第20話 クィーンミリア

 キングジョーは順調に進行していた。

 今までの戦争において、移動はラブリオンで行われていた。だが、長距離の移動はパイロットの疲労を招き、戦う前にラブパワーを減退させてしまう。

 前回の戦いで青の国が敗れたのも、少なからずその影響があった。

 だが、この戦艦型ラブリオン・キングジョーの航行は、大勢の乗組員からわずかずつのラブパワーを得ることで可能なため、今までのような無駄な消耗をなくすことができる。この戦艦型ラブリオンの存在により、攻め側の不利さというものは大いに縮小され、むしろ、その場から動かすことのできない城を守って戦う相手よりも、動く城を擁して戦えるという点では有利とさえ言えた。

 それほど、戦艦型ラブリオンの戦略上の意味は大きかった。


「いかがですか、この艦は?」


 艤装を終え威圧感を更に増したキングジョー。

 そのブリッジには二つのキャプテンシートが用意されている。

 そのうちの一つに座る丈が、もう一席に座るエレノアに感想を求めた。


「外から見ていた時も、その雄壮さに感服しておりましたが、こうして実際に中に入ってみますと、キングジョーの圧倒的な力をより一層感じ、本当に頼もしい限りです」


 意匠を凝らした戦闘服に身を包んだエレノアが、ブリッジを見渡す。


「エレノア女王にそう言っていただけると、兵達も自信を持って戦えます。……そうだ、いっそのこと、この艦の名をクィーンエレノアと改名しましょうか?」


 冗談とも本気ともつかないジョーの言葉に、エレノアは慌てて首を振る。


「とんでもありません! この艦の雄大さ、力強さ、たくましさ、それらはすべてジョー様を象徴しております。それに、ジョー様がこの世界の王となるための、先兵となるこの艦は、それを意味する名を冠するのが相応しいでしょう。キングジョー、それ以外にこの艦の名は考えられません」


「エレノア女王をないがしろにするような名を付けて心苦しく思っておりましたが、女王直々にそのようなお言葉を頂戴し、胸のつかえがとれた気分です」


 丈がどこまで本心で話しているのかは計りかねるが、二人は楽しげに会話を続ける。だが、それをおもしろく思わない者が、そのすぐそばにいた。


(クィーンエレノアですって!? 何故ジョー様はそんな名前にしようなどとおっしゃるのだ!? キングジョー以上にこの艦に相応しい名前などあるものか!)


 丈やエレノアと共にブリッジで戦いの時を待つルフィーニ。今や、彼女が仕えると心に決めた人物は丈一人になっていた。


(この女さえ来なければ、ジョー様が王となり問題なく国を治められるものを! ジョー様が築こうとされている国に、この女の存在は邪魔なだけのはず! なのに、どうしてジョー様はこんな女に手厚くされるのだ!?)


 青の国の人間だった時には女王に対して一度も向けたことのない、敵意をあらわにした鋭い視線。そのルフィーニの目と、なにげに周囲を見渡したエレノアの目とがかち合う。

 ルフィーニははっとして視線を外した。

 だが、エレノアは決して鈍い人間ではない。むしろ、非常にという言葉がつくほど聡明な人間である。そのエレノアが、ルフィーニの視線に気が付かないはずがなかった。しかし、エレノアは何事もなかったかのような表情で視線を動かし続けた。


「ジョー様、青の国の城が見えてきました!」


 そこへ兵の声が飛び込んできた。

 その報せを聞いた丈は静かにシートから立ち上がる。


「エレノア女王はここで我々の戦いを見ていてください。必ずや勝利を捧げてみせます」


「御武運を」


 丈は固い瞳でうなずくと、引き締めた顔をルフィーニに向ける。


「ルフィーニ、行くぞ!」


「はい!」


 二人はラブリオンデッキに向かった。


◇ ◇ ◇ ◇


 キングジョーでは慌ただしく戦闘準備が行われ出した。

 パイロット達は各々のラブリオンに乗り込み、残った者もキングジョーの機銃座につく。

 戦意十分の彼らの動きはきびきびしており、わずかな時間で臨戦態勢を整え、それぞれの持ち場で丈の出撃の命令を待った。


(エレノアが来たことにより、ジョー様の心はあの女に惹かれかけてきている。本当ならば私一人がジョー様の温かなラブパワーを受けることができるはずだったのに……。このままでは駄目だ。ここで何としても私の力を示して、ジョー様に私の必要性を感じてもらわねば!)


 エレノアが来てから、ルフィーニは常に焦りを感じていた。

 エレノアを呼び捨てにするくらいまで尊敬の念が消えているとはいえ、エレノアの魅力に関しては以前と同じく正確に認識している。同じ女性から見てもエレノアは美しく、誰もが憧れると感じる。自分に不足している女性的な魅力をいやというほど持っている女として映る。

 ルフィーニ自身も、エレノアとは違う魅力をふんだんに持っているが、ルフィーニに自分をそこまで評価できる眼はない。そのためにエレノアに対してどうしても劣等感というものがつきまとっていた。

 それらの思いは発奮材料となりプラスに働くこともあれば、逆に自分の首を絞める場合もある。赤色に生まれ変わった自分のラブリオンの中で、ルフィーニははやる心を抑えようと必死になる。

 功を焦る思いが、どちらに働くか今はまだわからない。


 一方、当の丈の方も、漆黒から深紅へとカラーリングを変更して新しく生まれ変わったドナーの中で時を待っていた。

 燃えるようなその赤は、クールな丈には似合わないようにも思えるが、丈がコックピットに腰をおろすと、まるで心の奥底にある情熱を表現しているかのようにしっくりときていた。


「エレノアがこちらにつくとは予想外だったが、これで青の国を落とすのは楽になったな。脅しをかければ、戦わずとも手に入れられるかもしれん」


 しかし、言葉の内容とは対照的にその顔はどこかすぐれない。鬱陶しそうに、長い前髪を少しつかんで指でいじくる。


「ただ、気になる点があるとすれば……」


 丈は鋭い目で青の国の城の方向を見つめた。


◇ ◇ ◇ ◇


 キングジョーを迎え撃つ椎名達青の国。

 椎名を始めとした兵達はすでにラブリオンに乗り込み、いつでも出撃できる態勢を整えていた。

 だが、椎名はまだ出撃命令を出さない。キングジョーはすでに肉眼でも確認できるほどに接近してきているにもかかわらず。

 椎名は待っているのだ。ミリアが約束を果たすのを。


「まだか、ミリア。ジョーはもうすぐそこまで来ているんだぞ」


 れた椎名が唇を噛んだその時、城の中庭に海の青さより深く、空の青さよりも澄んだブルーの巨大戦艦が姿を現した。


「勇敢なる青の国の騎士達よ!」


 突然の戦艦型ラブリオンの出現に兵達がどよめくところに、タイミングよく威厳のあるミリアの声が無線で届けられる。


「このふねは、私の女王としての力の顕現の一つである。戦艦型ラブリオンはジョーの専売特許ではない。この艦の力ならば、赤の国の戦艦型ラブリオンなど恐れるに足らぬ。青の国の勇者達よ、このミリアの力を信じよ! 私を信じて戦えば、我が国に敗北の二文字はない!」


 無線を通しても感じられるミリアのラブパワー。声に乗って届けられるその力は、兵達を鼓舞し、戦闘意欲を高める。


「みんな! ミリア女王こそ、俺達を勝利に導く女神だ! ミリア女王と戦艦型ラブリオン・クィーンミリアの加護を信じろ。そうすれば、赤の国の軍勢などものの数ではない!」


 ミリアの演説の勢いに乗った椎名の声に、兵達が空気を震わすほどの喚声で応える。


「先陣はブラオヴィントが切る! みんな、俺に続け!」


 椎名のラブパワーが、ブラオヴィントに蓄えられ、それが一気に放たれる。


 翔!


 兵器工場から、ピンクに輝くラブ光を放ちながら、ブラオヴィントを筆頭に、次々とラブリオンが発進していく。パチンコ玉が打ち出されるように次々とまるで数珠繋ぎのようにラブリオンが空に舞い上がっていく様は、まさに雄壮の一言であった。

 ラブリオンに搭乗せずに待機していた兵達に、急いで戦艦型ラブリオンに乗り込むようにテキパキと指示を送っていたミリアが、ふと空を見上げてその光景にしばし見入る。

 そしてその視線を先頭のラブリオンに向けた。さっきまでの厳しい表情が、この時はなぜか十五歳という年相応の娘のものになっている。


「シーナってば、クィーンミリアだなんて勝手に名前付けて……。もう、ダサダサじゃないの!」


 唇を尖らせる女王。

 だが、はっと自分の大人げないその顔に気づいたのか、すぐに真面目な表情に戻す。


「ジョーはわずかのスキも見逃さない相手よ! タラタラしていてはつけこまれるわ。搭乗を急ぎなさい!」


 照れ隠しに、兵達に声をかけた。


◇ ◇ ◇ ◇


「……あの女だろうな。こんなことができるのは」


 現れた戦艦型ラブリオンを目にしても、ジョーの顔にはさしたる驚きはなかった。

 もはや烏合の衆と化したはずの青の国。椎名にしても、それをなんとかできるほどの力はない。

 しかし、もしもそれをまとめあげる人間がいるとすれば、臥龍ミリアだけ。

 丈はその可能性をハナから頭に入れていた。


「これで戦わずに降伏という展開はなくなったか……。しかし、付け焼き刃の戦艦と、用意万端のこのキングジョー。どちらが勝利するかは明白だな」


 丈にはまだ余裕があった。

 だが、赤の国の兵士達はそういうわけにはいかない。自分達だけの力だと思っていた戦艦型ラブリオン。ところが、それが目の前にも現れた。前回の青の国の兵達が受けたものに匹敵する衝撃を彼らも受けているのだ。

 とはいえ、丈はそれに気付かないような男ではなかった。兵達を叱咤するための言葉を頭の中で言葉を検索する。

 しかし、丈が声を発するよりも先に、別の声が辺りの雰囲気を一変させる。威圧感があるわけでもないのに圧倒的な重みがあり、決して大声で叫んでいるわけではないのに誰の耳にも届く、そんなエレノアの声が。


「敵の戦艦型ラブリオンは所詮模造品でしかありません。そのようなふねが、オリジナルであるこのキングジョーの力に及ぶべくもないのは自明の理。皆は、ジョー様とキングジョーの力を信じて戦いなさい」


 エレノアの声は兵達の心を奮い立たせた。エレノアがそうしようと意識したわけでもない。先天的に、彼女にはそういった力が備わっているのだ。女王たるその力が。


「……さすがは女王ということか。オレがやろうとしていたことを、誰に言われるでもなくやってくれる」


 通信機から流れるエレノアの声を聞いていた丈が皮肉げに口元を緩める。


「行くぞ、赤の国の勇士達よ! 崇高な志しも大儀もない青の国を蹴散らすぞ!」


 丈のその声が号令となり、キングジョーから赤いラブリオンが次々に飛び出して行く。その先頭に立つのは、炎より熱く、血の色よりも深く、夕日よりも切ない赤色をしたラブリオン──丈の操るドナー!


 有史以来初めてとなる両軍共に巨大戦艦を擁した大会戦。その歴史的な戦いの幕がついに開かれた

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