第二話 『楽器職人』 その5


「と、とにかく。護衛ちゃんの手当と……警官たちの救助だ。オレが、する。見知った顔以外は、警戒してな……」


「そうすればいい。『犯人』は、まだいるみたいだ」


「え……?」


「オレの現実改変が、始まらない。『犯人』が、世界を書き換えたままだ。こいつら、二人組かもしれない……レアなケースだ。この世界に送り込まれた『犯人』には、精神が、二つあったのか、分裂させて、自分で作ったのか……」


「……まだ、こんなことが起きるのか?」


「すぐに、解決するわよ。悪人には、神村は、詳しいんだから……」


「……そうしよう。何でも、言ってくれよ。協力するぜ。医者も、呼べる」


「ええ……でも、神村がいる……神村、縫って」


「ああ。そこに、寝て」


「……ええ」


 横たわる。制服のボタンは自ら外す。夕に外されたくはない。ナイフにえぐられた傷を晒した。自らの失敗の痕跡だ。くやしいが……戒めとして、認識しよう。


「二度と、負けない。二度と、助けられたりするもんか。二度と、戦場で、気を抜くなんてこと、しないんだから……ッ」


「そうだ。君は、また強くなった。経験を得て、痛みを得て。訓練では得られない、実践的な強さは、痛みと共に与えられる。麻酔ナシで、縫うけど。すぐに終わるから、ガマンしてね」


「え、ええ……ぐ、ううう! うああ、あぐう……っ」


 手際が良い。ポッドに手術用の道具を取り出させると、夕はためらいなく精確に、手術を行っていく。筋肉の構造も熟知している。悪魔に教わったから。人が刺されたとき、どんな風に力を込めてしまうのか、傷の形状も理解している。悪魔に教わったから。


「偉いぞ。あの一瞬で、筋肉を締めて、身を捻った。おかげで、動脈を外してる。君の強さが、努力が、ここにはある」


「ふん」


 電流で意識を失った警官たちを解放してやりながら、アキマは少年を見た。応急処置の方法は習ったことがあるし、ナイフ傷の手当をしたこともある。だが、そういう練度とは、あきらかに違うのだ。迷いもない。すべきことを知っていて、すべきことがやれるのだ。


「……手際がいいな、お前」


「まあね。3000回、手術をしたら。一人前の外科医だっけ」


「知らんよ。オレは、たんなる殺人課の刑事だ……」


「一人前になれるほどには、あちこち……たくさん、させられた。斬って、縫って」


「クソ悪人め……」


「そうだ、許さないでくれ、ブリジット」


「許すはずないから……」


「オレは、罪深い。どうしようもなく、悪人なんだよ」


「何のハナシだかね。地球での出来事なんて、オレは知らねえ。お前は、こっちの世界じゃ、いいヤツだ。助けようと、必死じゃねえか」


「……どいつもこいつも、節穴の目をしているわ。私も、民間人も……」


 治療は速やかに終わった。


 異常なほどの手際の良さで。痛みはあるが、立ち上がる。


「良さそうだわ」


「動ける。君ほど訓練した軍人ならね」


「ええ。民間人! 終わりそう?」


「あらかたな‼ 手助けはいらねえぞ。こっちの署員も、駆けつけてくれている。被害者たちも、どうにか自分で動けるんだ!」


「大したものね」


「さすがは、警察官だ。オレを、逮捕して助けてくれた人も、そうだったよ」


「過去は、知らねえ。とにかく、今だ、今!」


「アホみたいな言葉だけど……そうだ。『犯人』が、もう一人いるなら、捕まえなくちゃならない。借りを、返しに行かなくちゃね! あ、いたたた……ッ」


「急に興奮しないこと。あと、これだけは、飲んでて」


「何、これ? 錠剤?」


「ポッドに合成させた。痛み止めだよ」


「……ふん。礼は言わない。神村の任務の一つなんだから」


「はあ。素直じゃねえ、護衛ちゃんだぜ。それで。こいつを尋問するか! セルジリア市警伝統の拷問……じゃなくて、事情聴取テクニックを見せてやるぞ!」


「民度が知れるわ」


 呆れつつも錠剤を口に入れる。かみ砕き、喉を鳴らして飲み込んだ。


「あ。さすがは、地球連邦軍の科学よね。もう痛みがない」


「そこまで強い薬じゃない。ブリジットの精神力の賜物だ」


 あるいは、地球連邦軍への妄信ぶりが成せた結果か。痛みをも、信心は制御するものだ。


「連行するぞ。ほら、とっとと、歩け―――⁉」


「ムダだったわね。『犯人』は、もう、そいつから抜けてる」


 クロエがそうなったように。『犯人』も、炭のように黒く変色し、パラパラと崩れ去っていく。


「死体を奪って、憑りついていた。オレたちと同じように。『犯人』は、もともと肉体がない。精神のデータだけの存在だから。オレたちよりも、下位の立場だ。確保されれば、こっちの世界から消滅して、地球の機械の内部にある『牢獄』に収監される」


「回収したのよ。あっちで、情報を分析して、『犯人』の元になった犯罪者を見つけられる。そいつの犯罪傾向を送ってもらえれば、捜査は容易くなるわ」


「言っている意味がほとんど分からねえ……っ」


「それでも、捜査はやれるでしょう。情報源として、働きなさい。じゃないと……助けた連中まで、また失うことになる」


「……ま、まさか……っ⁉」


 不吉なことには、昔から勘が働いたものだ。アキマは怯えたような目で、『楽器』から解放した仲間たちを見回した。数名が、クロエと同じように……黒化していく。黒い欠片に、粉に、変貌していくのだ。


「た、たすけ―――」


「な、なんだこ―――」


「しにたくな―――」


「ああ、ああああ……っ。ちくしょう!」


「助けられる。『犯人』を見つければいい。もう一人の『犯人』を。大切なのは、時間と量だ。すぐに、行動しよう。悪人は、どいつもこいつも身勝手だ。必ず、自分のルールだけに従う。こんな『楽器』を創るようなヤツは、とくに」


「……見つけ、られるか」


「やれるよ。悪に詳しいオレと、強いブリジットと、この町に詳しいアキマさんがいれば。すぐに見つけられる。元通りに、出来る……こんな歪んだ現実から、いつもの日常に。平和な、家に……皆を、助けられるんだ‼」




 昔々、狼がいました。


 罪の暗がりに覆い尽くされた、悪い森に。


 悪魔にそそのかされて。


 自分の弟さえも食べてしまい。


 誰かの兄も食べました。


 あらゆる種類の肉に、その牙を使います。


 後悔に捕らわれたまま、やがて、森から解き放たれて。


 罪に相応しい罰を受け入れました。


 命の味を知っています。


 死の味も知っています。


 悪も、正義も。


 神さまは、狼を抱きしめながら命じたのです。


 もう帰る家がなくても、独りぼっちでも。


 生きて、人々を助けてあげなさい。


 夕。あなたがいつか夢見た、ヒーローのように。



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