第17話 撤退
敵味方がわからずあまり動きのない戦いを見せていた両軍。
そこに現れた戦艦型ラブリオン・キングジョーは、戦場に更なる混乱を招き、ラブリオンを立ち止まらせた。
「なんなんだ、あの
椎名達はキングジョーが地に伏す今のうちに攻撃をしかけるべきだった。
だが、出現の唐突さは冷静な判断力を失わせた。更には、罠の可能性もある。それらが椎名達を躊躇させた。
その間に、丈達はラブリオンに乗り込み、出撃することができた。
丈は茶の国のカラーリングをしたラブリオンを甲板に着艦させ、自分は艦の中に入り、ブリッジまで移動する。
「用意はできているか?」
「ラブパワーさえ十分ならいつでも!」
ブリッジには、キングジョーが巨大化した時点で、先の戦いでラブリオンを失っている元青の国の兵士たちが配されていた。急な出撃のため、それらの兵士たちから集められるラブパワーはそう多くない。
だが、今のこの艦の中には、ラブパワータンクともいえる人間が乗っている。
「不足分はオレのラブパワーで補う! キングジョー、発進!!」
キングジョーの全身から、ピンクのラブ光が放出された。そして、それらはゆっくりと下部に沈殿していく。
轟
そんな文字がぴったりくる音を響かせ、キングジョーが震動を始める。
それは戦艦下部に溜まったラブパワーの圧力による震えだった。
まるでスペースシャトルの発射を思わせる様子で、キングジョーが浮上を始める。スペースシャトル発射時の煙のかわりに噴出されるピンクの光の奔流。それはあまりにも美しく、かつ豪快で、見る者すべての時間を止める。
そして、その光は辺りに四散していき、物理的な質量さえ持っているかのように、滞空するラブリオン達にプレッシャーを与えさえした。
「飛ぶというのか!? こんな巨大なものが!!」
椎名の漏らした呟きは、その場にいる者すべての想いを代弁するものであった。
それとは違う想いを持っているのは、そのキングジョーに搭乗している者達と、甲板上に構えている者達。
「キングジョー、浮上!」
「よし。戦闘空域まで前進!」
全長数百メートルもの巨大戦艦がゆっくりと飛行するその様は、あまりにも壮大だった。
人というものは、本質的に巨大なものに畏敬の念を感じる。
それ故、キングジョーはただ飛ぶというその行為のみにおいて、味方の士気を上げ、敵の戦意を挫いた。
「元茶の国の戦士達よ、貴公達の実力を見せてくれ!」
ジョーの声に応えるように、甲板上で待機していた茶色のラブリオンたちが、ピンクの光の筋を残して一斉に飛び立って行く。
キングジョー発進時には、彼らのラブパワーも必要だったが、一旦キングジョーが浮上してしまえば、通常の航行においてはさほどラブパワーを必要とはしない。キングジョーの維持には、もはや彼らのラブパワーは必要ではないのだ。
すべては丈の作戦通りだといえた。
新たに現れた敵の援軍。青の軍は敵か味方かわからない同色のマシンではなく、その新手に対して攻撃をしかける。だが、それはすなわち、同じく敵か味方かわからないでいた赤の軍に、自分達が青の国の人間であるとを証明することにほかならない。
とはいえ、茶色の赤の国のラブリオンにとっても、周りはすべて青のラブリオンで、どれが敵か味方かわからない状況であることは確かだ。見分ける方法は、自分に攻撃してくる相手が敵という受け身的な手段のみ。当然不利な戦いにはなるが、丈はそれも計算のうちだった。
つまり、言ってみれば元茶の国のラブリオンは囮なのだ。囮を用意することにより、茶と青のラブリオンで挟撃する。茶のラブリオンには多くの被害が出るかもしれないが、それとて挟み撃ちにされる青の軍ほどではない。
それに、自分にどこまで従うかわからない元茶の国の兵が死んでもさほど腹は痛まない。
キングジョーはまだ艤装が完璧ではなく、散発的な援護射撃と、損傷したラブリオンの収容程度のことしかできていないが、大勢は赤の軍の有利で進んだ。
そしてそこへ、更に青の国に追い打ちをかけることが起こった。
ラブリオン・ドナーの登場。
キングジョーの中で高みの見物を決め込んでいても、勝敗は決するだろうに、丈は敢えて自らドナーを駆って戦場に姿を現した。
これにより、赤の軍の士気は更に上昇する。
一方の青の軍の戦意はさらに低下した。──だが、中には例外も存在する。丈の出現は、不利な戦いを強いられる青の軍の中で一人気を吐いていた椎名の闘志に、更に火をつけた。
「ジョー!! お前を討てば、形勢は逆転する!」
斬り結んでいた敵を一刀両断し、ブラオヴィントがドナーに向かう。
その前にはドナーを守るかのように二機のラブリオンが立ちふさがったが、ブラオヴィントはほとばしる己のラブパワーの力のみにより、直に触れることなくその二機を弾き飛ばし、一気にドナーとの距離を詰めた。
「ジョー、一体何を考えている!」
ラブパワーのこもった重い一撃がドナーの頭上に振り下ろされる。
しかし、ドナーはたいしたことないとでも言うかのように、軽々とその渾身の剣をラブブレードで受け止めた。
「シーナ、よく考えてみろ。この世界でのオレ達の立場を。オレ達は戦いがあってこそ、意味のある存在だ。戦いが終われば、邪魔者でしかない。そうなっては、オレ達が生きられる場所はないんだぞ」
「その話は前にも聞いた! そんなことが理由か!?」
「ああそうだ! 戦いが終わって、必要とされなくなるのなら、オレは自分で国を作る。オレ達が必要とされ、オレ達が生きていける世界を作ってみせる!」
ドナーの左手が、剣を持つブラオヴィントの右腕を掴み、その自由を奪う。
「王になってほかの奴らを跪かせたいってことかよ!」
「そんな単純なことではない!」
「俺にはそうにしか見えないな!」
今度はドナーの右手がブラオヴィントの肩をがっしりと掴み、ブラオヴィントの体を自分の方に引っ張り込む。
「……シーナ、オレの元に来い!」
「なにをっ!?」
「あの国に留まっても、お前を待っているのは不幸だけだ! オレと共にオレ達が幸せに暮らせる国を作ろう!」
「俺に裏切りをしろというのか!? ふざけるな!」
怒気をはらんだ椎名の声が、ブラオヴィントをドナーの束縛から解き放させた。ラブブレードを握る手も自由になり、間合いを取る。
「シーナ! お前とて、先が見えんほどの愚かな男ではないだろうが!」
丈の叫びは、どこか悲鳴じみて聞こえた。
椎名は直情径行なところがある。だが、彼は丈のいうように決して思慮の浅い愚者ではなかった。ただし、例外が二つだけある。
一つは好意を持っている女が絡んだ時。もう一つは、丈が関係している場合。
「先うんぬんが問題じゃない! 俺は今はお前の裏切りが許せん! それにより青の国がどんな危機に陥るか考えないのか!」
「青の国もオレが併合する」
「お前は傲慢だ!」
ブラオヴィントからラブショットの光の筋がほとばしる。
「ヴィジョンは見えている。十分に可能なことだ」
しかし、ドナーはラブパワーを蓄えピンクに輝くラブブレードでそれを弾き飛ばした。
「自覚がないだけに余計に鼻につく!」
椎名はラブブレードを握り直し、再び挑みかかる構えを見せた。
「シーナ殿! 周りをよく見てください」
しかし部下からの無線が椎名を押しとどめた。
「これ以上戦いを続けるのは危険です。被害が大きすぎます。このままでは、軍の存続にさえかかわります」
撤退は、新手が出てきた時点で椎名も考えていた。それくらいには、椎名にも戦場は見えてはいる。だが、不幸にも丈の存在が椎名の冷静な判断力を曇らせてしまった。
「ジョーに気を取られ過ぎたか。これが俺の弱さ……」
コックピットの中で、ドナーを睨み付ける。
「全軍に告ぐ! 全機ただちに撤退せよ! しんがりはブラオヴィントが務める! 繰り返す。全機、ただちに撤退せよ!」
椎名の命令に従い、青の軍は撤退行動を取り始める。
「ようやく退くか。もっと早くてもよかったものを……」
戦場を後退していく青の国のラブリオンを見送るドナーに、片腕のないラブリオンが近づいてきた。
「ジョー様、追撃しますか?」
「いや、いい。こちらの被害も少なくはない。それに、キングジョーはまだ完全ではない。だいたい、ルフィーニ、君のマシンもかなりの被害だぞ。キングジョーの中で休んでいればいいものを……」
「片腕がなくとも指揮はとれます。それに、少しでもジョー様のお役に立ちたく思いましたので……」
「そうか。……我が軍の方にも撤退の命令を出してくれるか」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇
この戦いは、一応は赤の国の勝利となった。
だが、その赤の国といえども、後に残ったのは連戦によるマシン損傷と兵達の疲労のみで、たいして得るものはなかった。しいていえば、キングジョーを出撃させたことと丈の指揮能力により、元茶の国の兵の心を捕らえられたことくらいか。
一方の青の国に至っては、丈の反乱に続き、この度の損害により、更に戦力を低下させ、それこそ全く得るもののない無駄な戦いを行ったとさえ言い切れる。
だが、その無駄な戦いを無駄のままで終わらせるか、糧に変えるかは、個人の度量の問題といえた。椎名は青の国に戻るやいなや、エレノア女王に巨大戦艦の製造を進言した。
「ジョーにできて、我々にできないはずがありません! 我々も巨大戦艦の建造に着手してください。戦艦の有無は、戦略的に大きな差を生みます!」
「巨大戦艦……。向こうの戦艦はキングジョーと言いましたか……」
「ええ。ふざけた名前です!」
「キングジョー……」
「女王?」
王座に腰掛けたまま、沈んだ表情を浮かべるエレノア。悩みで重みを増した頭を支えるかのように弱々しく額に当てられた手が痛々しい。いつも凛々しい女王だけに、椎名にはその姿が意外に感じられた。いつも気高く咲いていた薔薇が、ある朝起きて見てみたらひなげしの花になっていた。
「こんな時にこそ、エレノア女王に兵達を鼓舞していただきたいのですが……」
「シーナ殿。エレノア様も、事の重大さはよく認識されておられます。それこそ、誰よりも深く。それ故、こうして頭を悩ませておいでになるのです。今しばらくはそっとしておいてはくださいませんか。しばし間を置けば、エレノア様のこと、きっと何かよい策を授けてくださいます」
エレノアを労る気持ちがひしと伝わる女王親衛隊長ロケットの言葉に、椎名も今はこれ以上何か言うのはやめにした。
エレノアは一国の女王である。ただの兵である自分以上に思い悩んでいるのは当然のことだ。自分ごときが考えていることはすべて考えての上のことに違いない。
「失礼しました」
椎名は自分の浅はかさを恥じてその場を離れた。
◇ ◇ ◇ ◇
エレノアは確かに、ひどく思い悩んでいた。それこそ、彼女の人生においてかつてないほど。だが、その内容は、椎名やほかの家臣たちが考えていたものではなかった。
エレノアは青の国の女王であるが、その前に一人の女であった──ようはそういうことだった。
その夜、エレノアは一人密かに、王族専用の儀礼用ラブリオンを駆り、城を飛び出した。その行く先は──丈のいる赤の国。
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