第二話 『楽器職人』 その1

第二話    『楽器職人』




 オレの名前は、苅場アキマ。


 マルコフ共和国の港湾都市、セルジリア・シティーの警察で働く、殺人課の刑事だ。


 東洋系の移民らしく、ガキの頃から金髪の連中からはいじめられていた。人種差別は21世紀のマルコフ共和国でも根強くてね。


 東洋のあちこちで戦争が起きていた。さらに月が割れてから……不法移民のセルジリアへの流入が加速した。彼らが問題を多く起こしたせいで、人種間の対立は激しくなっている。


 不法移民は、この町で殺人が増えた一因ではあった。


 理解し合えない者が、同じ場所に住もうとすると争いが起きる。人には動物じみた縄張り意識があるんだ。それが、この町で暮らしていけば、よく学べてしまう……。


 人は、分け隔てることが好きだ。





「二重のフェンスで、移民の流入を防いでいるのね。電流を流し、有刺鉄線で」


「……そうだ」


 車を運転しながら、『異世界人』に答える。人生で初めての経験だ。誰に言っても理解はされないだろう……。


 世界は、とっくに変わってしまっていた。


 車内の警察無線からは、悲劇的な報告と応援要請が相次いでいる。


『暴動だ! 民家も商店もお構いなしに襲ってる‼』


『たのむ、さっさと112ストリートに応援を寄越してくれ!』


『民衆は狂気に染まっているのか⁉ 街中に火をつけているぞ!』


『ああ、嘘だろ……っ。どうして、つ、次から次に、人がビルから飛び降りてる! この行列は……と、飛び降りるためにビルへ向かっているのか……』


「……ちっ。どうなってるんだ」


「警察署が焼かれて、みんなが不安になったんだろう。パニックになったんだ」


「パニックになっただけで、これほど略奪や集団自殺が頻発するかよ。オレたちは……慣れてる。前に、月が落ちて来ると思い込んだことさえあるんだ!」


「こっちの世界は、それだけで済んだ。うらやましいわね」


「……お前らの世界は、違ったのか」


「もっと悲惨だよ。太陽系どころか銀河全体が、終わる。でも、オレたちの世界は、どうにか『神さま』が救ってくれるから問題はない」


「終末世界に現れた、怪しげな新興宗教か何かか?」


「機械仕掛けの、とても科学的な『神さま』だよ。他の世界を、奪って移住するんだ」


「つまり……お前たちは、この世界を……?」


「誤解しないで欲しいけれど、この世界を狙っているわけじゃない」


「もっと高度な科学を持った、完璧な世界が欲しいのよ。壊れかけの月と同居している世界なんて、わざわざ選ぶはずないでしょうに!」


「もっと、マシな世界があるってか。だが、それでも、お前たちは来た」


「そう。善意からね」


「……信じられるかよ」


「民間人なんかに、信じてもらう必要もないけれど」


「現場に着く前に、ちょっとだけ伝えておくよ。アキマさんは、オレが真実しか言わないの、知っているよね」


「……話せ」


「アキマさん、あなたなら、違う世界に侵略するとき、どんな集団を用意するかな?」


「軍隊だ」


「そうね。私は、軍人。少尉よ!」


「普通はそうなる。でも、異世界を侵略するって、なかなか心が痛むことだ。それに、より効率的な手段があった」


「……どんな方法だ?」


「悪人を、『侵略者』として送り込む。オレたちの世界にいた、『凶悪な殺人鬼たち』の精神的なデータを、異世界に送り込むんだ」


「殺人鬼に、侵略させるだと?」


「ああ。殺人鬼は、少数でも、市民生活を動揺させられるからね。『ミーム/情報伝搬』としても優れている。生き物なら、『自分を殺すかもしれない殺人鬼』について、みんな注目も心配もするし、『殺人そのものを娯楽として消費もする』よね」


「……マスコミの悪口を言ってるのか?」


「嫌いじゃないよ。オレもあることないこと書かれたけど」


「悪人は、『見せしめ』にしてやるべきなんだから、当然でしょ?」


「護衛ちゃんは、口が悪いぜ。見た目は愛らしいのによ」


「ありがとう。民間人ごときに褒められても、嬉しいものね」


「はあ。民間人ごとき、ね。お前たちの世界も、理想郷とは遠そうだ」


「軍国主義になっているからね。世界の終わりが近づくと、みんな不安になって武器を選ぶ。こっちと同じだよ。監視カメラを増やしたんだね。新しいカメラが、あちこちにある」


「……で。殺人鬼を送りつけて、どうするってんだ?」


「みんなの精神を不安定にさせるんだよ。そうすれば、ヘイルが……『神さま』が仕上げを行う」


 ヘイル。その名前を記憶しておくことにした。状況次第では、この世界の最大の敵かもしれない……。


「精神的に不安定となれば、オレたちの世界から送られている電波に、乗っ取られる」


「お前らが、死体を奪ったように?」


「殺しても、奪い取れるわ。人を構成するのに必要な『素材』があればいい。死体や、精神的に不安定なヤツは、奪い取りやすいの」


「完全に、侵略者だな……」


「ああ。最終的には、人々だけじゃなく、世界さえも改変が可能になるんだ。どんな『ありえないこと』だって、およそ可能になる」


「どうやってるんだ?」


「並行世界って通じるかな?」


「……SF映画なら」


「地球が使っている技術は、それと同じようなもの。たくさんある世界の中から、並行世界の一つを奪い取って、こちらの精神を移植したり、理想的な環境に変化させたりする」



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