第三話 『霊魂監獄のアリス』 その3


「……『ありふれた普通の少女』、ね」


 夕からすれば、凄惨な殺人事件を短期間に繰り返した『怪物』さえも、そう見えているようだ。


 二時間ほどの短い付き合いであるが、アキマは夕の口が『真実』しか話さないことを知っている。本気でその認識をアリス・レゾネイに持っているのだ。


 変わっている。


 ……という範疇にはいない。とんでもなくおかしい。


 ブリジットに聞けば、あるいは、夕に聞けば教えてくれるだろう。どんな人生を……どんな『罪』を犯せば、人々を『楽器』に変えてしまう少女のことを、『ありふれた普通の少女』だと認識できるようになるのか……。


 聞けないのは、怖いからだった。


 感情的な理由も少なからずあるが、粉々になってしまったクロエたちを救えなくなるかもしれない。夕を信頼できなくなってしまえば、この協力関係は間違いなく機能不全を起こす。


 無視すべきこともある。


 プロフェッショナルは、それを使って仕事を成し遂げるものだ。


「アリス・レゾネイの生い立ちと、『生前の犯行』ついては、分かった。そして、オレたちの世界にやって来たときに……あの『男』も生み出したわけか?」


「分裂したんだよ。心は、そういう器用さがあるから」


「つまり、『二人』になった」


「もっといるかもしれないけど、少なくとも『二人』だ」


「『二人目』は、どんな姿かたちだ? この画像の姿か?」


「おそらく、そうだ。死刑が執行された19才のときの姿に近いはずだ」


「19才には見えない。もっと、ガキっぽいな……」


「虐待のせいで成長期に栄養失調だった」


「なるほど」


「アキマ、敵に同情しないでよ?」


「しないさ。犯罪者は、捕まえる。セルジリアには、山ほどの監視カメラがあるんだ。銀髪で160センチの43キロ……緑色の瞳。画像検索をかける。護衛ちゃん、オレの端末にその画像、送れ―――ああ、もう届いた」


「仕事が早いのよ」


「助かるぜ」


 アキマは同僚にアリス・レゾネイの画像を送る。


「あとは、検索待ちだ」


「ローカルの監視カメラ網を使えれば、すぐに見つかるよ。この町は、カメラが多すぎるからね」


「見つからなかったら、カメラが少ないところにいるってことか。逃げたり、隠れたりするかもしれんな……『共犯』というのには、ちょっと違うかもしれんが。片割れの『男』は消えちまったわけだし」


「生前のアリスが殺人をしていたときの人格は、あの『男』だった。『殺人が得意な彼女』は、排除されたことになる。でも、彼女は『兵器』に改造されてもいるんだ」


「殺人鬼の人格を失っても、多くの市民を、襲おうとする?」


「『恐怖を与える』のが、『兵器』としての彼女に植え付けられた新しい本能なんだよ。生来の生真面目さと一緒になって、その使命を果たそうとする。生真面目で信心深く、期待に応えようとする『普通の少女』でもあるんだ」


「……殺人鬼とはいえ、死人を、道具にするか。良い趣味してやがるぜ」


「うるさいわね。そうしないと、地球人が滅びる。あんたたちも、同じ立場なら、同じ道を選んだ」


「かもしれん。それほどの科学技術は、オレたちにはないが……『人探し』は、やれる」


 端末に届いた画像を見て、アキマはニヤリと笑った。


「見つかったぞ。アリス・レゾネイだ。彼女、徒歩だぜ。市街地から離れているな」


「神村、あんたの推理は外れたわね。逃げてるじゃない、この女」


「だといいんだけど。アキマさん、アリスの向かった方角に、危険物はないかな? 工場とか」


「あるぞ……っ。山ほどある。自動車工場と、化学メーカーの工場……」


「武器を確保するつもりか。ほんと、殺人鬼は厄介よ」


「『処刑人』に……彼女の場合は、『巨人』だけど。あれで、工場を襲うのか、もっと悪ければ、現実改変を試みて、工場の機械を大量破壊兵器に変える。毒ガスだとか、都市を丸ごと破壊できるような爆弾だとか、とんでもないサイズの『大砲』もあり得る」


「大砲? そんな原始的な兵器、作る意味あるの?」


「彼女の趣味だよ。音楽が好きだろ」


「大砲なんて、弾とうるさい音しか出ないと思うけど……?」


「荘厳序曲さ。大砲を、『楽器』として使う曲もある」


「ふーん。変な曲もあるのね」


「地球人は何を考えているんだか、オレには分からなくなる。とにかく! そんなものを使われたら、たまったもんじゃねえぞ! おい、行くぞ‼」


「……そうね。何にせよ、見つかったなら、私の出番。『処刑人』だろうが、『大砲』だろうが、好きなものを選ぶといい。あんたみたいな殺人鬼は、ぶっ倒して回収してやるんだ」


 ナイフで刺された。


 その屈辱は忘れない。


 リターンマッチのつもりだ。


 ……評価が下がるかもしれないが、より強大な武装をして欲しいともブリジット・グレースは願う。全ての兵装を解放して、派手な戦いで決着をつけたい。


「街ごと灰になるような戦いはしないようにね」


「……うるさい。私の心を読むんじゃないわよ、殺人鬼ごときが」


「ケンカしてんじゃねえぞ、プロフェッショナルたち‼」


「そうね、軍人だもの」


「オレは……」


 そういえば。


 自分は『どんな立場』なのだろうか。


 ヘイルに依頼されたから、『犯人』たちを追いかけているものの……。


 誰かに名乗るときは、名前だけでは足りないときもある。


 ブリジットが軍人と名乗るように、シンプルに自らを示せる立場があれば便利かもしれない。


「オレは、自己紹介が下手過ぎるな……自己紹介をする必要なんて、ずいぶんと無かったからか……」


 死刑囚になってからは、有名だった。夕を知った者としか、会うことはない。


 ……今後も『犯人』を追いかけるのであれば、告げやすい立場があればいい。


 殺人鬼でも死刑囚でも、相手を緊張させて警戒心を深めるだけだ。他に、何かあるだろうか……?


 夕は自問しながらも、アキマの車に飛び乗っていた。



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