。

 通常のラブリオンのラブショットがソフトボールだとしたら、ドナーのラブリオンは砲丸投げの球。それ程威力に差があった。


「あいつのラブパワーは異常だ……」


 ドナーの凄まじい強さと、びんびんと肌に直接伝わってくる丈のラブパワーは、敵はもちろん、味方の椎名さえ戦慄させる。


「あれじゃあ、まるで化け物だぜ」


 呆然と呟きながらも、椎名は鍔迫つばぜり合いを演じていた敵機を切り捨てた。これで八機目。二度目の実戦でのこの成果は通常なら十分評価に値するが、丈と比較すると、それもくすんでしまう。なにしろ、丈はすでにその二倍の数を沈めているのだから。


「みんな! 敵は我らの力に臆しているぞ! この機に一気に殲滅する!」


『おおっ!!』


 丈のラブパワーは、自分のマシンだけでなく、丈の部隊の兵士達にも影響を与えていた。その拡大するラブパワーは、部下の士気を高めるだけでなく、能力そのものをも向上させている節さえ感じられた。

 ドナーを中心にした丈の部隊の雪崩のような怒濤の進撃は、敵の部隊を中央から真っ二つに裂く。これにより緑の国の軍の戦線は崩れて指揮系統は乱れ、戦意は喪失した。

 青の軍がこのあとすべきことは、撤退する敵を撃破してくことだけである。


 この戦闘は、丈及びその部隊の活躍により青の国の圧勝に終わった。


◇ ◇ ◇ ◇


 戦いを終えた丈や椎名達を待っていたのは、国民の挙げての盛大な歓待だった。

 帰ってくるなりの凱旋パレードに、前回以上の祝勝会。特に二戦目にして部隊長としての役割を十二分に果たした丈と椎名は救国の英雄的扱いだった。

 だが、椎名は適当に挨拶と受け答えを片づけると、一人会場をを離れて自室に戻りベッドに倒れ込む。


「くっ! まただ……」


 悔しさに、シーツを掴んで握りしめる。


「俺はこの世界に来てもジョーに負けるのか……」


 椎名はこの世界の空気に慣れ、ラブパワーというものが頭でなく体でわかり始めていた。わざわざ召喚されただけあって、自分のラブパワーは周りの兵達よりも勝っている。それくらいは認識できる。

 しかし、それと同時に、丈のラブパワーの凄さも実感できていた。


 はっきり言って今日の丈のラブパワーは、今の椎名にどうにかできる範囲のものではない。そのことがはっきりとわかってしまうだけに、椎名はなおのこと苦しかった。


「これじゃあ、ルフィーニさんの気を引くこともできなければ、エレノア女王に認めてもらうこともできない……。ラブパワーが文字通り愛の力だとしたら、もてるあいつの方がその力は大きいっていうのかよ」


 トントン


 ドアの方に顔だけを向ける。


「シーナ、オレだ。いるか?」


「ジョー……」


「入るぞ」


 今日の鬼神のような活躍で今頃は祝勝会で引っ張りだこのはずの丈が、扉を開けて椎名の部屋に入ってきた。


「おいおい、英雄が何しにきてるんだ?」


 ベッドに突っ伏したままの椎名が覇気のない声で皮肉めいた言葉を向けた。


「それはお前だって同じだろうが」


「俺とお前じゃ英雄としてのランクが違うじゃねーか」


「まぁ、……そんなことはどうでもいい。オレがここに来たのは、これからのオレ達について話し合うためだ」


 丈は近くの椅子に腰を下ろした。


「なんだよ、これからのオレ達って。エレノア女王とルフィーニさん、どっちがどっちをもらうかっていう話か?」


「そういうくだらん話はどうでもいい」


 椎名の冗談に構う様子を微塵も見せない丈の表情は真剣そのものである。


「くだらんってお前……」


「そんなことより、もしこのままオレ達の活躍によりこの国が世界を平定したらどうなると思う?」


「はぁ? ……そりゃ、そうなったら、その活躍の原動力となった俺らは英雄としてみんなの尊敬を集め、まさに神のごとく崇めらるだろ……。そして、俺とエレノア女王は結ばれて、晴れて俺はこの国の王。更には、ルフィーニさんを妾として──」


「バカな妄想はそれくらにしろ。そんなにうまくいくわけないだろうが」


「お前もエレノア女王を狙っているのか!?」


 お前がエレノア女王と結ばれる前にオレが頂く──丈の言葉をそう取った椎名が、寝ていた体をガバッと起こした。


「いい加減その話から離れろ! オレが言っているのはその前の段階の話だ。お前は本当にオレ達が英雄になれると思ってるのか?」


「何言ってんだよ。現に今俺達は英雄扱いされてるだろうが」


「それは今がまだ戦時中だからだ。戦いがある間はオレ達は重要な戦力だ。その間は英雄扱いでもなんでもして、オレ達を繋ぎ止めようとするだろう。だが、もし戦いが終り、戦うための力が必要でなくなったらどうなると思う?」


「どうなるんだ?」


「……少しは考えたらどうだ」


 丈は少々嘆息するが、気を取り直す。


「平和な世界においては、強大な力を持つ者は支配者にとって邪魔者以外の何者でもない。その力により、その平和が破られるかもしれないからな」


「用がすんだらポイ捨て、ってか」


「更にオレ達はこの世界の人間ではない。この世界の人間にとってオレ達は異質な存在なんだよ。世界の平和を脅かす力を持った異質な存在……そんな存在であるオレ達は、平和な世界においては排除される運命さだめでしかない。今のうちに手を打っておかないと、オレ達の生きる場所がなくなるぞ」


「相変わらず小難しいことを考えやがって。そんなの考えすぎだ。エレノア女王やルフィーニさんがそんなことする人に見えるか?」


「一個人の人間性を問題にしているんじゃない。この世界の総意を問題にしているんだ」


「……よくわからん。が、心配しすぎなのは確かだな。そんなことは一々考えてられん。それに、俺にはもっと大きな問題が今目の前にある。それをどうにかする方が先だ」


「なんだ、その今目の前にある問題とは?」


「……別にお前に言うようなことじゃない。そんなことより、理屈でがちがち固められた話はもう結構だ。そんな心配までしてたら、世の中何もできん。そういうわけだから、話は終わりだ。もう出て行ってくれ」


「しかし、シーナ……」


「しかしもかかしもない! 今は一人にしてくれ!」


「……わかった」


 丈も椎名との付き合いは長い。椎名の反応から、これ以上話しても無駄だということがわかる丈は静かに席を立ち、部屋を後にした。

 丈が部屋を出たのを確認すると、椎名は再びベッドに倒れ伏す。


「余裕だな、あいつは……。先の先のことまで考えてやがる。……だが、俺にとっての一番の問題はあいつの存在だ。俺はあいつを超えなきゃならない。あいつを超えなきゃ、俺は男として、人間として、自分の存在を許せやしない!!」


 倒れた姿勢のままで、椎名は壁に思い切り拳をぶつけた。物に八つ当たりでもしなくては、ストレスで頭が狂ってしう。拳に鈍い痛みが広がってくるが、その痛みが自分の狂おしさを和らげてくれるようで、椎名にとってはむしろ心地よかった。


◇ ◇ ◇ ◇


 椎名の部屋を出た丈は、祝勝会の会場へは戻らず、自室へと戻った。そして椎名と同じようにベッドに横になる。だが、うつぶせの椎名と違い、ジョーは仰向けだった。


「あいつは相変わらずか……」


 その声には失望や嘲りの色はなかった。むしろ、自分が知っている椎名の反応に、安堵感のようなものが感じられる。

 天井をなにげに見ていた丈の右手が自然と胸元に伸びた。服の内ポケットから定期入れを取り出す。こんな世界において、元の世界の定期が役に立つはずがない。丈が必要としているのは、その中に入っている写真だった。

 丈は定期入れを左手に持ち替えると、その写真が入れてある面を表にして顔の前に掲げた。いつもクールな丈の目とはとても思えない甘く切なげな瞳がその写真を見つめる。

 丈は自由な右手と足をうまく使い、自分の下半身を裸にすると、右手を股間に伸ばした。そしてそこにあるものを軽く握りしめ、それを上下させ始める。


「オレはお前のために……やってみせる!」


 上下する丈の右手の速度が上がった。


「────!!」


 射精の瞬間、自分の体に返ってこないように体を横向ける。白濁した液体が床の方へ飛び散った。


「……ふう」


 軽い気怠さの中、風の羽音を聞きながら余韻を楽しむかのようにしばらく股間をいじった後、丈は大事そうに定期入れを内ポケットに戻し、起き上がって浴室へと向かった。

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