第3話/負けヒロインと僕がやらかした時
一通り叫んだ後は、非常に気まずい空気が流れていた。
ラブホの広いベッドの上に、楯とエイルは背中合わせで座って。
共に全裸のまま、服を着ることすら思いつかないぐらい混乱している。
(なんでこうなってんだよッッッ!! 思い出せ思い出せぇ……いつもの居酒屋・浅雀をベロンベロンで出て……、その時点でもう深夜……長時間、しかもハイペースで呑んでたよな、それで……)
(うううううううううっ、あ、アタシはっ、なんという恥ずかしいコトを!! どうして胸のことバラしたワケ!? しかも自分から誘ったよね?? つーか端から見れば酔いつぶした男をラブホに連れ込んだ肉食系痴女じゃない!!)
(僕からガバっと行ったよね?? 訴えられたら負けるよね?? つーか煽られたとはいえマジで好き放題したよね?? …………あれ? これ責任とる案件……でもエイルはまだ秀哉のこと好きだろうし…………あ、あれ?? これ泥沼修羅場案件??)
双方とも泥酔しても記憶があるタイプで、その上で非は自分にあると思って戦々恐々。
二人を混乱させているのは、責任の他にもある。
だって身体が覚えている、頭が覚えている、感情を覚えている、気を抜けば相手を運命の恋人扱いしてしまいそう。
(………………スッゲー可愛かったよなぁ、いや卑怯だって理由は分かったけどなんで巨乳を隠してたんだよッ、しかもケツもデカかったし、その癖さぁ腕とか腰と細いし、顔は言うまでもなく綺麗系のハーフだし、普段はツインテだけど髪を下ろしてて……外見だけじゃなくて――――)
(バッカじゃないのコイツッッッ、なんであんなに鍛えてるのよ!! すっごい逞しかったじゃない!! う゛う゛~~、抱きしめられてスッゴイきゅんきゅんしたの覚えてるし、そ、その、初めてなのにすっごいアタシ…………コイツ、まさかヤリチンだった??)
(あれは酔ってただけだ!! 酔ってただけ!! ……にして、と思ったけどシーツに動かぬ証拠があるし……つか敏感すぎ……じゃなくて、普段からは考えられない甘い声……いや思い出すな!! 立ち上がれなくなる立つんだけども!!)
(…………コイツ、きっと自分の恋人になるヒトにはあんなに情熱的に甘く……ってダメダメ、酔ってたんだから、酔ってたんだからノーカンよノーカン)
不味い、いい加減に何か言わないと話さないと、昨晩の情事を反芻してしまう、何かを致命的に勘違いしてしまう。
こんなに身体の相性がいいだなんて、予想外にも程がある。
それぞれ好きな人とそういう関係になるのは妄想もイメトレもしていたが、まさか、まさかとしか言いようがない。
「………………――――な、なぁエイ………じゃなくて小路山、その、なんだ? 提案があるんだが、虫のいい話って罵って貰ってもいい、君が望むなら警察でも裁判所でも行くけど取り敢えず聞いて欲しいんだ」
「ううん…………いいわよ全部言わなくて、警察も裁判所もなし、これは事故よ、事故だったの、私たちは何もなかった、百歩譲って酔った勢いでラブホに入ったかもしれないけど何もなかった、何もなかったの」
「…………いいのか?」
「困るでしょたぁ君……じゃない堅木、アンタも、そしてアタシも、――まだ好き、愛してる、そうでしょ?」
「ああ、その通りだよ。…………じゃあ」
「ええ、忘れましょう、一夜の夢ですらない、何もなかった、何もなかったの――――」
楯もエイルも死んだ目で、何もなかったと繰り返し呟きながらチェックアウトをする準備を始める。
シャワーを浴びれば、激しい交わりの痕に染みて痛い。
服を着ようと身体を動かせば、普段使わない筋肉を酷使した事により痛みが走る。
「じゃあ出ようか、…………前払いでフロントに人がいないタイプのラブホで助かったな」
「ま、流石に裏に誰か居るでしょうけど顔を見られないのが今は凄く嬉しいわ」
「…………ところで聞いていい?? 何もなかった事にしたよね?? なんでピッタリくっついて腕くんで、しかも体重かけてるワケ?? 歩きにくいんだけど??」
言い出したのはそっちじゃないか、と訝しげな目をする楯にエイルは顔をボっと赤らめて。
口を尖らせて悔しそうに、恥ずかしそうに顔を背ける。
そのしおらしい姿と、普段のツインテではなくシャワー後のストレートでまだ少し湿った金髪との相乗効果で、彼の心臓はドキと不整脈に似た感覚を覚えた。
「――――察して、察しろ、察しなさいよッ、鍛えてるんだから文句言うな! こっちは股が痛くて歩きにくいし腰がダルすぎてシャワー浴びるのが残ってた体力を使い切ったんだって!!」
「あっ、ごめんすいません、家までエスコートさせて頂きます、……ところで朝ご飯どうする?」
「もう殆ど昼だけどね、ウチの近くのコンビニで買いま……ううん、作ってあげるから寄っていきなさいよ」
「お言葉に甘えるね、代わりに全力で君を家まで連れて行くって約束する」
めずらしい事もんだ、と楯は口にしなかった。
空腹なので素直に嬉しかったのもあるが、そこにツッコむのは藪蛇が目に見えていたからで。
それ以上は何も口にせず、二人は熱々の恋人同士のようにラブホから出ようとして。
「「――――あっ」」
「おっ、奇遇だな楯! お前達二人もやっぱり付き合ってたんだな。ごめんな俺達に気を使って言わなかったんだろう? 言うのが遅くなったけど……おめでとう楯、小路山!」
「告白を見られた後でこうして鉢合わせするのは恥ずかしいけど……、今まで私たちの前でイチャイチャするの我慢してくれてたのでしょう? ふふっ、前からお似合いの二人だって思ってたの、今更だけどエイルを頼むわよ堅木君、幸せにしてあげてね、――おめでとう堅木君、エイル!」
そう言うと、秀哉と雪希は仲睦まじく恋人繋ぎで二人の前から去り。
残された楯とエイルは絶句したまま放心状態、ありえない、なんでこんな事に。
なかった事なんて言っている場合ではない、秀哉と雪希の中で辛うじて疑惑の枠に収まっていたのに、たった今、楯とエイルは前から恋人同士である事が確定されてしまった。
(なんでそうなるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 告白したその日にラブホとか頭沸いてるんじゃねーぞ秀哉アアアアアアアア!! いや気持ちは痛いほど分かるけども!! 恋人になってないだけで殆ど恋人状態だったしさぁ!! でもだよ?? 大学近くのラブホ使うなよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)
(――――終わった、ははっ、終わったわ、アタシの人生終わった、今までも誤解だって言っても信じてくれなくて、でも事実じゃないからいつかは誤解が解けるって信じてたけど…………こんなのあり得ないでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! どうしてえええええええええええええッッッ!!)
しかも祝われてしまった、あの二人の事は楯もエイルもよく理解している。
あれは本当に恋人であるのを祝福している、なんなら友情を一段と深めたとすら思っているだろう。
只でさえ昨日の告白でメンタルダメージが致命傷で、朝チュンにより追加の致命傷、それからの即死技をくらい…………。
「………………アタシの家で呑み直さない? 今一人にされたらアンタの事を遺書に書いて死ぬから」
「お、奇遇だね、僕もそう言おうと思ってたんだ。一人になったら自分を殺したくなる」
心が死んだまま二人はえっちらおっちら歩き出す、無言、無言、無言に次ぐ無言。
途中のコンビニで酒と食料を買ったら、エイルが一人暮らししているマンションにつくなり無言の飲み会が始まって。
それから三時間ほど経過したら、ぽろぽろと彼女が泣き出した。
「おろろろーーんっ、なんでぇ! なんでそーなるのよおおお!! 不幸ッ! 圧倒的に不幸だわアタシ達!!」
「そうだそうだ!! 僕たちは不幸すぎる!!」
「あんなに二人の恋が実らないように努力したのに!! そして自分磨きも怠らず!! ただちょっと友情との板挟みにあって背中押しちゃったり告白できなかっただけなのに!! どーして二人は付き合っちゃうの!! なんでアタシが千作君と恋人になれないの!!」
「わかるッ、わかるよオジー!! 僕らはベストを尽くした!! けど運命に見放された!! 何も悪くない、何も悪くないんだ!! 間違ってるのは僕ら以外の全てだよ!!」
「たぁ君!!」「エイル!!」
楯もボロ泣きしながら激しく同意する、そう、二人は完全に酔っぱらって現実逃避をしていた。
二人とも記憶がはっきり残るタイプなので、酔いが醒めたら自分の発言を絶対に後悔するが、そんな事を無視できてしまうぐらいに心が傷ついている。
――二人はストロングゼロのロング缶片手にひしっと抱きしめあって。
「いい女だよエイルは!! 昨日の晩、君とのセックスは最高だった! 処女を奪えて僕は世界で一番の幸せ者だ!! おっぱいも大きくて柔らかくて、唇だって最高だった!!」
「アンタこそ、女がホレボレする肉体じゃない! 抱きしめられてメロメロになっちゃったわよ!! 童貞だった筈なのにスゴいテクニックで……アタシは天国にいる心地だったわ、アッチの大きさだって誇っていい、アタシが許す!!」
「くッ、なんてイイ女なんだいエイル!! 前から思ってたんだ、恋敵の前浜さんにも君は優しくてさぁ、ああ、服のセンスもいいし、誰かのためにも自分のためにも努力できて、――高校の時に一度だけ食べた君の手料理、世界で一番おいしいって今も信じてる」
「ううっ、アタシの魅力に気づいて認めてくれるなんて……アンタはどうしてイイ男なの!! いざって時に雪希を守るために身体鍛えてさ、でも雪希の気持ちを考えて千作君のために見せ場を譲ったり……失敗にもめげずに一途でさぁ、アタシも何度も勇気を貰ったのよ!!」
おいおいと泣きながら二人はお互いを誉め合った、少しばかり自分の気持ちを誇張して伝えている気がするがどちらも気がつかず。
世界の中で二人しかいないような錯覚、目の前の相手はもしかしたら戦友という立場を越えて自分に惚れてしまっているのかも、とすら。
――――雰囲気ができあがってしまった、同じ境遇で痛みを分かちあえて、しかも一度情熱的にした仲。
「…………気に入ったわたぁ君!! 今からアタシをファックしなさい! 昨日は野獣みたいだったから、今日は優しくトロけさせて!!」
「今から明日の朝まで、エイルは僕のマイスイートハニーだよ。――――僕の与える優しさと快楽で辛い現実を忘れさせてやるぜぇ!!」
そして次の日の朝である、二日連続の泥酔、その上での新婚夫婦も裸足で逃げ出す情熱的な交わりで。
「ぜ、全身が痛いッ、鍛え上げた僕の身体が悲鳴をあげているッ!! しかも頭が超痛いっ!!」
「う゛う゛っ、叫ぶなバカ堅木っ!! こっちはベッドから立てやしないし頭は痛いし……」
「――――すまないけど、このまま明日の朝まで止まらせて、僕が君を看病するから、君も僕を看病してほしい」
「お、オッケー、それから、二度もシちゃった以上はちゃんと対策を話し合わないとね。……これからも共同戦線を張って戦うんでしょう戦友?」
「好きな人は諦められない、前浜さんは僕の運命のヒトなんだ、君だって同じだろう戦友。――だから次が起こらないように対策は必要だね」
二人は三度目の朝チュンを絶対に起こさないよう、酷い二日酔いと全身筋肉痛に悩まされながら。
途切れ途切れの会話で対策を話し合った結果、翌日の夜である。
若さ故に快復した楯とエイルは、今度は彼が一人暮らしをしているアパートに一緒に鍋を囲んでいた。
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