みつあみ弟子の魔獣をめぐる冒険~全てを統べる愛しの王
大森都加沙
全てを統べる愛しの王
私のステキな先生は照れ屋さん
「それでですね、私の先生の一番ステキな所は、あの美しい瞳なんです。何もかも見通すように澄んでいて――」
「はいはい、それさっきも聞きましたよ」
パンとスープを運んできてくれた女将さんは、私の言葉を適当に聞き流してテーブルの上に並べた。滞在しているお客さんは多くないようで、宿の食堂全体ががらんとしている。
「何度言っても足りないくらい、ステキなんですよ。顔立ちだけじゃなくて、美しい瞳をちゃんと見てくださいね?」
女将さんは私の頭をポンポンとたたいて『はい、はい』と呆れた顔をする。
「どうした?」
先生が来た。先生はお寝坊さんなので朝の動きが遅い。先生が目を覚まして身支度を始めたのを確認してから、先に食堂に行って朝ご飯を注文するのが習慣だ。今朝も注文した料理がテーブルに並ぶ頃になってやっと部屋から降りて来た。
先生が来るまで暇なので、ちょうど手が空いていた女将さんに先生のステキさを伝えていた所だ。近くのテーブルのお客さん達も一緒に聞いてくれた。
「あら、ステキで完璧で、とんでもなくカッコイイ先生、おはようございます。フレイナちゃんが言う通り、美しい瞳ですね。さあ、温かいうちに召し上がってくださいね」
「――お前っ!」
先生が頭から湯気が出そうなほど真っ赤になって私をにらみつける。女将さんは笑いながら厨房に戻って行った。近くのお客さんも、笑いながらこちらを見て『兄ちゃん、ステキだな!』って褒めてくれる。
「またやったな! 二度とするなって言ったぞ!」
「えへ。だって、先生がステキだから仕方無いんですよ。あふれ出る気持ちは止められませんもの。ね、ヒヨさん?」
「ムマっ、ムマっ」
私の右肩にちょこんとしがみついているヒヨさんが、薄いピンク色の舌を震わせて同調してくれた。
私の先生は照れ屋さんだ。世界で一番ステキでカッコイイのに私が褒めると恥ずかしがる。弟子として、この素晴らしい魅力を世界中の人に知らせるのが私の使命なのに、伝えようとすると『隠しておけ!』と叱られてしまう。
「今日の夕食は絶対にお前と一緒に食わないって決めたぞ! これ以上恥をかかされてたまるか!」
「何でですか! 私は悪くないです、カッコ良すぎる先生のせいですよ! 先生がステキな瞳をしていて、優しくて頭が良くて懐が広くて――」
「よ、兄ちゃん!それだけ愛されてたら何も怖くないな!」
隣の席から野次が飛ぶ。
「やめろ、頼むから、もうやめてくれ」
先生が顔を両手で覆って下を向いてしまった。そして、大きくため息をつく。
「俺の気持ちも考えてくれ⋯⋯。身の丈に合わない褒められ方をしているんだ。聞いてる奴らの『何だよ、大したことねえな』の視線が、どれほど痛いか分かるか?」
「それなら大丈夫です」
「どうして」
先生は顔を上げて、しかめっ面で私を見る。まだ耳が赤い。
「先生は、私のゴキが少ないから表現力がトボしいって、よく怒るじゃないですか。『実物はもっとステキなのにな。あの弟子は十分に褒められてないな』って、私が悪く思われるだけですから、先生が恥じる必要はないのです」
「ゴキ?⋯⋯語彙か! この前教えただろう!」
「そうでしたっけ?」
先生は怖い顔を作って言う。
「お前、毎日少しずつ覚えろって言った単語、ちゃんと覚えてるんだろうな」
「えへ?」
物事を知らなすぎる私の為に、先生は時間を作って勉強を教えてくれている。宿題も出されていたような気がするけど記憶の彼方に飛んで行ってしまったようだ。
「お前なあ⋯⋯もういい」
先生は深いため息をつくとパンとスープを食べ始めた。
私は知っている。いくら頑張って怖い顔を作っても先生は本当には怒っていない。柔らかく下がった目尻から感じる優しさや温かみはいつもと同じで、私の心をときめかせる。
「ムマっ」
「あ、ごめんね、お腹すいたね」
肩にしがみつくヒヨさんの口元に小さく切ってもらった果物を一切れ持っていく。ヒヨさんはくちばしで摘まむと、ひょいっと口の中に放り込みモゴモゴする。やがてゴクンと丸飲みして満足そうに目を細めた。
「ムマっ」
「そっか、美味しいね。よかったね」
ヒヨさんの催促に合わせて、果物を続けて食べさせる。女将さんに用意してもらった一皿分を平らげると、ヒヨさんは自分で皿を眺めてもう残っていない事を確認すると、満足そうに目を閉じて私の首筋に顔をすりつけた。巻き付けた布から、ふわふわの毛がはみ出して私をくすぐる。ヒヨさんの少し温かい体温を感じる。
私もパンを食べ始めた。木の実が混ぜ込んであるパンの、パリっとした皮とコリコリした食感が美味しい。一口ずつ噛みしめて食べる。
スープには食べた事がないイモのような野菜が入っている。先生に聞くと、この地方名産の野菜だと言う。その土地でしか食べられない物を楽しむのが、旅のダイゴミだと先生は教えてくれた。ダイゴミの意味を忘れてしまった事は、先生には内緒だ。
「このスープは美味いな」
先生の機嫌は直ったようだ。
私の目の前に座るステキな男性は、ガリード先生という魔獣学者で、魔獣を研究しながら世界中を旅している。
魔獣というのは、魔力を持った獣のような生き物で、年齢を重ねた獣が魔獣になるとか、大人の魔獣が分裂するとか、突然生まれ出るとか、色々な説がある。要するに生まれ方も、生態もほとんど分かっていないという事。
分かっているのは、人間の魔力を吸う事を好む事実くらいだ。ご飯も食べるから、魔力だけで生きているわけではないらしいけど。どの魔獣がどのくらいの魔力を必要として、どのくらいの食事をするか、そういう事ほとんど分かっていない。
ちなみにヒヨさんも小さいけれど、れっきとした魔獣で、果物の他に私の魔力を吸っているらしい。気にならないということは、ほんの少しなんだと思う。
「分からない事だらけだからこそ面白いんだ」
先生はとても賢い人たちが通う学校で勉強をして魔獣学者になったそうだ。ロンブンという物を書いて発見した事を皆にお知らせするのがお仕事と言っていた。
それではあまりお金をもらえないので、魔獣に困っている村や人を助ける事もお仕事にしている。
この町にも、お困り事がある人がいると聞いてやって来た。
「ほら、フレイナ。ぼんやりしてないで、さっさと食え」
私は先生の弟子のフレイナ。たぶん18歳。先生が言うところの『人間よりも魔獣に近い暮らし』をしていた所を拾われて弟子にしてもらった。夢は先生と結婚して世界を旅すること。
先生は25歳。18歳と25歳って、結婚するにはちょうどいいと思う。だって5歳しか離れていないから、近すぎないし離れすぎじゃないし。
(あれ? 離れてるのは6歳かも。25引く18は⋯⋯あれれ?)
私は計算が苦手だ。大丈夫、先生が得意だから困らない。
私の肩にしがみついていたヒヨさんがグラグラしている。きっとお腹がいっぱいになって眠くなったのだ。
ヒヨさんをそっと頭の後ろの方に誘導した。ヒヨさんは、私の背中にぶらさがる三つ編みの根元にあむっと噛みついた。こうすると何故か落っこちない。ヒヨさんは私の髪の毛をかじるのが好きだ。
私は幼い頃に魔獣の巣で父に発見された。その時に抱えていた卵から、つい最近生まれたのが、このヒヨさん。魔獣学者の先生も見た事が無い魔獣で、先生は毎日観察している。ヒヨコっぽい色の毛が生えているので、ヒヨさんと名付けた。ヒヨさんは、絶対に私から離れない。お母さんだと思っているようだ、と先生が言っていた。
「食い終わったら、依頼人に話を聞きに行こう」
「はーい!」
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