第一話 『インベーダー』 その3


「どう、して……あんなに光っていやがるんだ?」


「刑事さん。集中し過ぎてるよ。感覚は、シャープに使うよりも、幅広く、状況の全てを俯瞰するように使うといい」


「うるせえ。お前から、目を離せるかよ」


「あそこに、いるだろ。あなたの相棒さんが」


 少年に指摘されて、アキマは視界の端にクロエを見つける。自分たちの車のすぐとなりに、クロエがいた。張り込みに使うときの毛布。それを取りに来ていたと、刑事は理解する。


 だが。赤く燃える月を見上げて、身を固まらせたようにクロエは動かない……。


「クロエ!」


「……あ、アキマ……た、助け……て……か、から……う、うご…………か……」


「ど、どうした―――」


 クロエの体が、炭のように真っ黒になっていく。アキマは、己の目と正気を失ったが、彼の知覚と認識は間違いではなかった。刑事クロエは、相棒の目の前で、その全身を黒い炭へと変質させていく。


 3秒だった。


 それが、彼女の体と服さえも、すべてを炭化させてしまうために要した時間である。


 アキマは彼女の名前を叫んだ。近寄り、震える手を伸ばし……。


「やめろ。さわらない方がいい」


「うるさい‼」


 忠告を無視して抱きしめた瞬間に、クロエの炭化した体はボロボロと崩れ落ちる。


「あ、あああ⁉」


「だから、さわらない方がいいって、言ったじゃないか」


「く、クロエ……クロエ。嘘だ……嘘だろ⁉」


 彼は、その場にしゃがみ込み、崩れてしまった相棒の体を、かき集めるように腕を動かした。きっと、意味がないことだと悟りながらも……。


 抱きかかえた黒い物体たちは、炭のように黒かったが、実際のところ炭よりもはるかに脆い。腕と指のあいだから、ボロボロとさらに小さな破片になりながら、こぼれ落ちていく。風にも吹き飛ばされるほどに、軽くもあった。


「こんな黒い欠片が、粉が、十数秒前まで、クロエだった……?」


 事実を目の当たりにしてなお、アキマは信じられなくなる。


「あ、ありえないっ。こ、こんなことは、ありえない……っ!」


「そうだね。ありえないことだよ、普通なら。でも、現実を改変すると、こうなる」


「……さっきから、わけの分からないことばかり、言ってるんじゃない‼」


 立ち上がり、少年に詰め寄る。銃口を突きつけてやるのだ。


「お前は、この状況を理解しているんだな⁉」


「そうだ」


「クロエがこうなったのは、お前のせいか⁉」


「それは違う。落ち着いてくれ。オレを撃ち殺したところで、何も変わらない」


 面前に迫る拳銃に対しても、夕は冷静沈着だ。説得しようとする態度には、腹が立つ。子供のくせに、大人を何だと思っているのか……だが、冷静でいられる理由には、一つだけ明白なことがある。


 信じていた。


 撃たれることはないと。


 アキマには撃てない。敵意のない子供を撃てるほど、彼は悪人ではない。刑事なのだから。泣きそうなほどに歪んだ顔で、拳銃を構えた腕を下ろした。


「大切な人だったんだね」


「彼女は刑事で、相棒だ……ッ」


「そうかな。それ以上の感情があったように見えるけど」


 歯ぎしりが聞こえた。少年は自分の発想の正しさを理解する。


「愛していたんだろ。人はいつ死んじゃうか分からないから、日頃から想いは伝えておくべきだよ」


「あいつは‼ オレ以外の男と結婚したんだ‼」


「だから、何?」


「はあ⁉」


「不倫でも何でもいいじゃないか。そんな恋愛の形だって、オトナにはあるんだろ?」


「黙れ……ッ」


「……ああ。悪かった。あなたは、マジメなんだね、アキマさん。とにかく、さ。彼女を、助けたいんだろ?」


「あたり、まえだ……ッ。諭すように、言うんじゃねえ!」


「まだ、助けられるかもしれない。オレに協力して、いっしょに事件を追いかけてくれたら」


「……こんな、状態でも……か⁉ 炭になって、こ、粉々なんだぞ……⁉」


「不思議な力があるんだよ。証明するから、さっきの少女のところまで戻ろう」


「死体に、何が出来る」


「力を得られる。それに、処理しておくべきだ」


「処理……?」


「オレが、あそこに転移したのなら、『この世界に入って来やすい場所』ということだ。だから、ちゃんと掌握しておかないと―――⁉」


 地面が揺れて、夕は舌打ちしながら背後をにらんだ。アキマも同じ。震源を探したかったわけではない。夕の動きに触発されて、視線が動いただけに過ぎない。


 だが。見るべきモノを、見ることになった。


 現実改変が成された世界で起きる『異常』と、彼らは再び遭遇する。


 ビキビキビキという破壊の音が響いて、赤い光に満ちた空が裂けた。黒い裂け目が、空高くにも、左にも右にも伸びるように走っていく。


 その巨大な影は、アキマが子供のころに見上げて、おびえたことがある発電用の大型風車よりも、はるかに大きい。見上げているだけで、足元が揺れそうになるほどの大きさだ。


 黒い。


 影や闇で編まれたように、黒く。そして、その成長して広がっていく形状は大樹にも似ている。空を裂きながら、地面にもそれは到達している。だから、揺れているのかもしれない。


「空間の裂け目だ。世界をかち割っている」


「裂けるものかよ、空間なんて……そんな、簡単に……」


 ……いや。月が割れることが分かったときにも、そんな『噂』が流れていた。重力の異常のせいで、空間が歪むだとか、壊れるだとか。まるで魔法のような現象だって、『世界の終わり』には起きることがあるらしい。


「これも、月のせいなのか?」


「違う。もっと良くないもののせいだよ」



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