第16話 キングジョー

「そろそろ頃合いか」


 城の裏庭を見下ろすバルコニーで上空の戦いを見上げていた丈が、後ろに控える術士達に合図を送る。

 彼らは、丈がこの三日間で自らが説得を行い配下に引き入れた茶の国の術士達。その数十名。彼らの力は、今回の丈の計画において絶対に必要となるものだった。


 その術士達の目は裏庭の一点に向けられている。

 彼らのその視線の先にあるのは、それこそ丈がこの三日間神経すり減らすほどに集中して作り上げた芸術品──二メートル近い大きさを持つ戦艦の模型だった。その質感、意匠ともにただの模型とは思えない程の素晴らしさである。

 見る者が見れば、以前、青の国の城で巨大化したドナーの元となった人形と同質のものであるとわかるだろう。ただ、あの時のドナーと違い、こちらは赤色を基調とした塗装までしっかりとなされている。


 術士たちは、あの時のように音のない声を上げて呪文を唱え始めた。彼らの声は、人の耳に音を届けるため──つまり、空気を震わすために使われるのではなく、ラブパワーを集めて凝縮することに使われているのだ。

 模型は世界に満ちるラブパワーを吸収し、不思議な色に体を変化させつつ、周囲にスパークを起こし始める。


「呪文の法則性はある程度解明した。さぁ! 力ある姿を取れ、キングジョー!!」


 模型が一気に巨大化し始める。

 その大きさは、ラブリオンごときとは比較にならない。

 ラブリオンが全長十メートル程なのに対し、それはすでに数十メートル、いや更に膨れ上がり百メートル近く、……そして見る間に優に数百メートルはある巨大な戦艦となった。屋形船や帆船ではない。戦艦。戦うための厚い装甲と砲台を配した数百メートルの大きさを持つ深紅の巨大戦艦である。


「よくやってくれた。この戦艦型ラブリオン――キングジョーさえあれば、この戦いは勝てる!」


「いえ。ジョー様が呪文の法則性を解明してくださったからです。我々はただジョー様に従ったにすぎません」


 術士達の顔には疲労の色がありありと浮かんでいたが、同時に一様に満足げな表情を浮かべてもいた。丈はそのラブパワーと自らの能力により、すでに術士達の心を掴んでいるのだ。


「お前達は城の安全なところでゆっくりと休養をとっていてくれ」


 丈はそれだけ言うと、自身は城の中に駆け込んで行った。

 ラブリオンを動かすのには、搭乗者のラブパワーがいる。ならば、戦艦型ラブリオンを動かすのにもラブパワーが必要なのが道理だ。しかも、これだけ巨大なものならば、並大抵でないラブパワーが必要となる。丈はそのための搭乗員を集める必要があった。


 城の中には元茶の国の兵士達が大勢残っていた。彼らにしてみれば、青の国と丈達との戦いなど、自分達とは関係がないもの。どちらが勝とうとも、自分達が支配される立場であるという点は変わりがない。

 それ故、彼らは第三者的な気持ちで自分達の城の側で行われている戦闘をたいした感慨もなく見ていた──少なくとも、巨大戦艦が現れるまでは。


 興味なさげだった彼らにとっても巨大戦艦キングジョーの出現は驚くべき出来事だった。

 彼らが今まで見たことのない巨大な物体。それにより、低いレベルで安定していた彼らのラブパワーは、水面に巨岩を落とされたように波立ち、不安定に揺らめいている。だが、無気力で安定している状態よりも、今の状態の方が、高いレベルでまとめるには都合がいいと言えた。


「皆の者、我が声に耳を傾けよ!」


 その彼らの前に飛び出すなり、皆の注目を集めたのは丈だった。


「あの戦艦ふねこそ、我が力の象徴──キングジョーである! キングジョーさえあれば、青の国どころか、緑の国・白の国をも倒し、この混乱した世界を平定することも夢ではない。私こそ、そのために愛の世界から遣わされた救世主なのだから!

 だが、そのためには諸君らの力が必要だ。さぁ、私と共に戦ってくれ! この世界を救うために!

 青の国に支配されれば、隷属する定めは目に見えている。だが、私は諸君らを、元からの私の部下と同等に赤の国の戦士として迎える。この戦いで活躍を見せれば、騎士としても取り立てよう。

 さぁ、我と共に戦う崇高な志しある者は、ラブリオンに搭乗しキングジョーに乗り込め! 共に侵略者、青の国を撃退しようぞ!」


 丈の演説により、あれだけ乱れていた兵達のラブパワーが一つにまとまった。しかも、戦う意志に溢れた高レベルの状態で。

 これは、丈の言葉それ自体よりも、それに乗せて放たれる、人の意志にまで影響を与えうる丈のラブパワーによるものであった。

 それはある種催眠状態に近いものだと言える。


「俺は戦うぞ」


 一人が動き出した。


「俺もだ! あの方なら、世界制覇も成すに違いない」

「ああ! ついて行くべきお方だ」


 それにつられるように、ほかの者達もラブリオン目指して駆け出していた。


(よし。これでこの戦いに負けはないな)


 我先にと急ぐ兵達の背中を見送りなが、丈は勝利を確信した笑みを浮かべた。そして、自身もドナーに乗って出撃すべく動き出した。

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