第二話 『楽器職人』 その2
「意味、分からねえ」
「『壊されていない死体安置所がある並行世界』から、その部分だけを抜き取って、こちらの世界に上書きしただけ」
「……んな、神さまみたいなことが…………やれてるから、やったのか」
「そう。現実改変って呼んでいる技術だ。オレたちの世界にある機械が、オレたちの世界を滅ぼそうとしている重力の波を使うことで、発生させている」
「バカが難しいことを理解するなんて不可能なんだから。シンプルに、『現実を好きなように書き換えられる力』って認識しとけばいいのよ」
「制約も、あるんだろ。なければ、わざわざ、オレに案内もさせない」
「ある。オレたちの世界の機械と、重力の波が動力だ。その出力を超えることは難しい。そもそも、精神を移植しやすい世界を、地球はターゲットにすることで、どうにか現実改変を可能としている。ギリギリね」
「オレたちの世界は、気持ち次第で変わりやすいファンタジーな世界だとでも?」
「『この世界が地球とつながると、改変されやすい』ってだけだよ」
「……そうか」
「たぶん、理解してないわね、この民間人」
「うるせえ! で。『犯人』だ。警察署を襲撃したヤツのせいで、こうなってるんだよな?」
「ああ。警察署が燃えれば不安になるよね。それに、『警官で作られた楽器が、演奏されているところを生配信していたら、もっと不安になる』」
「……配信だと? ネットで、さ、晒してるってのか?」
「そうみたいだね。これに触発されて、人々の心は汚染された。理性が取れて、本能が出てる。不安に駆られて行動するんだ。暴動だとか、集団自殺……みんなは、世界の終わりだと感じてしまっているだけ」
「だけ……だと」
「もちろん、地球の機械で、そういった傾向が強化されてもいる」
「スゴイでしょ! 優秀な侵略兵器なのよ!」
「車、横転させっぞ……ッ」
「仲間割れはよそうよ。ブリジットも、挑発しない」
「ふん」
「……で。『犯人』と、お前たちは、どうして敵対してるんだよ? 同じ地球の連中だろ?」
「『犯人』たちは、異なる世界を侵略するための『尖兵』だった。でも、あるトラブルが起きてね。連中は、勝手にターゲットじゃない世界にも攻撃を始めている」
「……暴走してるってことか?」
「うん。侵略する価値が乏しいはずの世界にも、こうして襲い掛かっている」
「どうして?」
「ただの本能だよ。殺人鬼は、殺したいから殺してるだけ。たまたま、この世界を、『犯人』たちの……再現された殺人鬼の人格の一つが気に入って、襲っている―――⁉」
急ブレーキを踏まれて、夕とブリジットは後部座席から飛び上がっていた。
「運転もろくに出来ないの⁉」
「……うるせえ。轢けるか……なんだよ……これは」
「ただの、民間人の子供たちじゃない」
「そういうコトを、言ってるんじゃねえよ」
うつむいた子供たちが列を成して、横断歩道を渡っている。
「深夜だぞ……パジャマの子たちもいる……あ、あいつら、どこに……ッ⁉」
「飛び降り自殺の名所になってるビルかもしれない」
「ふざけんな!」
「落ち着いてくれ、アキマさん。『犯人』を捕まえれば、問題はない。この子たちは、『犯人』の心に影響されているだけなんだ」
「お前ら地球人どもの機械にもだろ⁉ 『神さま』とやらにもか⁉」
「そうだ。でも、ヘイルはそれを望んでいるわけじゃない。オレも、ブリジットもだ。協力がいる。改変された世界を、元に戻すには……あなたの協力が要るんだ」
「……くそ……ッ」
「ほら。子供たちの列が途切れたわよ。赤信号には従う程度に、まだ正気がある。さっさと『犯人』を見つければ、死なせずに済むわ」
「分かったよ! お前たち、本当に……助けろよ。お前たちの、地球とやらのせいなんだからな‼」
十歳近く年下の少年少女に怒鳴る。みじめな気持ちになった。怒鳴る? 理想的な大人のするべき振る舞いじゃない。深呼吸をして、行くべき方角を見た。赤く燃える月と同じように、警察署の上空も赤くなっている。仲間たちも、解放してやらなければならない。
「職業倫理を果たしなさいな。私たちは、危機的状況に対してのプロフェッショナルよね」
「ああ」
アクセルを踏んだ。分からないことだらけでも、刑事として達成しなければならないことは決まっている。追いかけるのだ。この状況を解決する方法を……。
愛する相棒の名を、心の中で何度も呼びながら……クロエで心をいっぱいにしてしまいながら、迷いを消した。クロエと組んでいるときは、いつだって上等な刑事でいられた気がするから。
クロエを取り戻すために。勇気を得た刑事は、事件の現場へと車を走らせた。
「弱いオトナだわ。涙目になって、鼻水をすすりながら……はあ。見るからに弱っちい」
「そうかな。オレは、好きだよ。泣きながらでも、あきらめない。そういうヒーローに、子供の頃は憧れた。憧れる資格が、あった」
「弱者じゃ、何も成せないわ」
「君がいるから、力は足りる」
「……当然ね。みじめな雑魚男どもに代わって、英雄になってあげるわよ」
最後は、力だ。ブリジットはその真実を知っている。『犯人』を倒すのが、自分の役目だ。あの『人格』を回収して、地球連邦軍の正式な兵器に改造し直す。そして、侵略すべき世界に使うのだ。
「……軍人だけじゃ、数が足りないもの。しょうがないわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます