第一話 『インベーダー』 その5
「左の頸動脈だ。ヤツは人を模しているから、弱点も似てしまうんだよ。そこを撃ち抜いて。外しそうなら、下寄りに。首の付け根から、心臓に達してくれるかもしれない」
「なるほどな!」
アキマは駆け込み、止まる。巨人の首を狙うための位置取りだ。両手持ちに拳銃を構えると、鼻先に緊張の汗を垂らしつつも撃った。
弾丸は、夕が期待した以上の精度で命中してくれる。マジメな刑事は射撃訓練も人並み以上にこなしたらしい。頸動脈へ届き、血が噴いた。巨人はその痛みを嫌う。手で押さえつけると、痛みにのたうち回った。止まらぬ血に抱いた怒りと混乱を、叫びで表現しつつ。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉』
「うぐっ。耳、鼓膜が……ッ。あいつ。何て、大声、出しやがる……ッ」
「こっちに来てくれ! 早く‼」
「そっちは、死体安置所⁉ おい。逃げた方が、いいんじゃないか⁉」
「『武器』がいるだろ。弾切れの拳銃だけじゃ、アレを殺せない」
「殺す……倒せるのか? あのバケモンを⁉」
「そうだ。確実に倒せる。アレよりも、『彼女』の方が強いから」
「お前の言っていることは、分からんことばかりだ‼」
「でも。真実しか言ってない」
……アキマは相棒の残骸を見つめた後で、少年の背中を追いかけた。
死体安置所に戻ると、夕は少女の死体の前に立つ。
あまりにも非現実的でショッキングなイベントと連続して起きたからだろうか。死体を見て落ち着いていることに、アキマは自分の精神を疑った。自分の感性が異常者になったかのように思える。
だが、仕方のないことだ。刑事は人の悪意の深みと遭遇することも多いが、あくまでも悪意とは現実的なものだ。およその場合、合理的だからこそ、分析も予測も推理も成り立つ。しかし、『非現実的な悪夢』と遭遇することには不慣れである。
「他殺体を見て、日常を感じられるとは、オレも一人前の刑事になったもんだぜ」
50メートルしか離れていない駐車場からは、あの巨人の叫びが、まだ響いていた。
「クソ。あのバケモン、元気そうだ」
「もうすぐ上半身と下半身がくっつくだろう。そしたら、オレたちを追いかけてくるよ」
「くっつく……? マジ、気が狂いそうだ。それで、この上、何をしようと?」
「疑問は尽きないだろうけど。止めないでくれると助かる」
「……やれよ。腹はくくった。クロエを助けられる方法が、あるなら。見せろ」
「うん」
夕は拳銃を抜き出した。オートマチックの拳銃……異常に手慣れた手つきだとアキマには感じられる。移民のガキには少年兵だった者もいるが、こいつは……それともまた異なる。制式な訓練ではない。妙な熟練がある。少年兵は、ここまでの訓練をされないはずだ。
警戒はするが、崩れ去るクロエの姿が脳裏に浮かぶ。彼女を助けるためなら、どんなことでも試したくなるのだ。どんな異常なことでも、選ぶ。賭けるほかない。
「……この子を殺した犯人は、全てを終わったあとで捕まえるといい。たぶん、オレの言ったとおりだから」
「……クロエと一緒に、捜査するさ」
「うん。それでいい。ごめんね……ちょっと、痛いよ」
少年の指が軽やかに動き。銃弾が連射される。三つの弾丸が、少女の遺体に撃ち込まれた。冷たく固まった死体が、弾丸の衝撃で揺さぶられ……死んでいるはずの瞳が開かれる。
「い、痛ましいことを……ッ。カルトの儀式か何かのつもりか……ッ」
「必要なことだ。オレたちを、『こっちの世界』に固着するためには……死体を利用するのが手っ取り早いから。そういうシステムなんだよ」
アキマは唇を閉じて疑問を飲み込む。撃たれた死体をあわれみながらも、待つのだ。クロエを救うための方法を―――死体は、アキマの視界のなかで、ビクンと動いた。
「生き返っ―――」
『がああああああああああああああああああああああ‼』
巨人が叫び、跳躍していた。死体安置所の平たい屋上へと飛び乗ると、そのまま拳を屋上へと連続で叩き込んだ。屋根が崩壊し、内部へ瓦礫の五月雨が降り注ぐ。
天井が破裂し、電気が消えた。
真っ暗になる。アキマは死を覚悟したが、闇は数秒後に終わった。赤く燃える壊れた月の光が、この場を照らしてくれる。巨人が屋根を引きはがし、投げ捨てたのだ。刑事と巨人は、再び相対する。
「……ちくしょう……っ」
涙目になる。やはり逃げていた方が良かったようだ。巨人は笑うが、怒っているようだった。当然かもしれない。アキマは二十発以上もの銃弾を撃ち込んでいる。
夕を探した。生意気なところもあるが、この状況では頼りになるからだが……夕は少女の死体と一緒に、瓦礫に押しつぶされていた。大量の血が、瓦礫の底からあふれている。
「……くそ……ッ。何もかも、終わりか……」
あきらめていた。心は、もう限界だった。夕が何をしようとしていたのかは分からないままだが、おそらく、彼が死んだのならばクロエを助ける方法も失われた。世界が、終わったような気持ちになる。
「クロエ……」
愛する者の名前を呼んだ。彼女が誰よりも愛している相手は、アキマではないけれど。アキマにとっては、彼女が世界で一番、大切だった。誰かのものになったとしても。粉々の黒い欠片になったとしても。
「もし……ら、来世とか、あるなら……次こそ、きっと……お前に……」
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