第一話 『インベーダー』 その2


「犯人は、男だと考えていたが」


「この子は若くて美人だからね。裸にして、性器を負傷させているだけで、多忙で間抜けな刑事には、殺人とレイプが好きなクズが犯人だと思われる」


「間抜け……証拠は?」


「においで分かる。精子とか付着してなかったでしょ。付着しないのは、当然だよ。女が女を殺して、その死体に……何か、ヘンタイ的な道具を使って、性器を損傷させただけだろうから。これは、性欲由来の傷のつけ方じゃない。義務的にガチャガチャとえぐっただけ」


 アキマは死体を見た。少年の言葉に、想像力が導かれていく。たしかに、指摘された今となっては彼女の全身の傷が『雑』にも見えた。


「脅すための傷でもない。脅すためには、見せびらかす必要がある。指と爪がキレイすぎるから拷問じゃないし、彼女は抵抗もしていない。犯人が楽しむための傷なら、もっと、こだわりが現れる。それもない。傷を、あちこちに適当につけているだけ。ただの計算であり、偽装だ。ここにサディスティックな感情はない」


「プロの仕事……?」


「いいや。急所を思い切り外してるから、あなたも考えている通りに、違う」


「オレの考えを誘導しようとするな」


「見て。この子、若いのに美容整形のあとがあちこちにある。新しい手術痕も。でも、腕のいい医者だ。つまり、それを雇えるぐらい、彼女はお金持ちの子で……この傷のつけられ方……となれば。女の親戚が怪しい。親しいから、最高のタイミングで好きに仕掛けられた」


「ふむ……たしかに、整形手術の痕もあるか」


「薬を盛って、生きているけど意識がないあいだに傷をつけてから、殺した。男に襲われたように装ったんだよ。あとは、公園かな。土と広葉樹がある場所に捨てた。においがする。『さっさと見つけて欲しいから、見つかりやすいところに置いた』。作品でもないのに目立たせる。金目当てさ。行方不明じゃ困るんだろう。遺産でも狙っているのかもしれない」


 死体が発見された場所は、少年の推理の通りだ。夜の公園でカップルが草むらから見つけて通報した。だが。『においで分かる』。そんなことが、可能なのだろうか? 警察犬でもあるまいし。


 だが、実際のところ……当てている。死体の状態だけで、ここまで読解したというのなら……。


「……いやいや。一瞬、流されそうになっちまったが、証拠もナシに、そんな決めつけを」


「分かるんだ」


「は?」


「オレは、そういうコトしている悪人を、見たことがあるから」


「ガキのくせに、刑事に言うコトか? こっちの方が、専門家だぞ」


「専門家? 仕事でしか、殺しと関わったことがないくせに。殺人犯の気持ちが、本当に分かるの?」


 刑事の勘というものか。悪人たちを相手にしたことで磨かれた感覚が、アキマに拳銃を抜かせる。


「お前、何者だ。つまらん冗談を、口にするなよ。オレは、本気だ。お前は……おかしい」


「大丈夫だよ。落ち着いてくれ。あなたに危害を加える気はない」


「答えてないぞ」


「……名前は、夕。神村というのが、一応は苗字か」


「かむら、ゆう……か。クロエ! 神村夕という名で、検索しろ! おい!」


 返事は戻ってこない。死体安置所で毛布を見つけることは困難なのだろうか。あるいは、温かいコーヒーを見つけるというオーダーに手間取ったのか……。


「クロエ‼ 手ぶらでいいから、戻って来い‼」


「……彼女は、戻らないかもしれない」


「な⁉ 何か、したのか⁉ お前、仲間がいるのか⁉」


「いないよ。オレは、単独行動をしている。仲間がいれば、あんな場所に閉じ込められていたら、開けてもらっているよ。オレは、あなたたちの敵じゃない」


「うるせえ。お前は、控えめに見積もっても、怪しすぎるだろ」


「まあ、確かに」


「おい、クロエ、返事しろ‼」


 戻らない。これだけ叫べば、聞こえているはずなのに……。


 死体収納用の冷蔵庫から漏れる冷えた死臭を背中に浴びながら、アキマは額に汗を浮かべる。何か起きたのは事実であり、すべてを理解しているかのような涼しい顔の少年が目の前にいた。


「……気になるなら、確かめに行こうよ」


「はあ⁉」


「オレが先を歩くから。あなたは背中に銃口を向けておきなよ。そうすれば、『怖く』ないでしょ? 怪しいと思うなら、撃てばいい。殺したくないなら、脚でも腕でも」


「……歩け。妙な真似をすれば、ためらわずに―――」


「撃ってもいいよ。でも。オレは、あなたの敵じゃない。さあ、行こう」


 夕と名乗った少年は、アキマに背を向けた。ためらう素振りは一切なく、スタスタと軽やかに歩き始める。


 部屋から出て、細長く暗い廊下へと進んだ。アキマもすぐに追いかける。慣れたはずの廊下が、いつもより暗い気がした。間違いではない。


「電力供給に、異常があるのか……?」


「電子とか、そういうとても小さな粒が、影響を受けているんだよ」


「意味が分からねえ。大学でも、その手の授業は苦手だった」


「分かりにくいことだからね。オレも、学校には通わせてもらっていないから、詳しいことは説明してやれない」


「違法移民か」


「刑事のくせに、大した推理力だよ」


「撃つぞ、クソガキめ」


「とにかく。『犯人』を捕まえればいい。それで、元に戻せる。何もかもがね」


 理解は追いつかない。だが、少年の後を追いかけるほかない。少年は、迷っていなかった。


「ここを知っているのか?」


「いいや。初めて来たよ。でも、鼻を利かせれば、外の空気は分かる」


「またにおいか。動物かよ」


「訓練すると、それぐらいはやれるよ。人だって、動物なんだから」


 迷うことのない最短で、少年は死体安置所から出た。駐車場がある。アキマには見慣れた場所のはずだが……駐車場は赤い光に照らされていた。


「なんだ、この光は?」


「月の光だよ」


「……はあ……ッ⁉」


 見上げれば、異常と出遭う。赤くかがやく月があった。壊れかけた月が、今夜はやけに赤い。まるで燃えているかのように赤く、強いかがやきを放って地上を照らしていた。



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