第29話/負けヒロインと僕が両思いになった時・後



「――こんにちわ、お二人さん。話があるから今すぐにスマホから手を離して、離しなさい」


「っ!? お、小路山!? いつの間に!!」


「…………はぁ、貴女って偶に暗殺者なんじゃないかって思っちゃうわ。部室の前で通路が見えるように待っていたのに、どうやって気づかれずに近づいたの??」


 案の定、部室の前で待っていた秀哉と雪希にエイルは話しかけた。

 二人の疑問に答えている余裕など、今の彼女には存在せず。


「単刀直入に言うわ、アタシの味方になって。たぁ君から逃げるには二人の協力が必要なのよ」


「…………理由を聞きたいわ、エイルがどうして逃げているのか、どうして実家に帰ったのか」


「言えば絶対に協力する? 時間稼ぎじゃないって言える? こっちには時間がないの」


「確約はできないわ、でも理由を知らないと始まらないでしょう?」


「――わかった」


 エイルは己が興奮状態であるのに気づいた、けれど冷静になる事なんてできない。

 だってそうだ、元はといえば楯が悪いのだから。


「言って貰ってないの」


 口にしてしまえば、好きという感情と焦られているような、ムズムズとした悔しさに似た何かが沸き上がってくる。


「何を? 堅木君が何を言ってないの?」


「――……好き、とも愛してる、ともちゃんと言って貰ってないんだもん」


 止まらない、感情のままにエイルは叫ぶ。


「ズルい!! ズルいと思わない?? 思うよね!! ねぇ!! ねぇ!! ねぇ!! それなのにアタシだけ一方的にメロメロにされてさ、恥ずかしくって見せられないぐらいニヤけちゃうのに…………なのに!! コッチが言ってもたぁ君、一度もちゃんと愛してるとも好きとも言ってくれないんだもん!! ズルい!! だから言ってくれるまで逃げるの!!」


「あ、それは堅木君が悪い」「楯が悪いとしか言いようがないな……」


「分かった? 分かったならアタシに協力して!! 少なくともアタシはここに来なかったって事にして!! しろォ!!」


 エイルが二人に頼む、もとい命令したその頃。

 楯はといえば、彼女が乗っていたタクシーに追いついたのだが。


「――――ッ!? エイルがいない? いったい何時から!? くっ、追いつくのに夢中でちゃんと確認してなかった!!」


 いつだ、いつ彼女は降車したのだろうか。


「あの曲がり角ッッッ!! 最初からその計画だったのか!? 角で曲がったタクシーが見えなくなった焦りを利用した!?」


 ならばエイルはもう大学の中、そう考えた方が正解だろう。

 彼は秀哉に通話しようと試みるが何故か通じず、雪希にも試すが通じず、イヤな予感を感じながら部室へ歩き出す。

 部室には秀哉と雪希がスマホを手に持ったままエイルを見て、彼女は祈るように二人を見つめていた。


「――早く行くといい、楯から電話が来たってコトはもう大学に入ってる筈だ」


「私も秀哉も、貴方達二人に幸せになって欲しいから……どちらにも少しだけ手助けするわ」


「――ありがとうっ、出来るだけたぁ君を足止めしておいてええええええええええええええええええ!!」


 バタバタと去っていくエイル、その二十秒後にダダダダダと騒々しい足音が聞こえて。


「やっぱり居た!! ここにエイルが来なかったかい? いや居たはずだ僕には分かるッッッ!! 何処に行っか言え!! そうじゃないなら僕はもう行く!!」


「待て待て、ちょっと落ち着けよ楯」


「――――ふぅん? 僕の手首を掴んでる理由を聞いてもいいかい?」


「焦ってるみたいだけど、私たちは貴方に言っておかないといけないの」


「そうだ、ちゃんと聞いておけ。じゃないと……小路山さんに追いついても何も解決しない」


「…………君達、エイルに取り込まれたね?」


 こいつらは邪魔者だ、楯の意識がぶっそうな方向へ行きそうになる。

 だが目の前の二人は、掛け替えのない親友で、前に愛した人で。

 そんな二人が、エイルに説得されたとはいえ無駄に足止めする訳がない。


「わかった、話を聞くよ。でも手短に頼みたいね」


「じゃあ言うが……、お前さ、大切なことを小路山さんに言い忘れてるぞ」


「ちゃんと思い出して、気づいて堅木君……、エイルが貴方に言って、貴方がエイルに言っていないとても、とても大切なこと…………」


「…………僕が言ってなくて、エイルが僕に??」


 あ、これガチでヤバいやつだと楯は気づいた。

 秀哉も雪希も顔は至極真剣な顔で、それが今回の騒動の真実だと気づいて。

 ならば、ならば、ならば。


「もしかして、エイルが言ってた欲しいモノって――」


 思い出す、振り返る、いつからエイルの態度は変化したか、その前後に堅木楯という人間は何をしていたのか。

 今この瞬間までに彼女は何を言って、彼は何を言っていないのか。

 短い同棲期間だけど濃密な時間、様々なことがあった、体から始まって、うっかり絆されて。


(あっれーーーー? もしかして、もしかすると…………僕、ちゃんとエイルに好きって伝えてない??)


 冷や汗が一筋流れた、視線が盛大に泳ぐ、やっべと小声が漏れる、口元があわあわと動いて。


「お、おい楯? すっごい顔してるが……気づいたのか?」


「それ以上は口を開かないでくれ、うっかりしすぎて顔から火が出そうなんだよ」


「ふふっ、実は私たちも何度も同じ様な気持ちを貴方に味あわされたから、これで一つ返せたわ」


「いやぁ……僕らって恋愛がヘタだねぇ……」


 苦笑する楯に、秀哉も雪希も苦笑い。

 

「もう大丈夫か楯?」


「ああ、大丈夫。ちゃんと大事なことを伝えに行くよ」


「行ってらっしゃい堅木君、私達を幸せに導いてくれた分、貴方もエイルも幸せになるべきだから……」


「――――じゃあ行ってくる!! 朗報を待ってて!!」


 そして楯は走り出した、エイルへの想いを胸に抱えて、口から気持ちが溢れ出しそうになって、走る、走る、走る。

 あれだけ走ったというのに、体がとても軽く感じて。

 でも同時に体が止まりそうな不安があった、もし、もしも想いを伝えて拒絶されたら。


(日本の告白は確認作業だとかどっかで聞いたけどさぁ……、心臓に悪くない!? 万が一ダメだった時に立ち直れないどころじゃないんだけど!?)


 悪い考えをかき消すように、走りながらエイルを探す。

 そう遠くまで行っていない筈、まだ大学には絶対に居るだろう。

 長い金髪を下ろした姿の、もしかするとツインテールにしてるかもしれない。


(――どこだ、どこに居るッッッ!!)


 部室棟は楯達が所属している学部と、他の学部の間だにある。

 そこには、部室棟の他にも体育館や屋内プール、ホール施設などがあって。

 それらの中に隠れてしまったら、探すのは不可能と言えよう。


(今僕は君に言いたいんだ、だから見つかってくれ、一目だけでも君を見たい、君の声が聞きたい、――君に会いたいんだ!!)


 幸いなことに周囲に誰もいない、偶然にも部室棟以外の施設を誰も使っていないのだろう。

 ならば、一度立ち止まって音を頼りにするべきかもしれない。

 楯は走るのを止めて、十字路の中央で目を瞑って聴覚に集中した。

 ――すぐ近くで隠れながら移動していた彼女は、立ち止まった彼を不安な顔で見て。


(諦めた? ……違う、デパートの時と同じように視覚以外でアタシを見つけようとしてる!?)


(…………近くにいる、……多分、今は隠れてる、――直接見られている感じはしない、なら僕からもエイルは見えない…………)


(――――隠れるなら今のうち、でも焦っちゃダメ、絶対にたぁ君に気付かれちゃうッ! そぉっと、そぉっと…………)


(微かに草を踏む音がしたッッッ!! 居るぞ近くに居る!!)


 楯はばっと目を見開いた、極限まで研ぎ澄まされた集中力は肌と耳から聞こえてくる情報をひとつひとつカットしていく。


(この方向で一番近くて、隠れやすい所、……プール! 屋内プールなら塩素の匂いでデパートの時みたいに察知されないし、女子更衣室に隠れられるッッッ!!)


 風の音など邪魔だ、遠くの喧噪なんて必要ない、エアコンの室外機の音などノイズに他ならない。


(一歩一歩着実に進むのよアタシ、音を立てずに、なるべくアイツの視界から見えない角度で進むッ!!)


 己の心臓の鼓動、呼吸の音すら今は不要、――思い出せ、イメージしろ、エイルが屈み茂みの裏をゆっくりと進む音を。


(……後少し、でもこの先は階段ッ、登るときだけは丸見えになるッ!! でも、アタシには逃げ切る勇気と覚悟があるッッッ!!)


 次の瞬間、不自然に足音が消え、エイルの匂いがよく慣れた匂いと混じった気がした。

 楯が慣れた匂い、この場で可能性が高いのはプールの塩素の匂い。

 だから――。


「――――そこだァアアアアアアアアアアアアア!!」


「っ!? でも諦めないわよ!!」


「けど僕の方が早いッ!!」


「それでもおおおおおおおおおおお!!」


 エイルは屋内プールの入り口に飛び込み全力で走り始めた、楯もまた即座に追いかける。

 彼我の差は約三〇メートル、彼女としては更衣室に隠れる余裕がある距離ではない。

 故に彼女はそのままプールへと進み、彼が追いつく頃には。


「――――ッッッ!? 飛び込み台!? ははっ、冷静な判断が出来なくなったみたいだねぇ!!」


(うっさい冷静でなんて居られないわよ!! 絶対に無理矢理に捕まえる気じゃない!! 何も言って貰ってないのに捕まるもんですか!!)


 エイルが向かった先は普通の飛び込み台ではない、飛び込み競技用の高さがあり梯子で登るタイプのもの。

 同じキャンパス内に体育学部があるからこその、各種競技用に複数のプールがある豪華な施設。

 普段なら誰かが使っていただろう、しかし幸か不幸か誰も使っていない。


(ははっ、誰かに僕の足止めをして貰う気だった? 残念、何人居ようがこの距離なら絶対に君にたどり着く――)


(どうしようどうしようっ、梯子を登ったら無理矢理捕まえられないって思ったけど登り切ったら捕まっちゃうじゃん!! アタシどうすればいいのおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?)


 楯は勝利を確信し、追いつめられたエイルは一番上まで登り切ると飛び込み板の先端まで進んでいく。

 もうどこにも逃げ場がない、楯はそう確信したが。


「――――あ、やばっ」


 瞬間、いやに軽い声を彼女は出した。

 想定外と言わんばかりの声と共に、彼女は体勢を崩しぐらりと傾いた。

 次の刹那、彼女はくるりと一回転し彼に助けを求めるように手を伸ばし。


「間に合ええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 考えるより先に楯の体は動いた、勢いよく飛び出し彼女へ手を伸ばす、着水の衝撃から庇うように腕力任せに彼女を抱きしめる。

 水泳と水球の経験はあれど、楯にも飛び込みの経験はない。

 背中から二人分の重さで落ちる衝撃など想像も付かない、だから信じられるのは鍛え上げた己の肉体のみ。

 ――瞼をかたく閉じ息を止めた瞬間、強い衝撃と共に水の中へ沈んでいく。


「――――――ハァッ、ハァッ、ハァッ、ぶ、無事かエイル!! 怪我はないか!! 大丈夫だな!!」


「はぁ、はぁ……なんとかね、アンタが庇ってくれたお陰よ」


「よかった……よかった…………!! エイルにもし……、僕は、僕は…………ッッッ!!」


「たぁ、君――――」


 濡れた服の上から、エイルは強く強く抱きしめられた。

 もう離さないと、離れないでくれと全身全霊で懇願するように強く抱きしめられる。

 彼のそんな姿が、彼女には妙に幼く見えてこんな時なのに口元が緩んでしまう。

 ――一方で楯は彼女の無事を安堵したが故に、強い衝動に襲われ心のままに口を開いた。


「――――聞いてほしいコトがあるんだエイル、今言うコトじゃないかもしれない、それでも今、君に言いたいんだ」


 来た、とエイルは感づいた。

 だから彼を優しく抱きしめて、耳元で囁く。


「……言って、聞きたい」


 彼も泣きそうな声で、まるで懇願するように。


「好きです、愛してます、僕たちは変な始まり方したけど……気付けば君が僕の中で一番大切な存在になってたんだ。君なしの生活なんて考えられない、君が側に居てくれないと狂ってしまいそう」


「うん……うんっ」


「だからお願いします、随分と遅いし、順番も逆になっちゃったけど…………」


 すぅ、はぁ、と深呼吸をひとつ、楯ははっきりと告げた。


「僕と付き合ってください、恋人になって、将来は結婚してください小路山エイルさん。君が好きです、愛おしくて愛おしくて狂ってしまいそうなんだ。だから……僕の恋人になって欲しい、これからも一緒に暮らして欲しい」


 そう言い切った瞬間、楯の耳には息を飲む音が聞こえた。

 返答を考えてくれてる筈だ、イエスと言ってくれる筈だ。

 しかし、もしもと考えてしまうと胸が不安でドキドキと高鳴る、只でさえ彼女への愛おしさで心臓が限界なのに緊張で死んでしまいそう。


(やっと……やっと聞けた、それが聞きたかったの、他の何より、たぁ君の気持ちが聞きたかったの――)


 この気持ちをなんと表現しよう、嬉しいという単語では物足りなさすぎるこの感情を。

 もう頭の中が堅木楯という存在一色で埋められている、己を抱きしめている男が自分の、自分だけの男だと確信できる。

 脳髄が痺れるようなときめきの嵐の中、エイルは素直な気持ちを伝えた。


「――――はいっ、喜んで! アタシも大好き、愛してるわ楯!! ずっと、ずっとそう言ってくれるのを待ってた、待たせすぎなのよバカぁ!!」


「ごめん、気が付くのが遅くて」


「いいの、アタシも素直になれなかったから。アンタから言って欲しくて、でもどうしていいか分からなくて暴走してたもん」


「…………そんな所も愛してる、大好きだよエイル」


「アタシも、アンタの変な所でぬけてる癖に肝心なところは間違えない所も好きよ、愛してる――」


 二人は見つめ合って、静かに瞳を閉じた。

 言葉は要らない、顔と顔を近づけ、唇と唇が合わさって。

 ――――二人は、何より幸せなキスをした。

 その直後に秀哉と雪希はプールに入ってきて、キスしている楯とエイルをばっちり目撃。


「…………問題は解決したみたいだが」


「暫くそっとしておいた方が……いえ、でも二人ともびしょ濡れよね? プールに落ちちゃった?」


「かもしれないな、後一分待って声をかけよう」


「替えの服を部室から持ってきましょう、……ふふっ、大喧嘩したのかと思えばこんなドラマチックにキスしちゃうなんて……やっぱり二人はお似合いね」


「だな、俺達も負けないようにイチャイチャしよう」


 親友達から憧れの視線を向けられているのに気付かず、楯とエイルは呼ばれるまでずっとキスしていたのだった。






※次回エピローグ


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