第二話 『楽器職人』 その4


「ついでに、発見! 貯水タンク‼ ポッド、大穴、開けてやりなさい‼」


 ポッドたちが貯水タンクの底面からもエネルギーを奪う。原子レベルからの崩壊と消失が起きる。


 タンクに無数の球状の大穴が開いた。金属で作られていたはずのそれらは、クロエと同じく炭化して砕け散った。アキマが見れば、地球の技術がクロエを殺したことを再認識して怒ったかもしれない。


 だが。ポッドたちの行為は、アキマたちを救う。屋上の貯水タンクからあふれ出した大量の水が、警察署の鎮火に役立った。


「ブリジット、さすがだ」


「当たり前よ! 私は、ブリジット・グレース少尉さまなんだから‼」


「手順もいいね。警察署の鎮火を、生配信で見せつけた。『犯人』の悪事が砕かれる様子を人々に見せつけた。これで、この世界の人々は希望を持てる。素晴らしい計算だ」


「と、当然よ」


「じゃあ。ドローンを全て、掌握しておこう。あの『楽器』を生配信させるんじゃなくて、ネットには、鎮火のシーンを繰り返し流せばいい」


「……基本的な情報戦術よね!」


「ああ。地球連邦軍らしい、英雄的な戦術だ」


 人心掌握に長けている。そうなるように、悪魔に教育されたから。ブリジット・グレース少尉は、実に心地良い気分のまま、夕の命令通りに動き……屋上へと降り立つ。


 ちょうど、水浸しになったアキマも到着していた。


「はあ、はあ、はあっ。お前ら、ずる……飛んできたのかよ⁉ オレも連れてけ‼」


「アキマさんは声をかける間もなかったから」


「犬みたいにまっしぐらだったものね。でも、評価してあげる。仲間想いってトコロは、気に入ったわよ、民間人」


「……とにかく。こいつを―――」


「ぎゃああああああああああああああああああああううううううッ⁉」


 無数の警察官をつなぎ合わせて作られた『楽器』が、悲鳴で曲を奏で始めた。夕とブリジットには未知の曲だが、アキマは知っている。


「讃美歌なんて、悲鳴で演奏させるんじゃねえ!」


「なるほど。悪趣味だ。ブリジット、彼らをつないでいるコードを斬って」


「……それで、助けられるのね―――アキマ、そんな目で見なくても、助けてあげるわ」


 刀を呼んだ。そして、斬撃を放つ。ブリジット・グレースは、地球連邦軍の少尉らしく、最適解な動きで刀を振るった。人体に接続されていたコードが断たれる。ポッドたちも電流を放っていた装置を発見し、機能停止へと追い込んだ。


 完璧な仕事である。


「あとは、民間人たちを解放するだけ。その機械から、取り外すの!」


「お、おう! 任せろ! みんな、すぐに助けてやるぞ!」


「……アキマさん、顔を確認してからだ!」


「はあ⁉ てめえ、何を悠長なことを⁉」


「『犯人』が、ここを『特等席』だと認識しているかも―――」


「あ、ぐう……ッ⁉」


 ブリジットがうめいていた。うめきながら、事態を把握する。夕は、やはり、悪人だ。悪人だから、悪人のことが、誰よりもよく理解できた。


「遅いっつーの……ッ。あと……私の、バカ……ッ」


 ナイフだ。


 腹を刺された。不甲斐ない。激痛に、ひるんだ。自分のうかつさにも、夕の賢さにも、腹が立った。もちろん、目の前にいる敵にも、腹が立つ!


「ヘヘ! や、やわらかくて、いい肉だよ。女は、やっぱり、十代がいい‼」


「ド変態が……ッ」


 ブリジットの拳が、『犯人』の顔に命中していた。鼻が折れて、前歯も三本ほど彼女の拳にへし折られる。血と唾液が、飛ぶが……『犯人』は、ひるまない。ブリジットを目掛けて、ナイフを振るう。


「顔を、傷つけてやるぞ! 女の子おおおお‼」


「……ッ⁉」


 ブリジットは動揺してしまう。悪人には、人が大切にしているモノを見抜く力が備わっていた。


 奪い取り、台無しにしてやるために―――知っている。悪人については、世界の誰よりも詳しい。132人も、殺めてしまったから。


 だからこその、怒りもあった。


 ブリジットの顔に向けられたナイフを、夕の手が奪う。手のひらを犠牲にしながら、受け止めたあげくに、指を使ってつかみ取った。


「な、なんだ、お前―――」


 赤い瞳だ。


 悪魔が、夕とその弟を選んだのは、育児放棄された子供たちを誘拐するのは容易いからであり……悪魔と同じく、突然変異的な赤い目の持ち主だからだ。


 ―――これは、魔法の瞳だ。夕。使い方を覚えなさい。人の心を、目で刺して、噛みついて、支配する。恐怖を、注ぎ込み、壊してあげなさい。


「あ、悪魔あああああああああああああああああ―――」


 恐怖し悲鳴する『犯人』のあごを、夕の掌打が的確に撃ち抜く。あごが割れながら、脳が揺れてしまうように。計算された動きだ。悪魔が、教えてくれた。


 意識を失った『犯人』が倒れ込む。


「はあ、はあっ」


「大丈夫か、ブリジット」


 倒れた『犯人』をにらみつけながらも、背後に庇うブリジットに言った。


「うるさい。大丈夫に、決まってる。庇ってもらう必要なんて……」


「ないのは知ってるさ。でも、体が動いた。オレは、悪人だけど……罪深いけど、悪人は、大嫌いなんだ……ッ」


 自分も嫌いだ。悪人が嫌いだから。どうしようもなく邪悪で、穢れている。死ねばいいのに。こんな、悪しき獣は……殺してやりたいが、同時に殺しだけはしたくもない。怒りを、制御する。悪魔が教えた心理操作術は、いつでも有効だった。


 縛り上げていく。気を失ったままの『犯人』を、完全に捕縛してみせた。



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