第34話 叫び

 ミリアの狙いは、あくまでキングジョー。両国にとって、それぞれの戦艦は、丈と椎名という二人のエースと共に、国の象徴であり兵士達の精神的支柱である。それを撃破することができれば、兵達に与える影響は計り知れない。しかも今のキングジョーには丈自身は乗っていない。丈が指揮するキングジョーは一筋縄ではいかないだろうが、丈のいないキングジョーならばそう恐れることはない。

 ミリアは、女王親衛隊を中心とした主力部隊とクィーンミリア本艦をもって、積極果敢にキングジョーに迫った。


 一方のキングジョーは、丈の指示に従いクィーンミリアを警戒して常に距離をとろうとする。しかし、前進するクィーンミリアの速度に、後退するキングジョーの速度がかなうはずもなく、次第に距離を詰められていく。また、消極的に避け続けるのは兵達の士気を下げることにもなりかねない。そのため二つの艦の間にラブリオン隊を入れ、クィーンミリアの進行を食い止めようとする。

 だが青の軍の組織力は完璧だった。何の連携もなくただ足止め目的のためだけに向かってきた赤の国のラブリオンをものともせずに撃破し、キングジョーに向かって突き進む。


 そして、二隻の戦艦を中心としたその周囲でも両国のラブリオンは激しい戦いを繰り広げていた。

 交錯する火線、飛び交う光弾、閃くラブブレード、爆発するラブリオン――それらの数はこれまでの戦いの比ではなかった。ここにいる者全員がわかっているのだ。この戦いがそれぞれの国の存亡をかけた絶対に負けられない戦いだということを。

 その中でも一際熾烈極まりないバトルを繰り広げている2機のラブリオンの姿があった。


 1機はまさに草原を駆け抜ける一陣の風。しかしその風はただ清々しいだけの風ではない。竜巻、あるいはハリケーンになる可能性を常に秘めた猛々しい風──椎名のブラオヴィント。

 もう1機は蒼天を切り裂くいかずち。電光石火の早業と、炎のごとき激しさを併せ持つ深紅のラブリオン──丈のドナー。


 互いの強大で高圧的なラブパワーは、物理的エネルギーとなって周りに放出される。そのラブパワーは、2機を囲んでいる両軍のラブリオンに物理的な圧力となって押し寄せ、その戦いに手出しすることをさせはしない。

 いや、そもそもそのような障壁がなくとも、この2機の戦いに介入できるものなど誰もいないのかもしれない。実力の点からいって、援護に入ったとしてもあまりの能力差に、かえって足手まといになってしまう可能性が高いのだ。

 しかし、何よりも2機とその他とを隔てているのはそこにある雰囲気だった。2機はそこに自分達だけの空間を作り上げていて、まるで別次元で戦っているようだった。


「ジョー! お前、本当にエレノアを殺したのか!?」


 ラブパワーの込められたブラオヴィントのラブブレードが、鍔迫り合いの状態でドナーを押していく。


「……不可抗力だ。殺そうとしていたのは、オレではなくエレノアの方だった」


「な……。それはどういうことだ!?」


 真実とはいえ、予想外の言葉に椎名の心が揺れ動く。パイロットのラブパワーに反応して動くラブリオンは、パイロットの精神とリンクしている。気の乱れはイコールラブリオンの乱れとなって現れてくる。

 ドナーがブラオヴィントの剣の力の方向を、すからせるように変えてやると、ブラオヴィントはたたらを踏むかのように前につんのめった。

 そのスキをついて背後から迫るドナー。椎名は瞬間的に反応しラブブレードをラブブレードで受け止めるが、今度はさっきまでとは逆に、ブラオヴィントが押される格好となる。


「愛が人を盲目にさせたということだ」


「わけわかんねーよ!」


「エレノアはオレのことを愛していた。だが、オレの心が彼女の向くことはない。そのことを感じ取ったエレノアは、オレと心中をはかろうとしたのだ」


「ま、まさかエレノアがそんなことを……」


「事実だ」


「だ、だが、この世界の人間は愛というものを知らないはず! 感情の起伏が俺達よりもずっと小さいって前に喋っただろうが! それなのにエレノアがそんなにも思い切ったことをするとは信じられん!」


『あなた達が来てからこの世界そのものが変革してきているのよ』


 二人の間に割って入ってくるラブパワーを介しての声。椎名と丈もマシンの中にいながらラブパワーを介して話をしている。その二人に近いだけの強いラブパワーを持つ者なら、その二人の会話を聞き取り、その会話に入ってくることも可能だった。そして、エレノアもルフィーニもいない今、それができる人間は一人しかいない。


「どういうことだ、ミリア!?」


『女王親衛隊長のロケットがヘイトリオン化してしまうなんていうことも、今までの常識から考えて絶対にありえないこと。……いえ、それ以前に姉さんがこの国を捨てて赤の国に行ってしまったこと、ルフィーニ達が簡単に裏切ってジョーについてしまったこと、それらすべてが今までのこの世界の常識ではありえないことなのよ。でも、それらはすべて起こってしまった事実。では、いつからそういった変化が起こり始めたのか? 答えは簡単。あなた達二人がこの世界に来た時から。その時から、私達の心の根底にあるものが、あなた達のラブパワーの影響を受けて急激に変化してきているのよ』


「……オレ達のようなよその世界の人間を呼ぶからだ。移住した人間がその地の風土病にかかるように、あるいは未開地に進出して未知のウィルスに感染してしまうように、違う世界のものと接触すれば弊害が起こるのは当たり前のことだ!」


『……でも、私はこの変化が悪いことだとは言っていないわ。これが吉と出るか凶とでるかは──』


「だが、オレ達には迷惑だったんだよ!」


 丈のラブパワーがミリアの言葉を遮る。


「けど、お前はまだいいだろうが!」


 丈のラブパワーがミリアに一瞬向いたそのスキをついて、ブラオヴィントがドナーの胸部に蹴りを入れ、押されっぱなしの鍔迫り合い状態から脱することに成功した。


「この世界に来ても、エレノアにルフィーニ、俺が好きになった人はみんなお前のことを好きになって……。いつもいつも、自分の好きな人をお前に取られていく俺の身にもなってみろ!」


 情けなくて口に出しては言うまいと思っていたこと。だが、丈の感情的な言葉につられ、椎名の口からもつい漏れてしまった。


「自分が好きでもない奴に想われても嬉しくもなんともない!」


 丈はその一言で椎名の反論を簡単に切って捨てた。

 だが、それは正論ではあるかもしれないが、椎名にはカチンとくる。しかし、椎名が何か言うよりも先に、丈が言葉の続きを紡ぐ。


「……本当に愛している奴が振り向いてくれない……いや、それどころか余計に遠ざかっていくのに、何が嬉しいか!」


「……ジョー!?」


 椎名が丈から丈自身の恋愛についての言葉を聞くのはこれが初めてだった。丈にも想い人がいたことを今初めて知る。


「ミリア! 貴様がいなければこうはならなかった!」


 いきなり自分の方へ話を振られてミリアは面食らう。椎名も思考がこんがらがってくる。だが、それは当事者でない二人だからであって、丈にしてみればこれらはすべて話が繋がっていること。


「貴様が出てこなければ青の国は瓦解し、とうに赤の国に統合されていた! そうすればここでこうやってシーナと争うようなことをしなくてもすんでいたのだ!」


「なにミリアのせいにしてんだよ! 元はと言えばすべてのお前が始めたことだろうが! お前が俺達を裏切って独立なんてしなければ、こんな無駄な戦いはしなくて済んだんだ! エレノアも、ルフィーニも、ロケットも、ほかの多くの兵士達も死なずに済んだんだぞ!!」


「くぅっ! まだそんなことを言うのか!」


 丈のその言葉は、苦しみから生まれてくる呻きのように聞こえた。


「お前は何もわかっちゃいない。オレの気持ちなど、理解しようとしない……。考えてもみろ! 戦士として呼ばれたオレ達が、すべての戦いが終わった後どうなるか。あるいは、戦いが終わらずとも戦士として役者不足になった時にどうなるかを!」


「またその話かよ! エレノアやミリアが俺達を簡単に切り捨てる人間だと思うのか!?」


「他人など当てにできん! それに、たとえ彼女らがそうだとしても、別の者が支配者になればどうする? その時にオレ達の立場が守られる保証がどこにある!?」


「け、けど……。けど、お前ならエレノアと一緒になることだってできただろうが! それならば安泰じゃないか!」


 認めたくはないことだが、勢いで喋ってしまう椎名の口。


「オレはな! だがお前はどうする? オレが王となった世界でお前はどうやって自分の居場所を築くんだ!?」


「それは……。けど、それなら今だって同じだろうが! お前は王になろうとしている──いや、すでになっているじゃないか」


「違う! オレが目指しているのはオレが王になる世界ではない! オレとお前が王になる世界だ!!」


「俺とお前が?」


「この世界ではオレ達は異質な存在。このままではやがて排除される定め。だから、オレ達が支配者となって、自分でオレ達の居場所のある世界を作る! 王が二人というのが気に入らないのなら、お前が王になればいい。オレは陰でお前をサポートしてやる!」


 丈の言葉は嘘には聞こえない。これほど真摯に心に響いてくるラブパワーが嘘偽りであろうはずがない。だが、それだからこそ、椎名は余計混乱してしまう。


「ジョー、お前、何を言っているんだ!?」


「オレが言っていることは前から一つだ! オレの国に来い──いや、来てくれ! 頼む!」


 それは丈の心からの叫びだった。

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