第12話/負けヒロインと僕がちょっと倒錯的なデートをした時



 なりきりデートなら即席であるが、髪型などは整えておきたい。

 先のリクエストもあって、エイルは入園早々にトイレで化粧直し。

 楯はといえば、秀哉に寄せられる部分がないので精々がイメトレだけだ。


(一応確認しておこう、アイツの一人称は俺、前浜さんの前ではカッコつけてるけど実はフェチへの拘りが強いヤツだ)


 楯はこの場に居ない親友に向けて、熱い友情の視線を送った。

 恋敵であれど、それ以上に幼馴染みで、一番大事な友達で。


(小学生の時に僕と一緒にエロ本マスターの称号で呼ばれ、中学の頃にはおっぱいの大きさを巡って殴り合うぐらいには馬鹿なヤツなんだよな、まぁ僕の全勝だったけど……、頭はいいんだよな成績も常にトップクラスだし、高校入って前浜さんと出会うまでは髪型もテキトーでお洒落なんて興味ないヤツだったけど……)


 とはいえ、それは楯自身も同じだった。

 違うといえば、秀哉には傷つくことを、傷つけてしまうことを恐れず踏み込む勇気があったこと。

 今日は秀哉のフリをしてエイルを楽しませよう、そう意気込んだが。


(――――問題は、押さえつけた巨乳を解放したエイルを前だと素に戻っちゃいそうな事だね)


 これは由々しき問題ではないか、彼がむむむと唸っているその頃。

 今日はサラシでよかった、外してブラをつけるだけで済んだからと潰していた巨乳を解放したエイルが。

 後はツインテールを解き、雪希のようにストレートにするだけ。


(…………イヤリング、どうしよっかなぁ)


 今身につけているのはあくまでエイルの趣味で、雪希の好みではない。

 それに。


(これ…………楯がいいって言ってたもんね)


 彼は気づくだろうか、ちょうど一年前に千作秀哉の好みに合わせたアクセサリーを買うのに付き合って貰って。

 あ、これ僕好みだしエイルに似合いそう、とぽろっとこぼしたから、折角だしとこっそり買ったのだ。

 ツインテールを解いた微かな振動で、イヤリングが揺れる、小さなハートが二つがぶつかって鈴の様に鳴る。


(――これでよし、ふふっ、似合ってるって言ってくれるといいな)


 そして戻ると、カチコチの笑顔でメガネを外した楯は。


「じっ、じゃあ行こうか小路山さん」


「――ぷはっ!? なにソレ?? 千作君の真似? 似合ってなさすぎ!! あはあはははっ、ははははははっ!! うけるっ、へたくそ過ぎるしマジで似合ってない!!」


「う゛っ、そんなに笑うことないだろ! これでも精一杯秀哉の真似したのに……今からそんなんじゃ、デートの間もたないぞ」


「あはははははっ、あーおかしい、お腹痛くなっちゃう、――ったくバカねぇ、いくらアタシが千作君……いや秀哉君って呼ぶからって、アンタまでなりきらなくてもいいじゃない」


「というと? 何か認識の違いがあるねコレ」


 そういえば詳しい擦り合わせをしていなかった、と楯は納得した。

 いったいエイルはどう認識していたのか、興味津々で返答を待つ。


「アタシとしては、そんな無理してデートしようとしてたアンタに驚きだわ。別にアタシ達が演じなくてもいいのよ、アンタはアタシを雪希って呼んで、雪希だと思ってデートをエスコートすればいいの」


「となると、君は僕を秀哉って呼んで、秀哉みたいに接する…………ああ、つまりお互いに好きな人としたいデートするってコトだね!!」


「それが一番でしょ、変に演技することなんてないのよっ!」


「よーし、じゃあ最初はジェットコースターから行こう!」


 そう言うと楯はエイルの腰に手を回して、ぐいと引き寄せた。

 彼の躊躇いのない大胆な行動に、彼女の胸はドキっと高まり。

 それを隠すように、ニマニマといやらしく笑いながら、彼に両手でぎゅーっと抱きついて。


「おーー?? さっそく俺の女扱いなの秀哉君?」


「そういう雪希は甘えん坊だね。つーか周囲に僕の女って感じにアピールしたいし、…………キスしやすいでしょ?」


「っ!? や、やるわね髪にキスし――ひゃんっ!? いきなり首筋撫でなないでよ、……もう、くすぐったいじゃない」


「お、そのイヤリング似合ってるね、そういえば前に僕がこれいいなって言ったやつだっけ? 僕の為に付けてきてくれたって自惚れていいかな雪希?」


「当たり前じゃないっ、アタシのぜーんぶっ秀哉君のなんだから!」


 これは中々いい雰囲気でデート出来そうだ、と二人は歩き出す。

 その一方で、やはり心のどこかで複雑な感情が顔を覗かせる。

 だってそうだ、好きな人としたい行為ということは。


(うおおおおおおおおおおおッ!? 脳がっ!! 脳が破壊されそうだ!! いやスッゲー可愛いって思うんだけども!! なんで秀哉って呼ばせてるんだ僕は?? いやそれでも、そう呼ばせてる事で可愛いエイルを見れてると思うと役得、いややっぱ脳が破壊……そんなのをぶち壊す程に押しつけられた巨乳うううううううう!! いやっほおおおおおおおおおおお!!)


 楯は混乱し、エイルといえば。


(き、気づいてくれたっイヤリング!! ううううっ、気づくんじゃないわよっ、好きになっちゃうでしょバカ! バカバカバカぁ!! それに何? やめてよ俺の女アピール!! やるんじゃなかったこんなの……、ただでさえコイツに抱かれて体がコイツの女だって勘違いしかけてるのに…………心まで勘違いしちゃう、…………なら雪希って呼ばれてよかったのかも、でもそれはそれでムカっとくるのよ!!)


 こちらもまた、楯と同じく混乱状態。

 お互いにメロメロで、けれど肯定も嫉妬もしたくなくて。

 ――悔しいと思う、エイルも楯も、自分だけがドキドキしているのではないかと。


「おー、朝イチだってのにジェットコースター十分は待つのか」


「ッッッ!? ~~~~あ、アンタねぇ……人前だっての忘れてるの? このっ、このっ!」


「うぐぁっ! 肘打ちしないでよモロに入ったじゃん!」


「は? ならこの手を退けなさいよ、暇になったからってさぁアタシの肩に腕回してこっそり胸揉んでんじゃないわよ」


「まぁまぁ、冷静になってよ雪希。僕は――デート中にちょっとエッチなイチャイチャしたい派なんだ。だから揉むよ、……だいたい君のおっぱいは手から溢れ出る大きさで、むにーっと指が沈む柔らかさがあるのにハリと弾力があるんだよ?? ――――男なら揉む、絶対にだッッッ」


「~~~~っ!? ば、ばか……今日だけ、うん、今日だけだからね秀哉……」


 誰かに見られたらどうしよう、とエイルは激しい羞恥心に襲われた。

 変態だと思われるかもしれない、男に好き放題させるふしだらな女と思われるかもしれない。

 それ以上に困るのは、ヘンな声が出てしまわないかと言う事だ。


(たぁ君のばかああああああああああっ!! どうしてそんな的確に弱いところっ、ううん違う、弱くされちゃった――――いやいやいや、そんなコトないから! アタシ、コイツに染められてないから!!)


(はー、これだけで何時間でも待てる。しかも支配欲が超超超満たされる、満足感ハンパないよ、更に言えばコイツが指を噛んで声を我慢してるのも眺めててヤバイし、無自覚かな? こっちにもたれ掛かってるのも男の自信が満たされていくぅ~~)


 脳汁ドバドバで一人だけ精神的に気持ちよくなっている楯を、エイルは悔しそうに上目遣いで睨む。

 その姿はスケベな彼氏の言いなりになる彼女そのもので、調子に乗った彼はおっぱいを揉むのを止めて尻に手を伸ばす。

 彼女は気づいて身を捩り回避しようとするが、彼を煽るだけの結果にしかならず揉まれてしまって。


「…………ねぇ秀哉君? こっちにも考えがあるわよ」


「へぇ、教えてよ」


「耳貸して、――――実はノーブラなんだけど、直に触って確かめてみる?」


「っ!? くっ、お、お前――――ッッッ!!」


「おイタしないなら、後で物陰で……ね?」


「…………………………ふっ、見せてくれなかったら泣くからね! ――っと、そろそろ順番だ」


 二人はそれから遊園地を楽しんだのだが、エイルにとって困ったことが一つ。

 胸や尻へのセクハラがなくなったのはいいが、代わりに…………。


「はー、どうして雪希はこんなに可愛いんだい? んー、ちゅっ、ちゅっ」


「たぁ君、恥ずかしいから……ううっ」


「このサラサラで艶やかな金髪、とても美しいよ。僕の為に綺麗にしてくれてるって自惚れていいかい? ――ちゅっ」


「だからぁ……もぅ、たぁ君のばーかばーか」


「こらこらエイル、そこは秀哉君、だろ?」


 実に楽しそうに笑い、楯はエイルにキスを繰り返す。

 それも恥ずかしい誉め言葉と一緒にするのだ、エイルはもう楯がそれを雪希に向けてやっているのか己へなのか、区別が付かなくなっている。

 彼もまた同じで、暖かな底なし泥沼にずぶずぶ沈んでいくような感覚。


「――はい秀哉君、あーん、……美味しい? せっかくだから作ってきたの…………どう、かな?」


「んぐんぐ、……ごくん。すっごい美味いんだけどさ、質問していい??」


「なーに? 何でも聞いてっ!」


「どうして僕の膝に対面で座ってるの?? 胸の上にサンドイッチ入ったお弁当箱置けるの凄すぎじゃない??」


「えへへぇ、実はね、ずっとぎゅーって抱きしめて見つめ合いたいタイプなのアタシって。それから胸はサービス、こーゆーのがアンタ好きなんでしょ?」


「うん、あってるし嬉しいんだけど……家族連れがいる広場でするコトじゃないよね?? 僕らの周りだけぽっかり空いてるんだけど?? 子供が見ちゃいけない超絶バカップル扱いされてるよね??」


「んー? だぁめ? この後……ノーブラかどうか確かめてもいいって思ってたんだけどなぁ……」


「オッケー、全てを受け入れるよ。あ、でも口移しは流石にダメだよ、うん、そんな顔してもダメ、一度口に入れたならそのまま食べて、食べろ、食べなさい」


 その後も二人は遊園地を楽しみ、夕方になって〆の観覧車に乗れば夜景そっちのけで深いキスを繰り返して。

 降りた頃にはもう、なりきりデートなどとっくの前に行方不明の有様。

 ホテルに到着し、ディナーの時にはもう目の前の存在を求める気持ちが強すぎて高級ステーキの味も年代物のワインの味も――――。


「うわっ、何これウッッッマ!? え、こんなもの奢りで本当にいいの??」


「このワインも美味しい……、嗚呼……幸せってこういうコトをいうのね……ッ!」


 食事の美味さに思わず我に返った二人は、とても穏やかなに気持ちで用意された部屋へ行き。

 キングサイズのベッドに、ごろんと大の字になる。

 ふかふかで心地がよい、隣を見れば目と目が合った。


「…………今日はもう、このまま寝ちゃうかい?」


「こんなホテルに泊まるなんて、そうそうない体験だし、夜景も綺麗だし…………思いで作る練習しちゃう?」


「先に言っておくけど、優しくできるのは最初の一回だし、なんなら、そっちの窓に全裸の君を押しつけて後ろからヤるし、それ以上もするから」


「……いいよ、アタシもアンタに好き放題……ううん、今のアタシは雪希だから、うん、雪希だから…………アンタが愛する女の子にするように、思いっきり愛して」


 潤む青い瞳、上気した頬、白い肌が少し汗ばんで淫蕩に輝いている気がした。

 そういえば、まだ彼女がノーブラか確かめていなかったと楯は思い出して――。


「練習なら秀哉って呼ぶないように、僕もエイルって呼ぶから。――じゃあノーブラから確かめるコトから始めようか、自分で脱ぐか僕が脱がすか、どっちか選らんで、選べたらご褒美で君の弱いところばかりを責めてあげよう」


 瞬間、エイルはガバっと体を起こし慌ててベッドから降りる。

 対して楯は、ゆっくりとベッドの上に座ると彼女を正面から余裕たっぷりに見つめた。


「こ、この鬼畜ぅ……選べなかったらどうするワケ?」


「君の弱いところが増えるだけさ」


「~~~~~~っ!?」


 ごくん、とエイルは唾を飲み込んだ、何がとは言わないがとても逞しい様子で。

 更に、彼のメガネの奥で怪しく光る獣のような目に心まで吸い込まれてしまいそう。

 ふぅ、ふぅ、ふぅ、呼吸が荒くなり、覚束ない手つきで服の裾を――――。


 次の日の朝である、二人は何事もなかったかの様な顔でチェックアウトした。

 しかし親しい者が見れば一発で分かっただろう、決して視線を合わせない事を、二人とも頬を赤らめていた事を。

 そして、小指と小指を繋いで歩いていた事を。


 ゆっくりとゆっくりと二人は歩き、やがて新居のマンションに着くと。

 いそいそと大学に行く準備をし。

 三十分後、玄関に揃った二人は。


「――――さ、行こうかエイル! あの二人をとっちめに!!」


「勿論よ楯!! 是非ともお話したいわよねぇ!!」


 二人は肩を怒らせ、秀哉と雪希を問いつめに大学へと向かったのだった。


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