友達はずっと一人で旅をしてきた

 昼間は調査をして、夜はウリオンを見に行く、その繰り返しで数日が経った。最初の日以来、ウリオンには出会えていない。


「ジュリエッタさんも珍しいって驚いていたくらいなので、そう簡単には見れないんですかね」


 私とゾリューで、先生が朝食に下りて来るのを待っていると隣から声をかけられた。


「よう、お弟子さん。まだあんたたち、この宿にいたのか」


 先生とジュリエッタさんの邪魔をしないように警告してくれたおじさんだ。もう旅立ったと思っていた。


「おじさんは、また戻って来たんですね!」

「隣の町から、追加の商品を仕入れて来たんだ。明日から祭りだろう。たくさん売るつもりだ」


 祭りを明日に控え、町には更に人が増えている。


「ステキなカッコいい先生はどうしたんだ? そっちの兄ちゃんに乗り換えたのか。まあ、こっちの兄ちゃんの方がステキでカッコいいと思うぞ」


 おじさんが大変失礼なことを言う。私は改めて先生のステキな所を熱弁した。食事を終えたおじさんは『はいはい、悪かったよ』と、私にお菓子を1個くれて立ち去った。


 ふと目の前を見ると、ゾリューが不機嫌そうな顔をしている。


「ごめん、ゾリューをけなした訳じゃないんだよ。先生は世界で一番ステキだから、仕方ないの」

「ふうん。僕には、そこまで君が先生を褒める理由が分からないけどな」


 私の力不足で先生の魅力を伝えきれていないらしい。けど、先生の素晴らしさを知りすぎてゾリューが自信を失ってしまったら気の毒だからやめておく。


「ゾリューはお祭りを見に来たんだよね。普段は、どこに住んでるの? 何のお仕事をしてるの?」


 そういえば、ゾリューの事を詳しく聞いた事が無い。


「僕は、家も仕事も無いんだ。遠くの土地で育ったんだけど、両親が亡くなった後は兄が家を継いでいる。莫大な遺産を受け継いだから働く必要が無いんだ。珍しい魔獣を見たくて世界中を旅している。この町には、事件の噂を聞いたから珍しい魔獣の仕業かもしれないと思って来たんだよ。お祭りはついでだ」


 ゾリューの顔が少しだけ寂しそうになった。私にはお父さんがいたけれど、お母さんが亡くなる悲しさは分かる。


「ずっと一人で旅をしていたの?」

「そうだね、もうずっと長い間、一人で過ごして来たな」


 そんなゾリューが、なぜ急に私たちに興味を持ってくれたのかは分からない。でも、一緒にいて楽しいと思っていてくれるなら嬉しい。


「おはよう」


 先生が下りて来た。


「おはようございます、先生!」

「ん? フレイナ、その菓子どうした?」

「おじさんにもらったんです」


 食べようとして先生に止められた。


「お前、知らない人に物を貰ってはいけないと教えただろう!」

「知らない人じゃないですよ、知ってるおじさんですよ。先生だって話したことありますよ」

「素性が分からない人物は、知らない人って言うんだ!」

「えー?」


 仕方ないのでお菓子はあきらめる。先生の基準で考えると、私が先生と出会った時に付いて行ったのも禁止されている事に入ってしまうじゃないか。難しい。


 朝食を終えて、犠牲者の足取りを追い町で情報を集める。もう少しで12人全員分の調査が終わりそうだけど、全然進展が無い。


 変った事といえば、その日の祝詞は少しだけいつもとは違った。ほとんど同じだけど、ほんの少しだけ付け足されている。


『ゆりもあはむと おもひそめてき』


 帰り道、先生とゾリューに付け足された部分を歌ってみせる。


「俺は、お前ほど祝詞を覚えられていないからな。ゾリューは分かるか?」


 ゾリューも困った顔をする。


「申し訳ないけど、僕も何となくしか分かりません。もしかすると、明日からお祭りがあるし、少し変えているのかもしれないですね」

「なるほど、お祭りですか」


 医者も祝詞には何種類かあると言っていた。季節や何かの都合で変える事があるのだろう。


 祝詞は違ったけれど、ウリオンにはやっぱり会えなかった。



 また、被害者が出た、その知らせは依頼人から宿の私たち宛に届けられた。慌てて依頼人の所に行った私たちに告げられたのは、意外な願いだった。


「町の人には新しい被害者の事は言わないで欲しい、極秘で調査をして欲しい」


今回の被害者は命を落としている。てっきり、町の人に注意を呼びかけると思っていた。


 今日から祭りが始まる。この祭りは、訪問者が減って先細りになってきたこの町の経済を活性化するために催されている。この日の為に多くの人達が準備をしてきた。借金までして博打のような額の投資をし、今日の儲けに期待している商人もいる。


「魔獣被害の話が大きく広がると、祭りを中止せざるを得なくなります。それは避けたい。訪問者が減るのも困る。⋯⋯でも、これ以上の被害は出したくない。だから色々な情報が失われないうちに、あなた達に調査をお願いしたいのですが、他には漏らさないで頂きたいのです」


 虫のいい事を言っている事は承知の上です、と必死に頭を下げる依頼人が気の毒に思えた。


「自分の知らない人間の安全より、知ってる人間の利益が大事。そんなものだよな」


 ゾリューがぽつりと私だけに聞こえるよう、小さな声でつぶやいた。見上げると感情が読み取れない冷たい顔をしていた。


 先生は少し不機嫌そうな顔で頷いた。賛成ではないけど、それを言える立場じゃない、そんな時に先生はこういう顔をしている。前の村で、小さな子供が学校に行かせてもらえずに畑で働いていた。それを見ていた時と同じ顔。


 本当は町の人に危険を伝えたいのかもしれない。


「分かった、絶対に漏れないとは約束出来ない。でも努力しよう」


 詳細を教えてもらうと、被害者が発見されたのは、私たちがウリオンを待っていた場所のすぐ近くだった。


「あそこに他の魔獣がいるとは思えない。⋯⋯ウリオンの関与を疑わざるを得ないな」


 先生が沈鬱な顔をした。昨日の事はともかく、今までの事件は旅人や商人、祭りの見物人には伝わっている。ウリオンの山には近づいてはならない事も知れ渡っている。敢えてウリオンの怒りに触れるような振る舞いをしに山に行く人間がいるだろうか。


(魔力欲しさに、人間を襲っているかもしれない、ということ⋯⋯?)


ウリオンに憧れて来た先生は、罪なき人間を襲う姿は想像したくないのかもしれない。


「魔獣だって生き物なんだ。神聖視するのはやめた方がいいよ」


 ゾリューがまた、私だけに聞こえるようにぽつりと言った。


 ウリオンが人を襲った可能性があるとして、それをどう突き止めるかが問題だ。私たちは被害者を確認した医者の所に行った。


「私には人間に残る魔力の量は分からないけれど、この人は完全に魔力を吸い尽くされて亡くなったようだよ」


 医者が見た時には、完全に息が無かったそうだ。


 他の被害者は、亡くなる寸前まで魔力を吸われ、最期は自分で少し動けた様子が残っていたと言う。でもこの被害者の場合は、亡くなった後に山に放り出されたようだ。身体の様子や傷から、そう判断したと言っている。


「それほど魔力を必要としていると言う事か。ウリオンは積極的に魔力を得る印象がないが、本当は生きるだけでかなりの魔力を必要とするのだろうか」


 考え込む先生にゾリューが言う。


「僕が知る限りでは、そんな必要ないはずですよ。生きる為だけであれば、人が倦怠感を覚える程度を吸い取れば十分です。全く他の栄養を得なかったとしてもね。健康な成人男性1人分の魔力を完全に吸う必要があるというのは、どういう状況でしょうね」


 それに、と続ける。


「ウリオンというのは、人など他の生き物との接触を嫌う。それほど魔力も体力も使わない暮らしをしているから、木の実などを生きる糧とする傾向があります」


 先生は、魔獣が必要とする魔力の量をゾリューがどうして知っているのか、興味を持ってしつこく聞いたけど『僕の家の門外不出の知識ですよ』と、答えなかった。

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