第一話 『インベーダー』 その4


 いずれにせよ。ありえないことだ。夜空や地面はこんな風に裂けたりしないものだが―――現実は、改変されていた。


「出て来るぞ」


「何が、だよ……ッ」


「オレとあなたの『敵』だ。でも。産まれたばかりなら、弱くて未熟なはず」


「産まれたばかり?」


「つまり、銃撃は、有効かもしれないから。どんどん撃ちまくるといい」


 謎を連続で浴びせられて、いい加減、心は限界まで追い詰められていた。アキマは泣きそうになる。大人の男で刑事であっても、混乱はした。とくに、今は……大切な相棒を、炭にされてしまったばかりだ。


 だが、現実は容赦なく襲い掛かってくる。空に生じた黒い大樹が揺れて、裂け目が伸びて、拡げられる。裂けてしまった空間の傷口からは、大量の『血』がぶちまけられた。


「空から、血が噴いてるぞ⁉ おい! オレは、狂っているのか⁉」


「違うよ。ちゃんと現実だから、安心して。でも、警戒は必要だ!」


 じゅるるるるううううう‼


「な、なんだ、あれ……ッ⁉」


 生理的嫌悪感をともなう音だ。ぬめりを帯びた音……空の傷が『出産』していく。赤くかがやく巨人が、空に頭部をうねらせながら現れた。


 身の丈は10メートル近くあるかもしれない。あるいは、もっと大きいのか。金色にかがやく目玉を持った、とにかく巨大な赤い巨人。


 そんなモノがいた。


 空の裂け目から、地上を目掛けて産み落とされる。それは、死体安置所のとなりにあった倉庫を一つ潰してしまうが、すぐさま立ち上がった。


 何とも不気味な姿であり、あまりにも巨大な肉体。目を背けることを許さない絶対の存在感がそこにあった。


 プログラムされた『示威行動』に従い、赤い巨人は己を見せびらかすように細長い両腕を広げていく。背後には血を垂らし続ける空間の裂け目を背負っていた。


「ポーズ、キメてやがんのか……ッ」


「正しい洞察だよ。恐れさせて、敵から戦意を削ぐためにデザインされている」


「なんだ、そりゃ……そんなの、まるで、『兵器』じゃねえか……」


 巨人は、二人を見下ろしたまま、嘲笑うように唇を横に裂いた。


「不気味すぎんだろ……」


「あいつらは心理操作を使うぞ」


「はあ⁉」


「気を強く持て。ヤツは、つまり、催眠術を使う」


「……催眠だと―――」


 笑顔が。


 記憶を叩きつける。


 巨人の赤黒い肉塊に過ぎない顔が、いつの間にかクロエのそれに変わっていた。


 巨人の顔だけが、密かな愛情を抱きつづけていたクロエだ。


 それでも。愛おしさではなく、おぞましさが深まる。巨人が化けたクロエの顔も、ふくらみながら歪んでいき、破裂した。


 開いた花のように裂けて吹き飛んだ顔面の皮。その内側から、巨人の笑顔が浮かび上がる。金色にかがやく目玉と、のっぺりとした赤黒い……。


『アキマ、アキマ、アキマ、アキマ、アキマ、アキマ』


 慣れ親しんだ彼女の声で、裂けた笑顔が刑事を呼んだ。


 ……他殺死体にも見慣れているはずの刑事でも、こんな『異常な現実』を目の当たりにしたことはない。邪悪で異常な、得体のしれないナニカに対して、アキマの勇気は粉砕された。


「うあああああああああああああああああああああああ⁉」


 長い叫びを放ちながら、恐怖に駆られたアキマは拳銃を乱射する。弾丸の群れが、巨人の大きすぎる肉体に命中していった。


「外す方が、無理だというサイズだけど。それでも、いい腕だ。でも、胴体に集めるよりも、アタマか、首を狙って欲しいけどね」


「さ、先に、言え……よ、避けろ‼」


「うん!」


『ぎゃぎゅぎぎぎぎぎぎいいいいいいいいいいいいいいい‼』


 赤い夜空を揺さぶるほどの雄叫びを上げて、巨人が跳躍する。二人を狙ったのだ。アキマは夕を引きずるようにして、必死に左へと跳んだ。


 二人して地面へと身を投げるようにして倒れ込む。直後、巨人のダイブが地面を揺らした。ぬめりけがあるのか、十メートル以上も巨人の体はすべり、何台もの車を巻き込んでしまう。刑事の腕に頭を庇われながら、少年は巨人を見ている。好ましい発見があった。


「やったぞ。産まれたばかりで、あんなに動くから……」


 胴体が真っ二つになっている。巨人の上半身と、下半身が分かれたのだ。少年はその様子をにらみつけたまま観察し、分析する。今のところ、この巨人は脆い。想定以上の脆さだ。世界を破壊して、侵略するための兵器のくせに……少年の頭脳が、クロエを思い出す。


「そうか。彼女の崩壊があったから」


 だから、この駐車場には『崩れやすい因果』が刻まれていたのかもしれない。あるいはアキマの記憶が、『クロエは壊れた』という認識をし、それを巨人が共有したせいで、自ら脆くなったのか……。


 たかが対人用の拳銃でさえ巨体を貫通して、腰骨にまで当たり、亀裂を入れられるほどに、弱体化してしまっている。偶然だが、クロエのおかげ……分析をつづけようとしていたが、声が集中の邪魔をした。


「大丈夫か⁉」


「ああ。でも、オレを、サポートする必要はない」


「うるせえ‼ ガキを守るのも、刑事の仕事だ‼」


「……やっぱり、いい人だ」


「と、とにかく。バケモンだろうが、撃ち殺してやる‼ 半分になっちまったからな‼」


 立ち上がったアキマは勇敢だ。予備の弾倉を装填する。上半身だけで這いながら近づいて来る巨人に対し、拳銃を向けた。顔は引きつっているが、おびえてはいない。


 ―――『操縦する』ことが簡単な心理状態というのものがあるんだよ。覚えておきなさい、夕。


 嫌な記憶が語り掛ける。悪魔は、教師のように知識を与えることに長けていた。夕は、アキマを『使う』ことにする。



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