第25話 戦場のエレノア

 ラブリオンの大群が空を覆い尽くす。

 至る所で、光が飛び交い、火花が散り、爆発の花が咲く。

 ミリアの乗るクィーンミリアを中心とした堅固かつ強靱な青の軍は、数の上でも有利なこともあり、赤の軍を押していた。


「行けるぞ! このまま押し切れ!」


 丈のドナーが出ていないことを気につししも、部隊の指揮を執りながら椎名のブラオヴィントが数機のラブリオンを葬り去る。ミリアが軍全体の指揮を執ってくれるおかげで、丈と違い椎名はミリアの指示に従って自分の小隊を動かすだけで十分だった。


「深紅のラブリオン! 出たなジョー!」


 キングジョーから新たに発進したラブリオン群。その中に、椎名は目ざとくドナーを発見した。

 赤の国のラブリオンの中でも際だつそのマシンを見つけることはそう難しいことではない。

 だが、この時は、それ以上に目立つラブリオンがドナーと共にいた。椎名以外の者は、ドナーよりも先にそのラブリオンに気づき、動揺した。

 椎名も、ドナー発見のすぐ後にそのラブリオンの存在に気づき、絶句する。


 赤のマシン群の中で、どこまでも透き通っていく青い海のような清らかさを持ったラブリオン。王たる威厳を示す飾り付け。そしてそのラブリオンから発散される誰もを跪かせるほどに高貴なラブパワー。

 ──それはエレノア専用のラブリオンだった。


「エ、エレノア女王!? 何故!?」


 鬼神のごとき攻めを見せていたブラオヴィントの足が止まる。

 いや、動きを止めたのはブラオヴィントだけではなかった。

 青の国のラブリオン、赤の国のラブリオン、双方ともにほとんどのマシンが一時争いをやめ、エレノアのラブリオンに注目する。


「赤の国の勇敢なる兵達よ。元我が祖国、青の国のことで皆には迷惑をかけます。しかし、大義は我らにこそあるのです。今こそ、我らの力を集中して、青の国の悪しき心を挫き、その目を覚まさせ、正しき方向に導こうではありませんか。皆だけを危険な目にあわせはしません、このエレノアも皆と共に戦います。ですから、皆の命、この私に預けてください」


「聞けっ、青の国の者たちよ! お前達にはどちらに大義があるのか見えぬのか! エレノア女王の高き志しがわからぬのか! ミリア王女を立て、傀儡の国事を行っている真の悪に気づかぬのか! お前達はそれらすべてを見て見ぬふりをして、お前達の目を覚まさそうとしているエレノア女王に剣を向けるというのか!!」


 エレノアの言葉の後に続くジョーの叫び。

 皆の心を衝撃が貫く。

 だが、赤の軍と青の軍とではその衝撃の種類が違った。


 赤の軍はその衝撃により戦意をかき立てられ、女王のためならば死んでも構わないとさえ考える。

 それとは逆に、青の軍は戦意を一刀両断された。そして真っ二つにされた後、更にミキサーにかけられて粉々にされた。


 元とはいえ、今でも自分達の中では女王として位置づけられているエレノア。

 彼女が敵として自らラブリオンを駆って出てきて、更に自分達を賊軍と言い切ったのだ。これで動揺しない者がいたら、それはどこかの国の間者である。

 青の国の兵達のラブパワーが霧散するのが椎名やミリアにははっきりとわかった。


「まずいぞ、これは!」


 エレノアの出撃により動揺する青の軍は、今まで以上の力の顕現を見せる赤の軍に圧倒され始める。

 その一方的な戦いを目の当たりにし、椎名はすぐに撤退を考え始めた。

 だが、その椎名のブラオヴィントに斬りかかるラブリオンが一機。


「シーナ、落ちてもらいます!」


 キレのない動きから放たれた一撃。それは、丈やルフィーニと熾烈な戦いを繰り広げてきた椎名には、かわすのに造作もない攻撃だった。回避しながら、相手のスキをついて十分に撃破できる程度の動き。


 だが、椎名に撃破はできなかった。


「エ、エレノア!?」


 そのラブリオンは、エレノアの乗るものだったのだから。

 青の国の人間にエレノアを落とすことはできない。いくら元とはいえ、女王は女王。彼らに王族殺しをしろというのは無理な話だった。もし、それができる人間がいるとすれば、その妹であり現青の国の女王であるミリアと、もう一人、この世界の人間ではない椎名だけであろう。


 しかし、椎名にそれをしろというのは酷な話だった。

 なにしろ、椎名はエレノアに対して少なくない好意を以前から抱いているのだ。それは、彼女が丈の元へ下った今でも。


「やめろ、エレノアさん! 俺はあなたとは戦いたくない!」


「ならば、黙って死んでください!」


 絶句。この人からかけられるとは夢にも思わなかった言葉が、椎名の心に突き刺さる。


「……人を、人を勝手に呼び込んでおいて、その上勝手に寝返って……それで今度は死んでくださいかよ!!」


 腹立たしいというよりも、哀しかった。


(俺は何でここでこうして戦っているんだろう。そんなに俺が邪魔なら、俺を元の世界に戻してくれ。方法がないなら、探してくれ。それよりも、そもそも俺なんか呼ばなければ良かったんじゃないか)


 椎名のラブパワーが、風船の口を開いたように急速にしぼんでいく。

 いくら椎名が技術を身につけていようと、ラブパワーがなくては、ラブリオンの動きは極端に鈍る。ラブパワーだけなら、今やエレノアの方が遙かに上回っていた。


「シーナのラブパワーが……今なら私でも!」


 ブラオヴィントに斬りかからんとするエレノア。しかし、そこに無数のラブ光が降り注ぎ、それを邪魔した。側にいるブラオヴィントをも、そのビームは巻き込んでいるが、威力は落としてあるらしく、被害はほとんど見当たらない。それは、エレノアの動きを阻害する、牽制が目的の攻撃だった。


「シーナ!!」


 呆然自失の椎名を元の世界に戻すミリアの鋭い声。ビームの嵐は、クィーンミリアから放たれたものだった。


「あなたは私のために戦いなさい! あなたがそこにいる理由は、私を守るため! 私の望みをかなえるため!」


「……ミリア」


「お願い……、今は私のために戦って!」


 しぼんだ風船のようだった椎名のラブパワーが急激に膨れ上がる──風船を破裂させるほどに。椎名の瞳に戦意の炎が再燃した。


「すまない、ミリア! 俺としたことが動揺した」


「今回はいい。でも、次からは心配かけさせないで」


 年下のミリアに年上のように振る舞われ、椎名は少々恥ずかしさを感じる。だが、この戦いの中でよく自分の精神状態に気づいてくれたと、ミリアに感謝しもする。

 一方、ビームの牽制を受けるエレノアの前には深紅のラブリオンが立ち、その盾となっていた。


「ジョー様……」


「大丈夫ですか、エレノア女王」


 父親が愛娘をいたわるような大きさと温かさがそこにはあった。


「はい。ジョー様のおかげです」


「ここはもう十分です。あとは後方で待機していただいて構いません」


 もうすでに戦いの大勢が決していることはエレノアにも理解できていた。


「ジョー様のおっしゃる通りにいたします」


 ドナーに付き添われながら、エレノアのラブリオンは後方に引いていく。


◇ ◇ ◇ ◇


 椎名はミリアのおかげで動揺を取り去ることができた。だが、それ以外の青の軍は立ち直ることができずに、赤の軍に押され続けていた。

 その中でも、特に動きの悪さが目立っているのが、前回の戦いでは中心となって活躍した女王親衛隊だった。彼らの中には今でもエレノア女王を崇拝する想いが、ほかの者以上に強く残っており、それが今は大きな足枷となっていた。


「女王親衛隊長、指揮系統が乱れているわよ! しっかりしなさい!」


 女王親衛隊長のラブパワーの乱れは、隊の中でも特にひどかった。親衛隊を中心にクィーンミリアの防衛体制を整えていたミリアにとって、親衛隊のこの乱れと、それをまとめ上げるべき女王親衛隊長の目に見える動揺は計算外だった。


「まさか、姉を引っぱり出してくるとは……考えたわね」


 丈のこの思い切った策に、ミリアは悔しさを抑えきれず、噛み千切らんばかりに唇を噛みしめる。

 ここで、自分もラブリオンに乗って出撃すれば多少は味方の士気も回復するだろう。だが、赤の国の軍──その中でも元茶の国の人間は躊躇なく自分を討つことができる。いや、それ以前にあの丈が自らの手で自分を葬り去る──確実に。

 ミリアさえいなくなれば青の国は崩壊する──そのことを丈はよくわかっている。

 向こうにはできるが、こちらには行えない作戦。今、それをやられているのだ。


「……今回は完全にしてやられたわ」


 これ以上の戦闘は無意味。そう悟るや否や、ミリアは全軍に撤退命令を出した。


◇ ◇ ◇ ◇


「ジョー様、敵が退いていきますわ」


「ええ。ですが、このチャンスを逃しはしません。今なら、致命的なダメージを与えることも可能です。──全軍、追撃戦を仕掛ける! 一機たりとも、無事に返すな!」


 今まで、無駄な攻撃や深追いを避けてきていた丈だが、それは消極的だからというわけではない。丈は確実にやれるとわかった時には、徹底的なまでにやる男なのだ。

 いまだ高い士気と戦意を保持し続けている赤の軍。その猛者が逃げを打つ青の軍に遅いかかる。それはまるで、肉食獣が逃げ惑う獲物を追いかけるよう。だが、逃げる動物達の中には、一頭だけ、追う肉食獣以上に獰猛な牙を持った獣がいた。しんがりを務める椎名のブラオヴィントだ。

 椎名はミリア達が無事逃げられることを最優先に考えて剣を振るった。敵を倒すことよりも、敵の目を味方からそらしたり、退路を確保することを優先した。

 それらの様子をドナーの丈は、軍の後方からエレノアと共に見ている。丈自らは追撃に加わらず、ラブリオンの中から指揮をとることに専念していた。


「お見事です、ジョー様。あの戦力差にもかかわらず、この戦果。ジョー様こそ、この世界を統べるに相応しい方だという想いをますます強くいたしました」


「いえ……そんなことはありませんよ」


 自分が役に立てたこともあり、嬉しさで少々興奮気味のエレノア。だがそれに対して丈はどこか上の空。心ここにあらずといった風。


「ジョー様?」


 エレノアは丈が神経を前線に集中させているのだろうと思った。いくら優勢とはいえ、丈が油断するような人間ではないことはエレノアもわかっていたから。

 だが、エレノアはここでまた丈から流れ出る熱いラブパワーを感じてしまった。

 ルフィーニがいない今、自分にすべて注がれると思っていた丈の最も強い愛の力。それが以前と変わらず、自分を無視して別方向へ流れて行っているのだ。


(そ、そんな……。ルフィーニはもういないというのに……。まさか! ルフィーニではなかったというの!? では、誰!? ジョー様が想いを向けているのは誰なの!?)


 狂おしい想いにエレノアは、胸に鉤詰めで掻きむしられるような痛みを感じる。


「あの中……あの中にいるというの!?」


 丈が見つめるその先、いまだ戦いが繰り広げられているその空域に憎むべき存在がいる。そう考えると、エレノアはいてもたってもいられなくなった。そして、その想いの果て、耐えられなくなったエレノアはラブリオンをそこへ進めようとする。

 だが、それは丈のドナーによって制止された。


「エレノア女王、この上あなたが戦いに加わる必要はありません! 流れ弾に当たることだってあるのですよ!」


「しかし……」


「それに、もうそろそろ潮時です」


 赤の軍の方がラブパワーは上。だが、それも消耗はする。今は青の軍の動揺で圧倒的に押せているが、数の上ではいまだ青の国の方に分がある。こちらの疲労が出て戦闘力が下がれば、負けないまでもこちらも少なくない被害を受けることになる。今ならば、圧勝の状態で戦いを終わらすことができるのだ。


「……わかりました」


 エレノアはしぶしぶ退いたが、その心中が穏やかであるはずがなかった。

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