第一話 『インベーダー』 その7
「今、頭を吹っ飛ばした。死んだはずだよな」
「そいつはね、自分を殺すと蘇生するのよ」
「……なんだ、それ」
「真実だよ。多くの説明を、端折っているけれど。彼女も、嘘はついてない」
「説明する義務もないわ、異なる世界の民間人になんて」
「オレは刑事だ」
「そう。でも、私の指揮系統には属していない。地球連邦軍の軍人は、連邦軍にだけ忠誠を誓っているの」
「ちきゅう? 連邦軍? 聞いたこともねえ。何かのアニメの影響か?」
「バカにするときは、相手の戦闘能力を考慮しないさいって、学生時代に教えられなかったかしらね? いじめちゃうわよ」
「公務執行妨害は良くないんだぜ」
「現実を目の当たりにしたら、理解はできるでしょ。強力な軍事力と、科学力を、地球側は有しているの。だから、遠征に出た。新天地を、奪い取るために」
「……宇宙から来た、インベーダーってことかい?」
「似たようなものね。宇宙は宇宙でも、『違う宇宙』から来たけれど」
「ブリジット、説明し過ぎじゃないか?」
「あんたに言われる筋合いないけど。でも、まあ。とにかく。このルートは塞いでおかなくちゃ……あのデカブツどもが無限に湧かれると、始末に困る」
「同意見だよ、ブリジット」
「神村、動ける? 死んでないなら、仕事なさい」
「やさしい『護衛』がいて、助かるよ。起き上がる手助けもなしか」
アキマの肩を借りながら、少年は立ち上がる。
「なあ……お前が殺せば、誰でも蘇るのか?」
「小声で聞かなくてもいいよ。ブリジットは、短慮だけど、やさしいから」
「やさしくないし」
「地獄耳だな……お前の相棒のコスプレ軍人ちゃん」
「ああいう『処刑人』を倒すためには、あれぐらいの気性は必要なんだ」
「で。お前がクロエの死体に……いや、あの黒い物体に、銃弾を撃ち込めば彼女を―――」
「―――そんな便利な力じゃないわよ。こいつが殺すことで、蘇生させられるのは、自分自身と私だけ。そういう技術なの」
「ということだよ。残念だったね。でも、あきらめる必要はない」
「……『犯人』を追えば、どうにかなる」
「その通り。たぶん、彼女が崩壊したとき、『犯人』は事件を起こした。そのせいで、この世界は殺されかけている」
「……決めた。お前らに、とことん付き合う。クロエを、取り戻すため」
「こ、恋人同士なの?」
「不倫関係だよ」
「ちげーから!」
「ふ、不潔な警官だわ……」
「……とにかく。まずは、ここを掌握しておこう。痛いけど、やるよ。ヘイル」
少年は右腕を伸ばした。その先端が……右手が、破裂していた。肉と骨と血が飛び散って、大量の血がドボドボと垂れていく。
「……免疫が、出来たのかね。お前が、おかしな現象を起こしても、動じない」
「それでいいよ。はあ、はあ……ッ」
「痛む、よな。それ……当然か。手が、吹き飛んでるんだからな」
「それぐらいの痛みは、当然の罰よ。こいつは、どれだけ苦しんでも、苦しみ足りないヤツなんだから」
「冷たすぎないかい、護衛ちゃん」
「いいんだよ。オレは、本当は……罰を受けて、死ぬはずだったんだから」
「……刑事の勘だが。お前は……そんなに悪いヤツじゃないと思うんだ」
「だとすれば、アンタの勘は腐ってるわね。教えてやろうか? 神村が、何をしたのかを――――」
アキマは慣れ始めていた。空間が歪んでしまうことにさえも。世界の光景が融け合い、揺らぎ、ぐらぐらと回転していく。認識が吹き飛ばされた。数秒のあいだの浮遊感が過ぎて、気づけば……巨人に壊されたはずの死体安置所が元に戻っている。
少女の死体も、ストレッチャーに載せられたまま……。
「……時間が戻る?」
「違うよ。現実改変の力を使った。上書きしたんだ」
「そんな説明を受けても、そいつに通じるはずがないでしょ」
少女の死体が起き上がる。ブリジット・グレースの姿に戻りながら。コスプレめいた武装ではなく、青と白が目立つ軍の地球連邦軍の制服姿になっていたが……。
「理解できねえし、アタマがくらくらするけど。お前の、手も戻っているんだな」
「ああ」
「じゃあ、捜査に出かけるとしましょう。『犯人』を追いかけて、回収しないと」
「『犯人』ね。願ったり叶ったりだが……何の犯罪だ?」
「アキマさんの職場に連絡をしたらいいよ。事件が起きていたら、勝手に情報が集まってくるよね」
「そりゃ、そうだ。警察だからな」
端末を起動させたアキマは、市警察に通話を入れるが―――つながらない。
「どういうこった? 年中無休の二十四時間体制なんだぜ?」
「もう事件が起きているってことだね。ブリジットの出番だ」
「命令しないで欲しいわ。ほら、警官、寄越しなさい」
アキマから端末を奪い取ると、少女は自分の端末を近づける。
「リンク完了」
「……セキュリティは?」
「もちろん、秒で突破した。地球の科学は、こちらの世界よりも進んでいるのよ」
機嫌が良さそうだ。ブリジット・グレースは序列を重視する。自分および軍の優秀性が認められれば、非常に喜んだ。幼稚な性質ではあるが、扱いやすい点を夕は評価している。
「さてと、市内の監視カメラを奪って……ふーん。あんたらの国も監視カメラだらけなのね」
「不法移民が雪崩れ込んでいる。戦争が長く続き過ぎてるんだよ。知らないのか?」
「違う世界から来たんだから、知ってるはずないでしょう。さて……ああ、これかしら」
「事件を見つけたんだね」
「ええ。ドローンの一つを支配下に置いたわ。ここに間違いない。だって、パトカーがアホみたいに集まってる」
「何処にだ?」
「現地人のあんたに説明してもらうわ。はい。これは、何処?」
「……市警察の、本部……って⁉ も、燃やされてるぞ⁉ それに……な、なんだ、これは……屋上に、これは……ッ」
夕がアキマの端末を覗き込んだ。そこに映されていたのは……。
「警官をつないで一塊にしている。これは、『楽器』のつもりだね。音響を得るための板が並んでる。これは、縛り上げた警官たちの神経に、電気刺激か何かを与える有線のコードを外科的に『接続』したんだよ。電流を流す度に、叫び声が音階を成すように」
「ふざ、けんな……ッ」
「邪悪なヤツね。でも、こんなことをやれるのは、一人だけ。私たちが捕まえないといけない、クソ犯人だってことよ」
「見つけよう。さっさと、捕まえないと……この世界が殺される」
「どうなるってんだ⁉」
「さっきのデカブツが、あちこちから湧いてくるのよ。無限にね」
アキマの想像力が、破滅を予想した。その表情に満足したように、ブリジットはうなずく。
「脅威レベルを把握してくれたようで、嬉しいわ。今後の協力関係がスムーズになりそう。全力で、私の任務遂行に手を貸しなさいな、民間人」
「巨人の群れは、手あたり次第、破壊と殺りくを行うことになるんだ。この世界にいる人たちが、恐怖や戸惑いを抱えるほど―――」
「―――この世界は現実から乖離していき、『犯人』による現実改変を受けやすくなるのよ。そういう科学技術に、この世界は呑まれている状態ってわけね」
「つまり。さっさと『犯人』を逮捕しないと、アキマ、君の世界は滅亡するんだ」
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