第三話 『霊魂監獄のアリス』 その2
「データ、届いたわよ」
「異世界にある地球からか。あっさりと、情報のやり取りが可能なんだな」
「私たちのサポートには、最上位のAIと一個師団分のインテリがついているの」
「現場は二人だが……」
「だからこそ、アキマさんたちの手を借りるんだよ。さあ、捜査を始めよう」
市警察のミーティングルームの一つ、そこを三人は占有していた。
「ポッド、映して」
『ピッ!』
照明が落ちてプロジェクターが動き始める。
「こっちの世界の機械は、秒でハッキングされ放題かよ。山ほどのインテリが生み出す戦力と、科学力の差か……」
そのおかげで、魔法のように現実が変えられてしまう。事件の全ては地球のせいだと考えると、歯がゆさがあった。地球人たちが、これほどの化学技術を持っていなければ、こちらの世界は平和なままだったのに……。
だが。目の前にいる二人に当たり散らすことはしない。プロフェッショナルとして、最善を尽くすべきだ。
「情報を教えてくれ。『犯人』のな」
「『犯人』の名前は、アリス・レゾネイね。年齢は……19才」
「女で、ガキかよ⁉ さっき、お前を刺したのは、男だったが……」
「女性の中にいる、男性の『人格』だったということだよ。アリス・レゾネイについては、オレも知ってる。犯罪心理学者に、意見を求められたから。彼女の死刑執行後だけどね」
「え……そいつ、もう、死んでるのかよ」
「『人格』だけを再現している。幽霊みたいなもだよ。科学的だけどね」
「……まさか、お前らも?」
「オレとブリジットは違うよ。怖がらなくていい」
「怖くはねえが……まあ、いいや。とにかく! 『犯人』逮捕に全力を尽くす」
「うん。アリス・レゾネイは、敬虔なカトリック教徒の両親のあいだに生を受ける。成績は優秀で、友人はいない。時間があれば聖書を読むか、聖書以外の本を読む。勉強も好きだ。両親の期待に応えたかった」
「いい子ちゃんってか。それが、死刑になるような犯罪を起こしたと?」
「いい子でも殺意ぐらいは持っているからね」
平然と語る夕に、アキマは閉口してしまう。夕に言われると、説得力を感じてしまうからだ。肯定も否定もしたくないときは、黙ることも主張の方法であった。
「アリス・レゾネイの唯一の趣味は、音楽。母親から教わったピアノを教会で弾くことだったんだ。彼女の演奏は、とても見事でね。プロ並みだよ。録音じゃなくて、生で聴きたかった」
「友だちゼロの陰キャが、持て余す青春を、演奏技術や勉強に注ぎ込んだ結果よ」
「なんか犯罪者には辛口だぜ、護衛ちゃん」
「事実でしょうに」
「アリス・レゾネイの『最初の殺人』は、自分の父親だった」
「……厳しいしつけが、嫌になった?」
「ううん。正当防衛だね。その事件が起きる2年前、母親が交通事故で亡くなっていた。アリスと父親は深く悲しむ。しばらくすると、父親の信仰心が壊れた」
「信心深いのに、妻を事故で奪われた。神さまを疑いたくもなる」
「そう。酒におぼれて、職場でもトラブルを起こしてクビになったんだ。妻を失ったことで、全てが狂う。つつましくて清らかだった彼の人生が破綻していき、彼は悪人となる。14才だったアリスのことを―――」
「―――虐待したってか」
両腕を組み直しながら、ためいき混じりに刑事は事実を言い当てた。夕はうなずく。こちらの世界の人間についての知見を得た、と考えながら。
「追い詰められた人は、身近な弱者をいじめるからね」
「誰しもが、そうではないが……だが……虐待に手を染める連中には、お決まりの流れだよな」
「アリスの父親もそうだ。殴って、蹴った。最初はそういう暴力だったけど……」
「ああ。まあ、そういうクズ親父は、けっきょくのところ娘を……」
「うん。レイプするようになった」
「ほんと、クズよね」
「犯罪は遺伝しないけど、家庭環境は血のつながりそのものだ。アリス・レゾネイは、最初のうちは耐えていたけど、壊れる大きなきっかけが訪れる。繰り返された近親相姦の果てに、当然ながら妊娠した」
「……どこの世界にも、クズな親父がいる」
「父親は周囲にそのことを知られたくなくて、彼女を無理やり堕胎させた。信心深い彼女は、産むつもりだったんだよ。彼女の信仰では、堕胎は禁忌だったから」
「クソ親父も同じ宗教だろうに!」
「彼の信仰は、ずっと前に壊れていた。でも、体裁は保ちたかったんだよ。自分の子であり孫を、生まれる前に死なせた。アリス・レゾネイは、そのころから怒りを明確にしていく」
「当然よ」
「父親は娘を堕胎させたあとも関係を迫り、彼女が拒むと骨が折れるほど殴った。彼女は病院の記録によると、少なくても15回は骨折させられている。毎回、治療を受けさせた病院が違っているから、怪しまれても、虐待の発覚はなかった」
「ろくでなしだ。刑事として言うべきではないが……殺したくなる気持ちも、分かる」
「逮捕されたとき、彼女は皮膚もあちこち古傷だらけだった。内臓も傷つけられている。かわいそうに」
「ガキを虐待する親ってのは、どうしていなくならねえのか……」
「彼女は、自分の『弱さ』にも絶望していた。アリスは、虐待される日々のなかで、『強い男になりたい』と願い始めたんだ。もしも、自分が男だったら、父親が自分を犯すこともなくて、父親を悪人にすることもなかったと」
「男だったら、犯されることもなかっただと? 彼女が、女に生まれたことが悪いわけじゃない。悪いのは、クソ親父だ」
「うん。彼女は、被害者だった。加害者になるその日までは」
プロジェクターは微笑む14才の美少女を映している。
アキマは同情しそうになったが―――プロジェクターが次の映像を浮かべると、その同情心も揺らいでいた。
皮を剥がれた死体がある。椅子に座らされ、手足は針金でぐるぐる巻きに縛られて、胸郭は……肋骨は左右に大きく開かれて、その内側に、いくつもの鋼線が縦横無尽に走っていた。
「彼女の最初の『楽器』だ。父親を生きたまま解体していき、弦楽器にしたんだよ」
「……は、ハードな……復讐だぜ」
「彼女自身が記録するために撮影をして、日記にはさんでいた。彼女は、父親を演奏したらしい」
「マジかよ……」
「酷い音色だったと彼女は語ったんだ。満足しなかった。これが、彼女の連続殺人のモチベーションの一つになってしまう。『楽器』を完成させたいと願った。同時に、『男』になりたいとも……さらには、『女』に対しての怒りと失望もあった」
新たな映像が浮かんだ。いや、映像たちだ。『楽器』にされた25人の少女たち……。
アキマは、被害者たちのむごたらしい姿の数々を見せられて、怒りと絶望がない交ぜになる。アリスへの同情もあるが、彼女の犯した罪は、あまりにも多く、深い。
「『生前のアリス』の被害者は、父親を除けば全員が女性で、十代の少女がほとんどだよ」
「自分と同じ……」
「殺人を重ねるほど、彼女は『男』の人格も得ていく。声も表情も変えて、彼女にとって『理想的な暴力男』を生み出した。上手に殺人して、『楽器』を作れる人格だ」
「さっきのアレが、『理想』ね」
「実にクズだったろう。オレが殺意を覚えるほどに。アリスにとっては、理想的な人格なんだ」
「殺人鬼の考えるコトって、ほんと分からないわ」
「アリスは徹底している。理想は信仰にも等しい。ルールに従い、徹頭徹尾やり遂げる。あの人格を作るために、演劇の本を読み漁ってもいた。己自身の心理操作も、身体操作の細微な部分までも。独学ながら演劇術を駆使して、あそこまで変えた。彼女は、組み上げたんだ。自分の人生に対し、復讐を果たすための人格をね」
「……自分の人生に対しての、復讐?」
「アリス・レゾネイが殺したいのは、いつだって彼女自身だった。『女』で『弱く』、『父親に凌辱されて』、『父親を結果的に誘惑してしまって』、『身ごもった子供を産んであげられなかった』、罪深い自分自身。その復讐の形が、彼女の場合は、『自分の化身である少女たち』への連続殺人と『楽器』の生産だ」
「自殺すれば良かったのにね、周りに迷惑をかけるぐらいなら」
「それは彼女の信仰が許さない。彼女は、生きるしかなかった。殺されるまでね。結果、彼女は逮捕されるまで罪を重ねて、死刑に処された。『自分を助けてくれなかった社会』にも、彼女は復讐を果たしながら」
「……父親に虐待された自分への絶望から、『女』が嫌で、『男』になりたくて、『自分と同じような年齢の少女』を殺した……」
「そうだ」
「……だが。どうして、アリス・レゾネイは、『楽器』なんて作りたがるんだ……ッ」
「決まってるだろ」
「……オレには、分からんぜ、夕」
「自分が殺した少女たちの死に、意味と価値を与えるためだ」
怖かった。断言する夕のことが……。
少年の熱弁は止まらない。
「アリスの中では、音楽とは最高の救い。教会を連想させる神聖なものだ。母親と善良だった父親がいた大切な時間の化身でもある。絶望して狂っていても、邪悪な殺人鬼に成り果てていても、彼女は、殺した少女たちに敬意を捧げようとしていた。技術と労力を込めて、『楽器』にしたんだよ」
「……どう、評価すべき、なのかっ」
「評価なんてしなくていい。知っていてあげれば、いいだけのことだよ、アキマさん。こんな『ありふれた普通の少女』が、オレたちの追いかけるべき『犯人』だ」
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