第一話 『インベーダー』 その6
『ぎぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼』
巨人の叫びと共に、巨大な拳がアキマを狙う。大砲のような速さであり、ライフルのように精確な軌道だ。避けられそうにないから、避けなかった。クロエのことだけ、考えておくことにする。あの世で、再会したいから―――。
アキマは死を受け入れていた。
それでも、彼は生き残る。
瓦礫の下。全身の骨をつぶされていた夕は、瀕死ではあったが生きていた。わずかな隙間のなかで、蛇が這うように身を動かしたあげく……少女の死体に、再び銃口を押し当てる。
言葉を選ぶのだ。『彼女』を操るために、適した言葉を。
「蘇生する途中に死ぬとか。君……それでも、『護衛』の自覚、あるのかい?」
引き金を絞り、彼女に弾丸を注いだ。
少女の死体がビクリを揺れて、現実は改変される。死者の肉体を組成する、あらゆる物質が組み替えられて、異なる形へと固着した。白い装甲をまとった『護衛』に。
「―――うるさいわよ、神村」
文句を言いながらも、『少女』は任務をこなす。護衛をしなければならない。軍人としての義務に従うのだ。与えられた兵装の力を使用する。『ほとんど時間を止めるほどに加速する能力』。
数万倍に伸ばされた一瞬のあいだに、『少女』は瓦礫を跳ねのけた。全身を骨折して、血まみれの夕に冷たい目線を浴びせる。大嫌いだ。腹が立つ。だが、自分が無能であることは、軍人としての誇りが許さない。
「助けてやるわよ」
血まみれの夕から、視線を外した。状況は、見当がついている。巨人がいて、狙われている部外者がいた。異世界人を助けろという命令はない。
アキマを守るためではなかったが、夕を狙う巨人を排除する必要がある。『少女』は好戦的に笑った。彼を狙っていた巨人の拳を目掛けて、飛び掛かり―――時間の流れは元に戻った。
空中へと跳ねた彼女は……腰の裏に下げている刀を抜いた。巨人の腕が断ち切られ、赤く燃える空高くへと飛ばされていく。
『ぎぎいいいいいいいいいいいいいいいい!?』
「ホント、あんたたちは、いつもいつも、不気味な声で、鳴いて喚く‼」
アキマは少女の声に気づき、視線を動かす。空に浮かんだ少女は、機械で作られた翼を開いた。天使にも似ているが、きっと、違う。美しく神々しいが、彼女の表情は獣のように好戦的なのだから。
兵器。機械の翼と装甲が、彼女の役割を刑事に正しく見抜かせていた。新たに現れた謎に、彼は視線を奪われるが……だが、彼女が動き始めれば、追いかけられはしない。
消える。
「速っ⁉」
「ああ。音速以上で、飛ぶんだからね」
「お前、生きて……」
地面に転がる夕は、全身が血まみれだ。
「死なないよ。こっちも、果たすべき使命があるんだ。『神さま』に、言われたからには。従うよ」
「……何のことだか」
「はああああああああああああああああ‼」
戦いは続いていた。空を自在に飛ぶ『護衛』は、片腕となった巨人の拳を避けつづけたあとで、顔面を強力に蹴りつける。仰向けに巨人を倒すと、そのまま追い打ちを仕掛けた。倒れ込む敵の身に取りつくと、その全身を長大な刀で刻み付けていく。
凄惨な破壊であったが。
手慣れた殺人者である夕にも、その動きは美しく見える。
「徹底的でひたむきで、非効率的だけど、そういうのも王道か。殺人者じゃなくて、戦士っていうカンジだよ。ブリジット・グレース……」
「彼女は、何者だ……?」
「死体を使って、こっちの世界に呼び寄せた、オレの『護衛』」
巨人は叫び、抵抗しようとしたが……ブリジット・グレース少尉は仕事熱心であった。数多の斬撃を叩き込み、巨人を『解体』することで仕留めてしまう。
「ははははは‼ ターゲット、沈黙。仕留めた!」
白い装甲を返り血で赤く染めた少女は、満足気に笑っていた。アキマには彼女の装備が、軍に配備が始まったばかりと噂されるパワードスーツとやらに似ているような気がした。しかし、それよりも機能は、はるかに高いようだ。
何にせよ、科学技術の賜物としか考えられないが、こんな科学技術は、この世界にあるはずもないことは確かだった。
「よくやった……う、ぐっ‼」
「ちょ、神村、守ってあげたんだから。死ぬんじゃないわよ、私の評価が下がる」
「あちこち骨折してる。内臓もやられているから、このままじゃ、死ぬ」
「ええ……」
「だから、ちょっと、自分で、殺すね」
「はあ。弱っちいヤツ。死ぬなら、さっさと死ね」
「は? お、おい、やめ―――」
アキマの目の前で、夕は自分の側頭部を撃ち抜いていた。即死だ。即死したが……現実は改変される。血だまりに倒れた少年の体が、揺らいだようにアキマには見えた。
「心配しないでいいわ。そいつ、殺すのは得意だし、生き返るし、クズだから」
「自殺したヤツをボロクソに言い過ぎじゃないか……」
「……自殺じゃないよ」
「お、お前……」
アキマの目の前で、少年は『元通り』になっていた。頭は無事で、腕と脚の骨折もなくなっている。血まみれであった姿は、どこにもない。何もかもが、元通りだ。
「そろそろ慣れるといい。今夜は、不思議なことばかり起こるだろ?」
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