第三話 『霊魂監獄のアリス』 その4


 セルジリア市警の設置した監視カメラは、常にアリス・レゾネイを追跡する。現在の地球ほど技術的な進化はなくても、自動化された監視システムがあった。


 そのうえ、地球連邦軍からの技術的なサポートが与えられていく。車内のナビゲーション・システムに映るアリス・レゾネイの姿が鮮明となった。


「護衛ちゃんが何かしたのか?」


「発展途上の文明に、我が軍からの情け深い技術供与よ」


「まあ、ありがたがるとしよう。夕、彼女の分析をしつづけろ」


「アキマさんは、運転に集中。不安に駆られた市民が、いきなり飛び出してくるかもしれないからね」


「どんなことにも驚かねえさ」


「もう慣れたのかしら?」


「腹をくくっただけ。お前たちを頼るし、頼られる。チームだ!」


「居心地が良い言葉だよ。オレには、向いていないかもしれないけど……」


「任務に集中しなさい。そのために、あんたは生きてるのよ、神村」


「……分かってるさ。アリスは、工場地帯に入った。迷っていない。考えてもいない。とっくの昔に選んでいるからだ。つまり、彼女自身の『人格』に根差す行動じゃなくて、『兵器』としての性質が優先されているってこと」


「どういうこった?」


「地球連邦軍の戦術的傾向で動く。ブリジット、君なら、この町の全員を殺すとき、どこから狙う?」


「『大砲』を使って?」


「そうだ」


「町の中心に決まっているわ。人口密集地帯から、掃除する。地球連邦軍は合理的なのよ。中心から燃え広がれば、それだけでも市民を仕留められる」


「そういう侵略を、しているってことかよ」


「地球を守るためにね。文句ある?」


「……ケンカ腰にはならねえ。チームだ」


「すべきことも明白になったからね。避難勧告を出せるよ」


「おう。人口密集地帯からだな。ほんっと、怖い美少女ちゃんだ」


「軍人としては、誉め言葉ね」


「護衛ちゃんに言ってるんじゃない。アリス・レゾネイにだよ」


「敵を美しいとか言わないの。つまんない同情が芽吹くかもしれない」


「そんな余裕はねえさ」


 アキマは端末を指ではじき、警察署の仲間に伝える。


「町の中心に、月の欠片が落ちてくると嘘を流せ! それと、あらゆる工場にも同じ情報を伝えろ! そすれば、効果的に、全員が逃げてくれる」


『そんな嘘をついてもいいのか?』


「かまわねえ。全責任は、オレが持つ。今夜を、生き残らなければ、何もかもがお終いだ。市民のために、働け。嘘をついてでも、助けるんだ!」


『了解!』


「いい覚悟だね、アキマさん」


「やれることは、全てやる。一人でも、多く、助けるんだ」


 夕は心地良さを覚える。誰かのために努力をする者たちに、かつては憧れても良かった。その資格があった。たくさん殺してしまうまでは、弟を食べてしまうまでは……。


「アリス・レゾネイが、立ち止まったわ」


「……到着してしまったんだ。現実改変を試みる」


「『楽器』を作るのね」


「ああ。でも、周りは無人だ。彼女は、『男』の『人格』をパージされたから、人を己の手で殺害する自信がなくなっているのかもしれない」


「弱くなってるのか?」


「『兵器』としての純度自体は増しているってことは、忘れないでね。戦略的に殺す。大量破壊兵器を、きっと作る」


「急ぐしかねえな‼」


 アクセルを踏み込む。人込みのない地域に入ったから、誰かを巻き込むリスクも減った。


「この車もアップデートしてあげた方がいいかもね。緊急車両なんだから、空ぐらい飛べるようにしておきなさいな」


「そんな技術は、こっちの世界にはねえし。いきなり変えられても、オレには使いこなせん! 間に合わせてみせる‼」


「……間に合わないわよ。あのクソ殺人鬼、もう始めてるから」


 監視カメラに映った19才の少女は、自信の無さそうな貌をしている。ブリジットは、その態度が気に入らない。


「大量殺りくのために、武器を手にする。そんなときは、もっと覚悟を込めるべきだ。まがりなりにも、地球連邦軍の『侵略兵器』でしょうに!」


「怒り方が、軍人過ぎるぜ、護衛ちゃんよう……ッ」


「ふん。どいつもこいつも自覚が足りない。神村、あんたもよ」


「……分析してるよ。アリスは、『男』の『人格』と切り離された。あの『人格』は、彼女を強気の殺人鬼にさせるための仮面だ。彼女は、それを失った。それを失ったから、精神が退行している。そのうち肉体も、つられて変化するかも、14才ぐらいには」


「クソ親父にレイプされ始めたころの心と体になるってことか?」


「ああ。不安定で、純粋だ。揺れ動く心の持ち主。説得は、無理だろう。彼女は頼る。依存する。本音では、母親を求めている。でも、父親に犯された事実が枷となり、母親を求められない。『母親から父親を奪った』という罪悪感もあるからだ」


 アキマは、歯ぎしりする。


 アリス・レゾネイのために。


「母親に泣きつきたい分も、アリスは信仰に全てを捧げる。彼女は、信仰を捨てちゃいない。『そこ』に、『信仰心』に、地球連邦軍は『兵器』としての本質を植え付けたのか」


「悪い? 人の精神の深奥に、核にこそ、『使命』は刻み込まれるべきよ」


「好きではない選択だ。彼女もオレと同じ、人殺しだ……でも、彼女の立場は、もっとひどい。もう死んでいるんだぞ。死刑は、執行されているのに。今さら、心まで、いじくられて‼」


「死刑ぐらいで、罪は終わらない。遺族感情ってものも、実在しているの。私が、その証拠。あんたのことも、永遠に許さない。任務を全うして、あんたが死刑に処された後でも、地球が砕け散った後でも、永遠に。神村夕。あんたは、私の兄を、殺したんだから」



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