第23話/負けヒロインと僕がお昼に酔っぱらった時



「おーいエイル、これ使っていいかー?」


「ん? ああそれね、なるほどスパゲッティにでもするの?」


「そうそう、オイルサーディンとキャベツのパスタ。鷹の爪入れてちょい辛にする予定」


「グッド!! 聞いてるだけでお腹が減ってきたわ!」


「んだば、ちょいとお待ちを――」


 お酒に合う昼食とは何か、という事で楯が出した答えがこれだった。

 作り方はネットに転がっているレシピ通りに、簡単に手早く作れそうなのが選定基準である。

 二人とも酒飲みなので、つまみになりそうな缶詰が常備されていて助かったと思いながら楯はパスタを茹でる湯を沸かし始めた。


(沸かして茹でている間に、パスタに絡める具材を炒める訳だけど……)


 ニンニクを半分スライスし、トマトも一口大にカットしておく。

 キャベツはザク切りし、後で投入するので一旦ボウルに取り分けておく。


(オイルサーディン缶を開けるのも忘れずに……っと)


(もしかして……たぁ君の手料理を食べるのって初めてじゃない? まぁでもこいつ一人暮らしで普通に料理してたし、今までもアタシが作るときに散々手伝って貰ってたし…………平気、よね?)


 そういえばと思いだし、若干不安になるエイルであったが。

 彼がオリーブオイルを温め、ニンニクと鷹の爪を炒める所から始めている手つきを見て安心した。

 彼女のそんな視線に気づかず、楯は調理に集中。


(えーと、こんがりしたニンニクと鷹の爪を一度避難させて、トマトとオイルサーディン、ええと胡椒と醤油一滴が臭みを消す役目っと、それからキャベツを上に乗せて…………)


 炒まったらニンニクと鷹の爪を戻し、パスタが茹で上がる前に茹で汁を入れ。


(乳化って言うんだっけか、えーと白く濁るまでやって、そしたらパスタを投入して水分を飛ばす……でいいのかな)


 その後は味見をし、塩と胡椒で味を整え。


「なんかいい感じにくるくるっとして盛りつけて――完成!」


「ワインとチーズの準備もオッケーよ!!」


「お、流石はエイルだよく気が利くイイ女だね!!」


「そうでしょうそうでしょう、もっと誉めなさーいっ!」


「よっ! 実は高校時代から嫁にした子ナンバーワンだった女子力つよつよ美少女!!」


「何ソレ!? アタシ知らないわよ!?」


 食卓にオイルサーディンとキャベツのパスタを配膳しながら、楯はふわふわと思い出した。


「あー、そういや男子だけの秘密だったねこれ、ちな前浜さんは女子力不明だし高校時代はクールな面が多かったからランク外、別枠で一位だった」


「へぇ~~、ま、女の子をランキングするなんてって責めやしないわよ。アタシ等だって男の子に内緒でランキング作ってたし」


「え、マジ!? 僕何かにランクインしてた!?」


「実は男同士で付き合ってるんじゃないかランキングで、千作君と一緒に一位だった。ちなみに雪希はそれを見てアンタのこと一時期警戒してたわよ」


「それ早く言ってよおおおおおおおおおおお!!」


「ははっ、ご愁傷様。誤解を解いておいたアタシに感謝しなさいな」


「やはりエイル、僕にはエイルしかいない!! 我が姫よどうぞパスタを食べてくれ…………!!」


「じゃあ――」


「「いただきます!!」」


 作っている最中からとてもいい匂いがしていたと、エイルは心躍らせて最初の一口を運んだ。


「んまっ!! アンタ料理イケるじゃん!! もー、今度からアンタもちゃんと作ってよね、匂いも味も完璧じゃない! このぴりっと辛いのがたまらないわね! ワインが進む!!」


「いやー、ニンニクの匂いがたまらない、オイルサーディンもいい感じで……これは確かにワインが進むね!! それはそれとして、エイルも今度作ってよ。やっぱさ、誰かの作った料理っていうか、エイルの作った料理が好きだな。――ま、君が笑顔で食べてくれるなら今後もぼちぼち僕も作る意欲が沸いてくるってもんだけどね」


「そこはぼちぼちじゃなくて、毎食にしたら? ん~~っ、うまうまっ! ああ……至福の時間ねぇ……」


「うーん、ワインおかわりだ、お昼だし程々って思ってたけどパスタと合いすぎる!!」


「じゃあお酌してあげるわ、……はーいどうぞー」


 ありがとう、と楯は機嫌よくワインを呑んでいく。

 エイルはそれをにんまりした顔で見ながら、このまま呑ませてしまおうと企んだ。

 食事の後にセックスさせてあげるという言葉は嘘ではない、ただその前に寄った状態の彼に聞きたいことがあるだけで。


(ふふふっ、実はこんな事もあろうかと度数の高いのと瓶をすり替えておいたのよ!!)


 食事が進むにつれ、楯はエイルの目論見通りに酔っぱらっていく。

 パスタの皿は勿論のこと、チーズの皿も空になり、ワインも減ってきた。

 彼はエイルが隣にピトっとくっついている事すら、彼は疑問に思わず気持ちよく酔っている。


(――気づかない訳ないってね、流石に気づくって、呑ませてるなーって分かんない訳ないじゃん。いったい何が目当てなんだろ)


(よしよし気づいてないわね、じゃあ……本題に入りましょうか)


(この感じ、僕に酔わせてなにか聞きたいと見た)


 素知らぬ顔をする楯に、エイルはさりげなさを装って問いかけた。


「――――ね、そういえばさ……前に言ってたアタシへの恩って何? どうして恋人ごっこを続けてくれてるの?」


「んー、じゃあ恋人ごっこの方から。と言ってもさ……単に君と離れたくないだけだけど」


「離れたくない? どういう風に?」


「僕は君と出会うために生まれてきた、そう確信してるんだ、君と離れたら生きてはいけない、絶対に離すもんか、何があっても……君を守り、君の側にいるよ」


「ッッッ!? ――――ぅ、あ、う゛あ゛っ、そ、そう!! わかったから! わかったからもういいからぁ!!」


 ボッと顔から火が本当に出る錯覚すらエイルは覚えた、好意的な言葉が帰ってくると思ってはいたが。

 ここまでストレートに、破壊力が高い言葉が出てくるとは思わなかったからだ。

 涙目で恐る恐る彼の表情を伺うと、動揺一つ見せず彼にとって当たり前のことを言ったまでだと、本気であると思えてきて。


「じゃあ次は恩の話だっけ」


「ぴぃっ!?」


「ははっ、可愛い鳴き声だねぇ」


「ううううっ、もういいからっ! 話さなくていいから!! 心臓もたないからぁ!!」


 潤んだ青い瞳で真っ赤な顔で、金髪を揺らしながら必死に止めようとするエイルが可愛くて。

 楯はつい意地悪をしたくなった、具体的には恩の話をしようと決意した。

 もし彼が酔っていなければ話さなかっただろう、だが今の彼は彼女によって酔わされて判断力が鈍っていて。


「――――ありがとう、僕の命を助けてくれて」


「……………………え?」


 瞬間、予想すらしない言葉にエイルは目を丸くした

 己はいつ彼を助けたのだろう、まったく心当たりがない。


「やっぱりエイルは覚えてないんだ、ま、小学校の低学年の時だし、たぶん君にとってはごく自然な行動だたんだろうね」


「小学校の、頃……?」


「今みたいに鍛えてないし、背も低い方だったし、ああ、その時は秀哉と一緒じゃなかったし、それから……そうそう、学校も違ってたんだよな、その時の僕って一人で隣の隣ぐらいの小学校まで探検しに行ってたから――」


「待って、待ってよ本気でアタシ覚えてないんだけど!?」


 慌てるエイルに、楯はふむぅと考え込んだ。

 酔っていて頭が上手く回らない、でも少しでも彼女に思い出して欲しいから。


「――ああ、大事なことを言ってなかった。今度さ、君が実家で飼ってた犬のお墓にお線香あげたいな。せっかく君が一緒に助けてくれたんだけど、あの後って高校に入るまで会えなかったじゃん。一度だけ三人で君んチ行った時に再開できたけど……」


「ああああああああああああああああああっ!! 思い出したァ!! あの時、川に捨てられた子犬の! ゴンタローを助けようと川に飛び込んだけど泳げなくて一緒に溺れ死ぬ寸前だった!!」


「おー、ようやく思い出してくれたね。そう、それが僕なんだ、実は後日何回も君のこと探したんだけど……ほら、あの時って周囲に誰もいなかったし、僕は助けられた直後は動けないのに強がったから、それを信じて子犬連れて帰っちゃったしで手がかりがゼロっていうか、金髪の泳ぎの得意の子がいるって所まで突き止めたんだけど、タイミング合わなかったのか会えなくてさぁ」


 懐かしいなぁ、と語る楯の横顔をエイルは吃驚した顔で眺めていた。

 すっかり忘れていた、昔は子供ながらに将来を有望視されるほど泳ぎが得意だったのに。


(他の子より体の成長が早くて、おっぱいが大きくなって色々とバランス崩れちゃって、それに対応できなくて……理想のタイムがでなくて水泳止めちゃったのよね)


 その頃までのエイルにとって水泳は全てで、だから忘れたくて、本当に忘れてしいまっていたのだ。

 嗚呼、と濡れた吐息が漏れる、どうしてだろう思い出した途端に目の前の存在が強く強く愛おしく思えてきて。

 

「ねぇたぁ君……、高校の時にって、何で言ってくれなかったの?」


「んー? だって君が同じ学年にいるって知った時にはもう秀哉のこと好きみたいだったし、僕は前浜さんに惚れてたし、なら余計なノイズじゃん?」


「じゃあアタシに協力してくれたのは……」


「僕はエイルを幸せにしたかったんだ、秀哉とくっつこうがフられようが、もし僕が前浜さんとつき合えていたとしても、……君の側に居て、君が幸せになる手伝いをしようって」


「楯…………っ」


 ダメだ、もう駄目だとエイルは己が愛欲に堕ちてしまったことを自覚した。

 まだ好きだって、愛してるって言って貰っていないのに、どうでもよくなってしまっている。

 今すぐキスして欲しい、キスしたい、恋人のように、夫婦のように愛の営みとして抱かれたい。


「――――あかちゃん、つくるれんしゅーしよ? ら・らぶしよ? ね? ね? ちゅーして?」


「妙に積極的だね?? そんなに呑んでたっけ? 大歓迎だけど……」


「アタシを――、アンタの全てで満たして、ね?」


 ちゅっ、ちゅっ、と頬に何度もキスをし、とろけるように甘えた声を出すエイルに、楯は鈍った頭で己が彼女の夫だと錯覚した。


(そうか…………僕はエイルの旦那様だったか)


 ならばもうヤることは一つしかない、考える前に体は動いている。

 彼は彼女をお姫様だっこをし、そのまま寝室へ。

 そして、翌日の朝までゆっくりと時間をかけ愛情たっぷりに愛した。

 ――――体液で湿ったベッドの上で、エイルは彼より早く目を覚まして。


(あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! なんで!! なんであんな恥ずかしいことを!! アタシぃ!! 本気でお嫁さんになってた!! 子供産んで幸せに暮らす夢まで見ちゃったわよオオオオオオ!!)


 恥ずかしすぎる、聞くんじゃなかった。

 思いだそうとするだけで、心臓がときめきすぎて甘く疼きすぎて死んでしまいそう。

 それに。


(ううううっ、顔、見れない、たぁ君の顔……見れないよぉ)


 それから数時間後、昼前に楯が目を覚ましブランチをとった直後であった。

 彼は起きてから感じていた疑問を、食事中にはあえて聞かなかった事を口に出す。


「………………ねぇエイル、なんで微妙に離れてるの?」


「き、気のせいじゃなイ!!」


「なんで僕の顔みないでさ、後ろでくっついてるの?」


「そォ!! それも気のせいだかラ!!」


「…………なるほど??(これ嫌われてるの?? いやでも密着してるよね?? あれ? なにコレ??)」


 エイルの態度が奇妙すぎて、楯は非常に戸惑って首を傾げたのであった。


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