第13話 裏切りの日

 椎名が格納庫で黙々と愛機の清掃を続けている時、丈は茶の国の領空で戦っていた。

 国境過ぎのところで迎え撃ってきたパトロール隊に毛の生えた程度の先発隊を一蹴した後、その勢いのまま侵攻し、今は茶の国の城まであとわずかというところで茶の国軍の本隊と交戦中である。


「道はオレが切り開く! 皆はオレに続け!」


 目の前に立ちはだかった敵ラブリオンを粉砕し、ジョーのドナーはさらに前進する。これが何十機目の撃墜なのか、もう覚えていない。だが、その撃墜数に反して、ドナーのボディの方にはほとんど傷がついていない。そのことが、ドナーの進撃の凄まじさを物語っていた。

 そして、その鬼神のごときジョーのラブパワーの影響を受けた青の国の兵士達もまた、自分のポテンシャル以上の力を発揮しつつ敵を打ち倒していた。

 ジョー率いるラブリオン隊の数は、防衛戦を展開する茶の国のラブリオンよりも劣っている。その上、地の利も向こうにある。

 そんな厳しい戦いにもかかわらず、丈達青の軍は優勢──というよりもむしろ圧倒的でさえあった。


◇ ◇ ◇ ◇


 その二時間後。茶の国の城は陥落した。

 青の軍の被害は、茶の国の半分にも満たない。まさに圧勝であった。


「ジョー様、やりましたね!」


「ああ。だが、オレにはまだやらねばならんことがある」


 ルフィーニに歓喜の声を向けられても、丈の顔に喜びの色はない。

 神妙な面持ちのまま、丈は皆の目につくように、城の天守にゆっくりとドナーを降下させていく。


「みんな、オレの話を聞け。無線に耳を傾けろ!」


 ただならぬ迫力のこもった丈の凛とした声に、勝利により浮かれた気持ちになっていた兵達が、マシンを地面に降下させ、各々のマシンの中で静かに丈の言葉に耳を傾ける。


「オレは今ここに、青の国からの独立を宣言する! 以後この国は『赤の国』とし、このジョー・キリシマが治める。異議のある者は、このオレを斬り捨てるなり、青の国に戻るなり好きにして構わん。オレに賛同する者だけここに留まるがいい。だが、これだけは言っておく! オレはこの世界すべてを支配するだけの力を持った人間だ! オレについてくれば、世界の盟主となる国の騎士となれることを約束しよう!」


 いきなりの宣言だった。

 誰も予想していなかったことだ。

 青の国の兵士たちの浮かれ気分は完全に吹き飛んだ。

 

 先ほどまでの歓喜の声が嘘のように、沈黙が支配する。

 誰も動かない。

 皆いきなりの展開にどうしていいかわからず、ほかの者の動向をうかがっているのだ。


 その中で最初に動いた者がいた。

 丈のいる天守へとラブリオンが一機浮上していく。

 それは、丈と椎名を除けば、ラブリオンの操縦において、青の国一の実力者であるルフィーニのラブリオンだった。


 ジョーとルフィーニの一騎打ちかと、兵達は二機のラブリオンの一挙手一投足に全神経を集中させる。


 天守で待ち構える丈はマシンを微動だにさせず、ドナーを仁王立ちさせたままだった。

 丈にはわかっていた。ルフィーニのラブパワーに殺気が全くないことが。


 天守まで上昇したルフィーニのラブリオンは、兵達の予想を裏切り──丈にとっては予想通りに──戦う意志など微塵もみせずにドナーの前に跪いた。


「私はジョー様のラブパワーに初めて触れた時から、ジョー様こそこの世界を統べるに相応ふさわしい方だと思っておりました。そのジョー様の御為に働けるなど、身に余る光栄であります。このルフィーニ、ジョー様に対してここに永遠の忠誠を誓います」


「貴公の見る眼が確かであることは、この世界の地図をすべてオレの色に塗り変えることで証明してみせよう。それまでは、その命、このオレに預けてくれ」


「この命、ジョー様に捧げます」


 ルフィーニの帰順はほかの兵達にとって決定的だった。

 軍においては圧倒的、政治においても発言力を持つルフィーニ。人気、実力ともに、軍内においては並ぶ者がない。そのルフィーニの言動がほかの者にとって圧倒的な影響力を持つのは必然。今のルフィーニの行動が、ほかの兵の行動のベクトルを決定づけた。


 結局この戦いに参加した兵のほとんどが赤の国の戦士となった。

 青の国に帰還したのは、わずかの愛国者と女王信奉者、そして家族想いの者達だけだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 戻ってきた兵達からこの出来事を聞いた青の国は、天地をひっくり返したかのような大騒ぎとなった。

 それもそうだろう。自国の命運を賭けた出兵。その結果が新たな敵国の誕生。しかも、自分の国の軍勢の三分の一を持っていかれての。更に、そこに茶の国の残存兵力まで加われば、青の国にとっては茶の国以上の強敵の出現ということになる。

 城の大広間に、まつりごとに携わる者や軍の上層部の者らが対策を練るために集まった。

 だが、どうもまともに議論をできるような状況ではなかった。


「だから、ほかの世界から戦士を呼び込むことに反対したんだ! そんな奴、信用ならんに決まっている!」


 椎名がすぐ側にいるにもかかわらず、そんな発言をする者もいれば、ただおろおろするだけの者もいる。


「あの野郎……なんてことを! すぐに俺がぶっ倒しに行ってやる!」


 自分の存在を否定するような発言を受けても、椎名は臆することもなければ、いちいち反論することもない。

 椎名の憤りはそれどころではなかった。


「エレノア女王、すぐに出兵の用意を! ……女王?」


 いつも毅然とした態度で威厳を保っているエレノア女王──そんなイメージしか持っていない椎名の目に映ったのは、肩を落とし虚ろな目を浮かべている彼女の姿だった。


「……ジョー殿……なぜ……」


「エレノア女王!!」


「はっ! シーナ殿……」


 エレノアは、今初めて椎名が前にいることに気づいたような顔で、椎名に目を向けた。


「ショックなのはわかりますが、女王であるあなたがぼーっとしていては兵達が浮き足立ちます。しっかりしてください!」


「そう……ですね」


「赤の国は今はまだ国を占領して間もなく、十分な戦力を整えられてはいないはずです。今攻め込めばなんとでもなります!」


 親衛隊長のロケットが援護射撃をしてくれる。


「女王!」


「……わかりました。すぐに用意をしなさい」


 鶴の一声だった。

 その女王の一声により、混乱していた皆のラブパワーが女王を中心にして一つに集まり、自分達の動くべき方向に向けて動き出した。


◇ ◇ ◇ ◇


 一方、茶の国を制圧し、自ら赤の国を建国した丈の方は問題が山積みであった。


 丈が率いたラブリオン隊は、青の国の全軍の三分の一。再起不能となったマシンの数こそ少ないものの、各ラブリオンはそれぞれ大なり小なりの損傷を負っている上、兵達のラブパワーの疲弊も馬鹿にならない。

 これに、茶の国の残存兵力を加えても、数字的には青の国の戦力に劣る。更に言うなら、この茶の国の戦力をそのまま加えられるかどうかは甚だ疑問だった。侵略者に素直に協力できる者などいるはずもなく、国民の丈達に対する感情が芳しくない上、元茶の国の兵士の中には反抗勢力を結成しようかという動きさえある。


 おまけに問題は軍事面だけでなく、内政面においても顕著だった。やもすると、こちらの方が致命的かもしれない。

 今回の出兵において丈が連れてきたのは当然軍事関係者のみ。しかし、軍人だけでは国のまつりごとは動かせない。しかも、その国の実状を知らない他国の人間であればなおさら。それ故、そこでは元茶の国の人間の力を借りねばならないのだが、そういう知識人の助力を得るのは、軍人を味方に引き入れるのとは違う難しさがある。


 そして、それらの問題に対処するために丈が持っているカードは、丈自身のラブパワーだけだった。

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