第17話/負けヒロインと僕がちょっとだけ離れてた時



 前浜雪希と二人っきりの今、告白して失敗するも意識させるには絶好の機会だ。

 今の関係を脱出し前に進めるなら、相方達がトイレにいない間というのは少々色気がないが仕方ないというもの。

 でも。


(前浜さんも、秀哉も)


 傷つくだろう、冗談として流されるとしても痼りが残る。

 けどそれ以上に。


(…………アイツの泣き顔が思い浮かぶんだよなぁ)


 エイルを泣かせる訳にはいかない、何より恋人ごっことはいえ不義理がすぎる。

 加えて、彼女と再会した時に楯は決めたのだ泣かせることはしない、と。

 彼が苦笑をひとつ肩の力を抜いた時、雪希は楯とエイルの関係のことを考えていた。


(高校時代は付き合ってるような距離感だった、だから私達もクラスの皆もそうだって思ってた)


 でもあの日、朝帰りの瞬間に出くわしてしまった時から。

 エイルの態度はあからさまに恋人のソレに、雪希の見たことのない顔が出続けている。

 最初はそれが、自分たちを気遣ってイチャイチャしないように我慢させていたと思っていたが。


(――本当にそうなの? やっぱり……少しだけひっかかる)


 彼女の知る限り、エイルは身持ちが堅い女の子であった。

 男性の視線を嫌悪し、それこそ雪希達が見ている前でも楯と手を繋ぐことすらなかった。

 それは雪希達がいない時も同じだったと、当時クラスメイトから聞いた覚えがある。


(私は何を警戒しているの? エイルが騙されていること? …………ううん、違う、私が心配しているのは)


 楯がエイルに無理をさせていないか、悲しませていないか。

 彼女は親友だから、幸せになって欲しい。

 だから。


「――ねぇ堅木君、聞きたいことがあるの」


「ん? なんだい前浜さん。君に聞かれて言えないことは殆どないんだ、なんでも聞いてよ!!」


「じゃあ遠慮なく、……堅木君はエイルのどこを好きになったの? 不躾な質問だけど本当に愛してる? 無理させてない? ――――エイルを幸せにしたいって思ってくれている?」


「ッ!? ……あー、そういう質問ね。どー答えたものかなぁ」


 曖昧な顔で動揺を隠し、楯は遠い目をした。

 予想外の質問だったからではない、全てをイエスと心から即答しようとした自分に気づいてしまったからだ。


(そっか、僕は……)


 ふっと笑みがこぼれた、始まりは事故だったかもしれない。

 でもいつの間にか、こんなにもエイルは心の中で大きくなっていたのかと。


「――――少しだけ、聞いてくれるかな。僕の子供の頃の話なんだけど」


「子供の頃の?」


「うん、そんでさ……エイルにはまだ言わないで欲しい、アイツ忘れてるみたいだから自分で思い出して欲しいんだ」


「いいけど……」


 懐かしいなぁとこぼしながら、楯は続けた。


「小学校あがった頃の話なんだけどさ、その頃って放課後は秀哉と一緒に遊び倒す日々だったんだけど……」


「秀哉君が言ってた、赤ちゃんの頃からの付き合いだって」


「そうなんだよ、だから何をするのもずっと一緒でさ。……でもあの時は珍しく僕一人だったんだよ」


「もしかして……エイルと出会った?」


 楯の中で大切な思い出、なにせ。


「――命を救われたんだ。隣の小学校の近くの川まで探検しに行ってて……子犬が流されてるのを見ちゃってさ、助けようと川に入ったんだ……笑っちゃうよね、だってその時の僕って泳げなかったんだよ?」


「その時にエイルに助けられた?」


「うん、子犬と一緒に助けられた。今でも覚えてる、その頃は僕と同じぐらいの背丈で、ツインテールでもなくて……泳ぎがすっごい上手だったんだ、大人顔負けってやつ? ――――岸についた時、もう大丈夫だからって抱きしめてくれた時の笑顔は今も忘れてない」


 まるで特撮ヒーローのような安心する笑顔、力強さ。

 あの時の楯にとって、正しく彼女はヒーローだった。

 残念なことにいくら探してもその日以降、高校で再会するまで会えなかったのではあるが。


「…………大事な思い出なのね、――うん? エイルってまだそれ思い出してないの??」


「そうなんだよ、僕は高校で再会した瞬間分かったんだけどエイルは全然でさ。……でも、だからこそ今度は僕がエイルを助けて、幸せにするって思ったんだ、エイルが幸せになるなら何でもしようって。――――ま、その時は恋人になるなんて思ってもいなかったんだけど」


「一緒にいる内に?」


「そんな感じ、……これで質問の答えになったかい?」


「ええ、十分。――ありがとう大切な思い出を聞かせてくれて、エイルには内緒にしておくわ。……やっぱり貴男にならエイルは任せられる、ううん、貴男じゃないとエイルは幸せにならないのよ、ごめんなさい疑ってしまって」


「いいんだ、それだけ前浜さんはエイルが大切なんだろう? こちらこそ聞いてくれてありがとう」


 そう微笑んだ楯の顔はとても優しくて、エイルのことが愛おしくて仕方がないという風に雪希には見えた。

 楯とエイル、二人の大切な人が自分たちと一緒に幸せになる、それはなんて素敵なのだろうと笑みを浮かべて。

 ――――それを、見ていた者がいた。


「楽しそうに話してるな、……小路山さん? どうした、そんなカチンコチンに固まって」


「…………う、うん、なんでもない、ナンデモナイ――――」


 秀哉は親友と恋人の仲がいいのは喜ばしいと、エイルの心の中に吹き荒れるのは。


(なん、で――)


 離れたところから見ているから、何を話しているか分からない、でも表情は分かる。

 二人はいい雰囲気で、楯なんかは見たこともないぐらい優しい顔で笑って。


(――――どうしてアタシじゃないの? アタシじゃ駄目なの?)


 違う、そうじゃない、二人が上手くいく事は歓迎すべきことだ。

 そうなれば己は千作秀哉と、でもどうしてこんなに胸が痛むのか、ムカムカとして、今にも吐いてしまいそうな不快感。

 イヤ、イヤだ、楯を盗られてしまうと、身を焦がすような焦燥感、何より胸にぽっかり穴が空いたような喪失感が襲ってきて。


(アタシ…………楯のこと、本気で好きなんだ――)


 千作秀哉が好きだから、それはきっと憧れで。

 好きじゃないと一緒にいる理由がないと、無意識に思っていて。

 だから、だから、だから。


(もう誤魔化すことなんて、アタシにはできない)


 手遅れかもしれない、また負けてしまうかもしれない。

 でもこの恋だけは、楯への愛は裏切れない。

 ――エイルは隣の秀哉を見る、彼女の形相に彼はギョっとして。


「え、えっと……小路山さん? 俺、なんかしちゃった?」


「ううん、ただ少しだけ教えて欲しいことがあるの」


「わかった、何でも答える、答えるから……」


「どうしたの千作君? そんなに怯えて」


 下手なことを言えば殺される、そんな恐ろしさが今のエイルにはあった。

 秀哉は顔を上下に何回も振って、少しでも機嫌を損ねないように必死。

 彼女は彼の様子に気づかず、無意識に威圧して。


「たぁ君のこと、もっともーっと知りたいの。性癖とか小さな頃のこととか、アタシが知らないことってまだまだあると思うから――――全部話して、包み隠さず些細なことから、アルバムの写真もあるならコピーして全部、それから…………」


「まかせてくれッッッ!! アイツの親友で幼馴染みの威信にかけて……全てを暴露しよう」


 すまない楯、俺は弱い……、でもたぶんお前が悪い、と思いながら秀哉は楯について知っている事を全て話す約束をした。

 その後、表面上は何事もなくダブルデートは進み。

 夕食の後で四人は笑顔で別れ、そして。


「ただいまー、あー、今日は楽しかった!! じゃあ風呂いれてくるから沸いたら先に入りなよエイル」


「ありがと、でも今日はアンタに譲ってあげるわ先に入って」


「そう? わかった、ありがたく先に入らせてもらうよ」


 楯が風呂場に行き、エイルはリビングに残される。

 過ちは繰り返さない、この恋の戦いに頼れる仲間はもういないのだから、小さな機会だって見逃せなくて。

 雪希に囚われている彼の心を、エイルで塗り替えるのだ。


(――――告白するのよ!! 帰る前に買った例のアレを着て、たぁ君の身も心もアタシでメロメロにするのよ!! 頑張れアタシ!!)


 ベッドの支度をしながら、エイルは決意を固めたのであった。 


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