【番外編】ステキな魔獣学者が村にやって来た
今朝の父も呼吸をしている
私の朝は父が生きている確認から始まる。
「うん、息してる」
父は酒の臭いを振りまきながら、すうすう寝息をたてていた。床に落ちた毛布を拾ってそっとかけてあげる。春になったばかりの今はまだ肌寒く、毛布無しで寝ていては風邪をひいてしまう。何度洗っても汚れが落ちない薄い毛布だけど温かさは保てる。
父は酒を飲んで前後不覚になって眠るのが習慣だ。身動き一つしないので死んでいるかと心配になる。夜中に何度も父の呼吸を確認し、朝起きてすぐにも確認する。
父の寝息を確認した後は身支度だ。寝巻を脱いで、服と一緒に置いておいた長い布を胸に巻き付ける。下着を買うお金がないし、男の子のフリをするには、これがちょうど良い。上から父が昔着ていたズボンとシャツを着て、裾と袖をくるんとまくり上げる。
次に、火を起こしてお湯を沸かす。かまどは無いので家の外で薪を燃やす。手間がかかるけれど、温かいものをお腹に入れたいので仕方ない。
お湯が沸くまでの間に、家の周りで食べられる草をカゴいっぱいに摘んで来て近くの小川で洗う。冬の間は木の枝を細かく割いてお湯でふやかして何とか食べていた。草が生えている季節は、それだけでありがたい。沸いたお湯に草を入れて、浮いてきた泡を匙ですくって捨てた。塩は切らしていて今は無い。
「でっきた!」
朝食の完成だ。今日はポニポニ草を見つけたから豪華な朝ごはんになった。ちなみにポニポニ草は私が勝手に名付けた草で、先っぽに茹でるとポニポニする食感のつぶつぶがついている。この食感が『食事をした』という満足感を与えてくれるから、ちょっと苦いけど大好きな草だ。父は朝食を食べないので、私が全部食べてしまう。
朝食を食べた後は、父の昼食の準備だ。私が仕事に出かけている間に食べる物がないと、また酒を飲んでしまう。壁際に積んだ机代わりの木箱の上に、パンを1切れとリンゴを乗せる。少し迷ってパンをもう1切れ乗せた。最後の1切れだ。
(お父さんは体が大きいから、ご飯食べないでお酒ばかり飲んでたら、きっと病気になってしまう)
本当は3切れくらい食べさせてあげたいところだ。今日こそ何としてもお金を稼いで、パンを買って帰らなければならない。
(お酒は⋯⋯、うん、まだ大丈夫だね)
瓶の中には、あと2日ほどは大丈夫そうな量が残っている。
村の方を確認すると、あちこちの煙突から朝食の支度をする煙が立ち上るのが見えた。うちには時計がないから、太陽の位置と村の様子で時間を判断している。そろそろ村に仕事に行っても大丈夫だろう。あまり早いと嫌がられてしまう。
私と父は村から外れた所にある小屋に住んでいる。父の持ち物ではなく、村長の好意で誰も住んでいない小屋を無料で借りている。村の中央までは距離があるけれど、私と父は流れ者だから屋根と壁があるだけでありがたい。
(今日も一日働くぞ!)
私はもう一度、父の様子を確認してから、村を目指して走り出した。
◇
「おはようございます! 仕事ください!」
よろず屋の主人に元気よく声をかけた。主人は私を見て嫌な顔をしてため息をつく。
「あぁ、フレイナ。あったら言うからちょっと待ってな」
犬でも追い払うように手を振って、面倒そうに追い出された。
私は店の外の邪魔にならない木陰に立って主人が仕事を思いつくまでずっと待つ。雇われてはいなくて、主人が用を思いついた時に指示された作業をして手間賃をもらう。
私は本当は女の子だけど、最初によろずやの主人が男の子だと勘違いして、汚れ仕事を言いつけてくれた。それ以来、男の子のフリをして、ここで用を言いつけてもらうのを待っている。他に流れ者の女の子を雇ってくれる人なんて誰もいない。女の子の定番の仕事は店番や子守だけど、残念ながら得体のしれない流れ者には頼んでもらえない。
運が悪い日は1日立っていても仕事がもらえない。気長に待つつもりだ。私は背中に垂らしていた三つ編みを手に持って、ねじったり引っ張ったりして暇をつぶした。鼻歌を歌ったりもする。
「パ、パ、パン~、がたっべたいなー。ジャ、ジャ、ジャムーは、つっくりましょー」
(ジャム、食べたいなー。もうすぐ山で果実が付く季節だけど、お砂糖は高くて買えないなー)
それでも鼻歌が飛び出す気分になれるのは、ミリーがいないからだ。
ミリーはよろず屋の息子で、私より年齢は下ながら力がある。だから、よろず屋の主人は用事をミリーに言いつける事の方が多い。ミリーにせびられる小遣いは、私に払うお金よりもずっと高いのに。私はミリーが嫌がるような汚れる仕事や面倒な用事をもらう。
そのミリーは、昨日からお使いに出て今週いっぱい帰って来ない予定だ。昨日はよろず屋に用事が無かったようで仕事がもらえなかった。でも今日こそはパン代くらいは稼ぎたい。
どれくらい待っただろうか。日が空高く昇った頃にやっと主人から声がかかった。
「フレイナ、フレイナ!」
「はーい! ここにいます!」
「さっき届いた豆の袋を、倉庫に納めておいてくれないか」
「はい、喜んで!」
(やった、おっしごとー)
馬車に積んだままの豆の袋は、ざっと見て30袋くらいありそうだ。豆の袋は結構重い。気合を入れて運ばなければならない。1袋ずつ抱えて運ぶ。もうポニポニ草は消化してしまったようで空腹が堪える。
(でも、これはお金たくさんもらえるはず)
豆運びを頼まれるのは、いつもならミリーだ。ミリーはこれをやると1,000リアくらいもらっている。私なら800リアくらいもらえるだろうか。
(えっと、パンが1個300リアだから4個も買える!あれ?2個かな。あれ?)
私は計算が苦手だ。けど、とりあえずパンが買える。思い浮かべた『パン』に思わずお腹がぐぅーっと鳴る。我慢して袋を運ぶ。
(あと2袋!)
先に奥に積んである袋から手を付けたので、残りは手前の2袋。1袋を持ち馬車の荷台から降ろそうとしたところで。
「フレイナ、終わったか!」
主人の大声が聞こえた。気が逸れて思わず袋を地面に落としてしまう。ザザっと大きな音がしてしまった。
(わ!⋯⋯大丈夫、こぼれてないわね)
袋は破れていない。ほっとして地面から持ち上げようとしたところで、主人の大声に阻まれた。
「何をやってるんだ! 大事な商品だぞ!」
主人が駆け寄ってきて乱暴に地面に落ちた豆袋を拾おうとする。勢い余った主人に突き飛ばされて馬車の荷台に頬をしこたまぶつけてしまった。
(いったーーーーい!)
目の前が暗くなり、思わずしゃがみ込む。ズキズキする。
「な、なんだ。そんな邪魔な所にいるから」
主人は地面から拾った豆袋と、荷台の最後の1袋をひょいっと持ち上げると、そのまま店の中に入ってしまった。そして、待てども待てども手間賃をくれる様子はない。
(失敗かあ⋯⋯)
用事を済ませた事にはならなかったようだ。空腹なのに体力を使ってしまったので立っているのが辛い。いつも用事を言いつけられるのを待つ木まで戻ろうとしたところで、ひそひそ声で呼びかけられた。よろず屋の奥さんだ。奥さんの呼びかけに応じて裏口から入る。そこには御用聞きや商人が用事を済ませるための簡単な部屋がある。
「うちの人は食事に行っちゃったから、今のうちにね」
奥さんは、お皿に乗せたパンを勧めてくれた。
「ジャム!!!」
しかも、3切れもある。目を輝かせる私を見ると、奥さんはくすっと笑って私の背中そっと撫でてくれた。
「あんた、さっきジャム付きパン食べたいって歌ってたでしょ?」
嬉しい。奥さんは、やせっぽっちの私を気の毒がって、主人の目を盗んで食べ物をくれる。お金を自由に使えないから用事をお願いできなくてごめんねと、ちょっとした物を食べさせてくれる。
「ありがとうございます!」
いつも、遠慮する余裕なんかない。その場ですぐに口にする。
「さっき、ほとんど仕事終わってたのにね、ごめんね」
「いえ、このパンを頂けただけでも、本当に嬉しいです」
さっきぶつけた頬はまだズキズキしてすごく熱い。たぶん腫れてしまっているだろう。それでも、甘い甘いパンを頂いて、私の元気は満たんになった。またいつもの木の下に戻って、主人が仕事を言いつけてくれるのを待つことにした。
しばらくすると、大きなリュックを背負った人影が、こちらに向かって来る姿が見えた。このよろず屋は、村の入り口に位置していて賑やかな中央からは外れている。こんな場所に店を構えたのは主人の作戦らしい。
「みんな必ずここを通るんだ。この村にこのよろず屋ありって記憶に残るだろう? 村にいる間はずっとうちの店で買い物してくれるだろうよ」
私はいつも村の入り口が見える木の下にいるので、遠目でも村の人か外の人が分かる。大きいリュックの人は外の人だ。
その人が近づくにつれて、私の心臓はぴょこぴょこ飛び跳ね始めた。
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