第25話/負けヒロインと僕が両思いになったかもしれない時



「か、勘違いしないでよね、アンタの体がよすぎたから、ストーカーしてもいいって言ったかた……少し、少しだけよ、アンタのことが大好きになっちゃっただけなんだからね!!」


「なるほど、僕のことが大好きだと」


「は?? ちゃんと聞いてた? アンタなんて大嫌いなんだからね!! ちょっと子供を産んでもいいぐらい愛してるだけなんだから!! 勘違いするんじゃない!!」


「なるほどなるほど、…………もしや恥ずかしすぎてかなり壊れてきてるね??」


「アタシは正気だもん!! これ以上辱めるならぶっ殺すわよ!!」


 己の写真や盗品などに囲まれる中、楯はエイルがとても愛おしく感じていた。

 同時に、もう少し面白くなるのではと思ってしまう。

 彼女の羞恥心の限界はまだ先だと、彼の嗜虐心が告げているのだ。

 ――次の瞬間、彼女は彼に腰をぐいと引き寄せられ顎クイされて。


「――エイル、それはイジめて欲しいってことかい?」


「ッッッ!? な、ぁっ、なんで変に色気だしてんのよアンタはさぁ!! 顎クイとか少女マンガみたいなことするんじゃない!! 背の高さを自慢してんの? ぶん殴るわよ!!」


「でも抵抗しないしさ、キスされたいって目をしてるよ? ――お望み通りにするかい?」


「は? キッッッショ! アンタ自分がそんなキャラじゃないって分かって言ってる? アタシ以外には即通報レベルのキショさよ?」


「なるほど?」


 お手本のようなツンデレで、目を閉じてキス待ちするエイル。

 その様子に楯はムクムクと意地悪したくなった、具体的に言えばこのまま焦らしたらどうなるだろうと。

 彼女の頬に触れるとビクっと華奢な肩が震えた、彼はそのままニヤニヤと見守り。


「………………………………早くキスしなさいよ!! こちとらドキドキバクバクで待ってるのよ!!」


「ごめんごめん、でも……焦らされてもっとドキドキしてるだろう?」


「ッ!? そ、そんなコトないもん!! アタシはアンタに翻弄されて快楽を得るようなマゾじゃないもん!!」


「うーん、もっと素直にキスしたいなぁ……じゃあ、君に理由をあげよう」


 涙目で睨むエイルに、楯は己が暴走しつつあるのを自覚した。

 彼女もまたそれを察し、でも己が被虐趣味だなんて認められなくて。

 けれど、何を言われるのか、されるのか、期待してしまう己を呪い。


「――――素直になってくれないと、君の友達がどうなっても知らないよ?」


「なッッッ!? ひ、卑怯者!! アタシが犠牲になるから雪希には手を出さないで!!」


「別に前浜さんって言ってないよ? ああ、もしかしたら秀哉かもしれないし……ウチの部の先輩でもいいかもなぁ……」


「この鬼畜!! 悪魔!! 皆に何をするつもりなのよ!!」


「さぁ、手始めに君の恥ずかしい秘密を使って…………いや、これ以上は無粋かな?」


「くっ、孕ませるならやりなさい!! でも心までは屈しないんだからね!!」


 もうエイルはやる気満々だ、腰をくねくねさせており服を脱ぎ出すのも時間の問題に見える。

 だがまだだ、まだ行けると楯は冷静に判断した。

 もっと彼女を興奮させるのだと、サービス精神を奮い立たせて。


「おいおい冗談だろ? ――孕ませてください、だろ? それに……僕にただ君とセックスさせるつもりかい? 感謝の言葉と…………ほら、あるだろう?」


「~~~~~~っ!? アンタって本当に最低の屑だわ!!」


「うーん、負け犬の罵倒が心地よいなぁ……、で? それだけじゃあないだろう?」


「わ、わかってるわよ、うん、分かってるから――――」


 はぁはぁ、ふぅふぅ、興奮により肩で息をしながらエイルは必死になって考えた。

 丁寧に懇願しただけでは彼は満足しないだろう、だから身を切り崩す覚悟が必要で。

 ならばと彼女は足早に自室へ、目的の物を手に取るとすぐさま戻る。


「これをあげるわ、だから……お願いします、アタシを抱いてください、その逞しい体で愛して……孕ませてください…………これでいいわよねクソ男!!」


「通帳だけかい? うーん、まだ差し出せるよね。――出せ」


「ッッッ!? ま、まだアタシから貪ろうっていうの!? な、なんて鬼畜なのよ!! でも……これ以上何を……っ」


「ほら、自分で考えてごらん? できるだろう?」


 サディスティックな笑みを浮かべながら、楯は内心で非常に冷や汗をかいていた。


(コイツ躊躇いなく預金通帳渡して来やがったぞ!? どんだけなんだよコイツ!? 破滅願望もあんの!? え? もしかして僕が目覚めさせたの!? 調子に乗ってそれっぽい演技したの僕だけどさぁ!!)


 預金通帳なんて後で返せばいい、だがこれ以上変な物を貢がれるのは嫌だ。

 己も彼女も、引き返せない性癖に目覚めてしまいそう。

 ――エイルはもう手遅れなんじゃないか、そんな疑惑から楯が目を反らしていると。


「わかったわよ屑男、なら……あ、アタシの下着を自由に選ぶ権利をあげるわよ!! どんなエロいのだったりノーパンを選んだり好きにしなさいよ!!」


「ほ、ほーう??」


「まだ足りないっての? なら服を着る権利もあげるわ、鬼畜なアンタのことだもの大学で脱がせて露出調教するつもりなんでしょう? ん? まだ足りないって顔ね、それなら――――」


「――いや待って? マジで待って? ちょっと落ち着いて冷静になろう??」


 不味い、これはとても不味い、エスカレートしすぎている。

 このままセックスしてしまうと、楯はともかくエイルが引き返せなくなるのではないか、そんな不安すらあって。

 彼としては、それはそれでと思っているのだが。


「ごめん、ちょっとプレイの方向性間違ったね。君に選択権をあげるんじゃなかったよ、まさかこれ程までにM気質というか破滅願望があったなんて……」


「マジ顔で謝るんじゃないわよアホオオオオオオオオオオオ!! 恥ずかしくて死にそうになるじゃない!! うあああああああああああああん!! 正気に戻すな!! 頼むから正気に戻さないでぇ!!」


「ごめんちゃい」


「そんな軽く謝るんじゃないッッッ!! 殺す!! 殺すわ!! 女の子をこんなになるまで調教しておいて! そこで引き下がるんじゃないわよ!!」


 その指摘はもっともであったが、言い換えればそこまでしたというのは一種の男の勲章である。

 どうしてもニヤニヤしてしまうのが止まらなくて、それを見たエイルは更にヒートアップする。

 ズルい、アタシがここまで夢中になってのだからにアンタももっとアタシに夢中になるべきなのに、と。


「――――ふ~~ん、アンタはそういうヤツなんだあ……寄った勢いで女の子を好き放題して心も体も奪っておいて、いざとなったら逃げる最低の屑なんだぁ」


「ちょっと誇張しすぎじゃない?? ちょっと落ち着こう、僕も君も落ち着く時間が必要な筈だよ」


「そう言ってアタシを丸め込もうって魂胆は見え見えなのよ!! いつもいつもそうやってアタシにお預けしてさぁ!! 欲しい物はくれない癖に自分の女扱い!!」


「エイル? ごめんそんなにストレス貯まってたの??」


「冷静に言うんじゃない女っタラシ!! アタシをマゾに調教した癖にSにならないなんて!! ならならいなら殺してやるぅ!!」


「ちょっ、エイル落ち着い……………………いやマジで落ち着こう!?」


「ぶっ殺して永遠にアタシの物にしてやるぅ!!」


 台所に駆け込んだエイルは衝動のままに包丁を手に、即座に振り向いて切っ先を楯に向ける。

 このままだと流血沙汰だ、そう思った瞬間、楯の脳味噌は世界中の誰より透き通って。

 見える、見えると、そして己には自慢の鍛えた肉体があって。


「――ていっ」


「……………………はぁあああああああああああああああああああああ!? なんで!? すごっ!! なんでそんな簡単に包丁折ってるのアンタさぁ!! ポキっと音したわよ!? え? ええええええええええええええええええええええ!?」


「折ったとはいえ危ないからそっちも没収ね、燃えるゴミ容れに……っと、これで安全安心だ」


「ど、どうやったらコイツを殺せるの!? ベッドの上でも天国行きが逃れられないのに!!」


「いや、普通に君の料理で僕の胃袋はある意味で殺されてるよ? ついでに言えば僕の童貞は君に殺されてるし、何なら毎回理性も殺されてる」


「ッ!? そ、そんない誉めたって、ううっ、どうしてこんな言葉でアタシは胸きゅんしちゃうのよぉ……」


「光栄だね、って言えばいい?」


 エイルは今、敗北感に打ちひしがれていた。

 物理では殺せず、快楽で負け、こうして向かい合ってる今でも魂はどうしようもなく彼にいっそう惹かれている。

 悔しい、ズルい、同じように一心不乱に愛して欲しいのに。


「う゛う゛う゛う゛~~~~ッ、ばーかばーかたぁ君のばああああああああああかッッッ!! 家出してやるううううう! 実家に帰ってやるうううううう!! 女の子を辱めるなんてサイテーーーー!! でもちゅき!! 大好き!! 愛してるうううううううううううう!! でもアタシが欲しいモノをくれるまで帰らないからね!!」


「…………………………はい??」


 顔を茹で蛸より真っ赤にし、涙目で走り出した。

 直後聞こえるバタンという音の後に、また玄関の戸が開きバタバタと足音。

 スマホと財布と上着、と慌ただしい彼女は楯がフリーズしているのを後目にバタンと家を後に。

 きっかり十分後、楯はフリーズから復帰して。


「さっきも言われたけどもしかしてやっぱり……ちゃんと両想いなんだよな!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 両思い!! 両思い来たぞ!! でも状況変わってないよねコレ!! アイツの欲しいものって何だよおおおおおおおおおおおおお?? でもなんでか今、両想いの実感湧いてきたああああああああああああ!! でもなんで実家帰るんだよおおおおおおおおお??」


 己が起きているときにエイルへ想いを告げていない事をすっかり忘却し、楯は盛大に首を傾げたのであった。


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