第三話 『霊魂監獄のアリス』 その7
それらの機械の総称を、『セフィロト』と呼んだ。
異世界侵略を成し遂げるために用意された、十個のセクションに分かれた異端的なまでに先端な科学技術の群れ。
その一角を成すのが、地球連邦軍の『侵略兵器開発局』だった。
「グレース少尉が、『クインシー』を呼んでいます!」
「新型を試してくれるわけか。親父さん譲りと言うべきか」
「試験運用にもなりますから、ありがたいですよ!」
技術者たちも職業的な喜びを得ている。不謹慎であったとしても、自分たちの心血を注いだ兵器が実際の戦闘をこなす瞬間を見たくてしかたがない。
「そういうのが好きで、エンジニアになったわけだから……転送を、開始します!」
「楽しくなるぜ。しっかりと成果をあげてくれよ、お嬢。優れた軍事兵器はいくつあっても困らん。異世界への介入は、ノーリスクじゃねえ。『あちら側』が強いかもしれん」
このチームを率いる男には、孫も生まれたばかりだ。
地球が滅びれば、あの小さくてフワフワした体は消し飛ぶ。理想的な世界を侵略し、精神だけの移植が行われたとしても、あの子の肉体は滅びる。
「……それでも、『魂』だけでも、生かしてやりてえ。敵から、奪い取るんだ。どんなに強かろうが、抗われようが……絶対に負けない『兵器』を、オレたちは作りつづける」
世界の終わりに。
多くの人々が、それぞれの祈りを胸に抱えていた。
「技術屋にできる、世界を救うための最良の方法は、こいつなんだ! 『クインシー』、初陣を勝利で飾ってみせろ‼」
科学技術と祈りを注がれて、白銀色の機械が首をもたげた。この兵器のモチーフは『翼竜』である。
地球連邦軍は『敵を威圧する』ことを望んだ。『犯人』たちを使った情報戦および心理戦にも、『見た目』は大きな意味を持つ。古代の恐竜たちの一匹を模した『クインシー』は、狂暴さと機動力を連想させる洗練された鋭角的な翼があった。
「こいつが空に現れただけで、陸生動物は恐怖心を抱く。連邦軍の兵士が、この飛行ユニット『クインシー』と一つになったとき、対人兵器でもあり戦略兵器になるわけだ。お嬢に相応しいドレスだ」
古くからのつながりがあった。ブリジットの父親が、連邦軍のテストパイロットをしていた頃から。父親のそばにいつもいた。軍人に憧れ、パイロットになりたがっていた少女。
願いを実力と、執念で叶えてみせた。
「プレゼントだ……マーカスの娘に!」
銀色の翼竜が、光に包まれる。機械が……『セフィロト』が送り出すのだ。もう一つの世界に。
「無機物ならば、『犯人』たちの現実改変が開けるルートを使い送り込める……人体も、送り込めたら良かったのに」
「電子化された『魂』を送り込めるだけでも、奇跡めいている。生身では、耐えられん。せめて、『魂』だけでも救うのが、『救世主計画』だ」
「しゃべってねえで、仕事しやがれ! お嬢のサポートしながら、データも回収! 『クインシー』を量産して、異世界に送り込めるようにするのも、オレたちの仕事だ!」
世界を侵略して奪い取るために。
それが地球人を救うための唯一の方法なのだと決めた。民主的な投票の結果として。
余剰次元を貫きながら、機械仕掛けの翼竜は飛んだ。
その旅にかかった距離と時間を、人の感覚で表現することは不可能だったが、『クインシー』本人には虹色に融け合う無数の世界は、好ましく映っていた。どこよりも『広大』な場所を、この空飛ぶ機械は気に入っている。
AIとして組み込まれたのは、とあるテストパイロットの『人格』だ。『記憶』は不要であるから除去されている。それでも、空を愛していた。
戦いも好きであるが、空を飛ぶことそのものが心を満たす。
機械仕掛けの翼竜は、時間的な意味でも、空間的な意味でも、宇宙よりも広い場所を飛びながら、その広さを味わった。
孤独なフライトの果てに……。
彼はブリジットのもとへとたどり着く。
「来たわね、『クインシー』!」
「車が、に、虹色に融けて……っ⁉」
破壊と再生を伴う『着陸』であった。アキマたちの世界に侵入した『クインシー』は、異なる世界の物理法則に全身が分解されそうになるが、アキマの車を分解し、分析し、それらの分子構造で自らを補填することで、こちら側の世界に適応した。
つまり、アキマの車は素粒子レベルで分解されて、『クインシー』の一部として捕食されてしまったのだ。
「おかしなことばかり、起きる夜だっ‼」
「アキマさんなら、そろそろ慣れる」
「見なさいな、民間人! これこそが、『クインシー』‼ 地球連邦軍の誇る、最新兵器の一つ‼ 兵士に空を支配させ、地上を焼き払う力を与えてくれる最高の兵器よ‼」
ブリジットの服装も変わる。青と白を基調とした地球連邦軍の制服から、白い装甲と機械仕掛けの翼を持つ姿に。
機械仕掛けの戦乙女の背後へと、白銀色の翼竜が回り込むようにして浮かぶ。彼もまた変形していった。ブリジットを背後から包み込むようにして、二つの兵器の動力を鋼の密着が接続する。
「……着たのか、それ……」
広がりつづける海に立ちつくしながら、白いかがやきたちが一つになる様子をアキマは見ていた。
「ええ。素早く身につけられる、『着る兵器』ってこと。いいドレスだわ。これで、あのデカブツどもと、アリス・レゾネイを仕留めてやる!」
青い瞳が夜空をにらみつけ、次の瞬間、空へと飛翔した。
「頼りに、なりそうだが……敵も、死ぬほどデケーぞ……ッ」
「勝つよ。ブリジットは強いから。でも、援護は必要だ。オレたちも、彼女の仲間だから」
「そ、そうだな。で。具体的には、どうすればいい?」
「『犯人』に近づいておく。アリスを分析しつづけて、アドバイスを送るんだ」
「おう。やれることは、何でもや……⁉」
痛みよりも違和感の方が強かった。
右手を見る。
見ようとしたが……そこには、黒く変質したモノがあるだけだ。
「これは……っ」
「アキマさん……あなたの体にも、影響が」
「……へ、ヘヘヘ。まあ、想定内だ。『犯人』を捕まえれば、戻るんだろ?」
「そのはずだ」
「なら、心配はしない。とっとと、行こうぜ。オレたちは、チームだ」
現実改変探偵 よしふみ @yosinofumi
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