第20話/負けヒロインと僕が両片思いだった時



 エイルの異変はお弁当だけに留まらなかった、家に誰もいない事を確認してから大学へ出発した筈なのに。

 感じる、何やら背中に視線が突き刺さっているような気がして。

 振り向くべきか、誰が見てるかなんて楯には分かり切っているが確認せねばならない。


(今っ――――、うーん、電柱に隠れてるけどおっぱいデカくてそこだけ飛び出てるし、ついでにツインテールも片方隠れてない、どうみてもエイルだ)


(ひゃっ!? き、気づかれた? 気づかれてないわよね!? ううっ、なんでアタシはお弁当なんか、それに先に大学行くつもりだったのに何故か尾行しちゃってるしぃ!!)


(ヘタに近づくと逃げそうだな、気づかないフリして進むとして…………なんでコイツ、妙に距離を取ってるんだ? お弁当作ってくれたし嫌われてるどころか好かれてるとは思うんだけど、なんでだ??)


(せぇーーふッ!! 圧倒的セーフ!! やはりアタシのストーキング術は完璧だったようね!! そりゃあ? いつもするより近づいちゃったかなーって、うっかり見惚れて隠れるの遅くなったかもって思ったけど…………うう、意識しちゃったら恥ずかしくて顔が見れない、でも隣を歩きたいよぉ)


 いつまでこのままなのか、楯が大学に着いてもそのまま。

 講義を受ける為に教室に入っても、エイルは楯の隣に座らず真後ろの席へ。

 こんな事は初めてだった、いつだって彼女は彼の隣に居て。


「エイルが隣にいないと落ち着かないなぁ……」


(ひぅっ!? ぼそっと言った!? 聞き逃さなかったわよ確かに聞いた!! あ、アタシが隣にいないと落ち着かないって……アンタ、どんだけアタシのことが好きなのよぉ、もーー、困っちゃうわよぉ~~っ!!)


 少し離れた席から二人の様子を見ていた秀哉と雪希は、顔を見合わせて苦笑して。

 少し寂しそうな楯に、後ろで体をクネクネさせているエイル。

 周囲の者達は、最近頭角を表したバカップルの痴話喧嘩プレイかと生温かい目で見て。


(うっ、視線が痛いっ。いったい後ろはどーなってんだよ!! エイルは何をしてるの!? 振り向くの怖いんだけどぉ!!)


(くんかーー!! くんかーーーー!! たぁ君のスメル……脳にキまるぅ!! 気づいて、こらって言って欲しいけどこっち見ないで欲しいの!! ああ……どうしてたぁ君はたぁ君なの? たぁ君がアタシを好きすぎて頭がフットーするよぉ…………!!)


 エイルは楯が振り向かないのをいい事に、頭の匂いを嗅いだり楯の頭の後ろとツーショットしたり。

 講義そっちのけで目を見開きガン見、当然ルーズリーフには講義内容ではなく楯のリアルタイム観察記録。

 その癖、教授に当てられても正しい答えを言えていたのだから彼が気づける訳がなく。


(ううっ、次の教室の移動でも尾行してるのかよ!! …………どーしたものかなぁ)


(気づかなくてションボリしてるたぁ君も可愛いっ、きゅんきゅんしちゃうわよッッッ!!)


 次の講義でも同じ事が繰り返され、そして昼休みである。

 さてどこで食べようか、席から立ち上がる前に近くに座っていた秀哉と雪希に顔を向けると苦笑して首を横に。

 謎の気遣いをされている、楯も苦笑しながら二人と合流せずに学食へ。


(隅に座れば流石に僕から見える所に座るはず……だよね?)


(わくわく、わくわく、早くたぁ君お弁当開けないかなー、驚いてくれるわよね? 喜んで……くれるわよね?)


(――秀哉と前浜さん、今日は見物に回る気だね?? 楽しそうに一つ前の席にさぁ、わざわざ僕の方向いて座ってさぁ…………まぁ、エイルが僕の横に来るようにしたんだろうけど)


(まだかな、まだかなぁ、心をこめて作ったんだから、…………全部、食べてくれる……よね?)


 楯は学食の奥の隅の席に、その壁側に座った。

 その前のテーブルに秀哉と雪希が着席した事により、エイルは楯に隣のテーブルへ。

 彼女の期待に満ちた視線を感じ、そちらを向くと。


(はわわわわわっ、バレるっ、バレちゃう!!)


(いやー、いい感じに脳が茹だってる感じしてるね。それで隠れてるつもりなのかい?? というか……耳まで真っ赤になってさ、手で顔を隠してるの可愛すぎない? 今日はツインテールだからうなじが見えてるのも僕的にポイント高い)


 楯はエイルをしみじみと見たが、いつまでもそうしている訳にはいかない。

 彼女が作ってくれたお弁当箱をカバンからテーブルの上へ。

 ピンクの巾着袋から取り出すと、二段になっているピンクのお弁当箱が。


(ああ、なんか見覚えがあると思えば。そういえば高校の時にエイルが使ってたっけ、……前浜さんとお揃いだから、それで取り違えてひと騒動あったっけ)


 懐かしいと思いつつ上の蓋を開く、すると楯の口から「ぉ!」と小さな感嘆が漏れた。

 小さな手作りハンバーグ、タコさんウインナー、唐揚げ、ブロッコリーとミニトマト。

 全てが彼の好物で構成されている、しかもご丁寧にハンバーグと唐揚げの下にはミニパスタの下敷きが。


(おかずだけで手間かかりすぎてない!? どれも作り置きとか冷凍とか無かったし、え? 僕が寝てる間に1から作って台所を綺麗に片づけて…………、あれ? もしやエイルから本気で愛されてる?? だって――)


 高校時代、いつも一緒に居たし時には早朝に呼び出され秀哉へ贈るお弁当作りを手伝わされている。

 だから知っているのだ、彼女は秀哉にすらこんなに手の込んだお弁当を作っていない。

 当時はまだ料理の腕がそれなりだった事を差し引いても、ここまで手間暇かけていないと断言できてしまうのだ。


(――――…………ごくり、下は白米だけの筈だけど)


 ここまで来たら、何かを期待してしまう。

 ちらりと横目でエイルの顔を伺うと、興奮気味に見ていて。

 前の二人は興味津々で、何かあると確信しながら下の段の蓋を取る。

 すると。


「――――っ!!」


「おおー」「まぁっ」


 思わず声が漏れそうになった、前の二人など堂々と関心している。


(桜でんぶのでっかいハートと海苔でLOVEの文字ッッッ!!)


 あまりの愛妻弁当っぷりに頭がくらくらする、愛情満載で絶対に美味しいやつである。

 だが、このまま普通に食べて終わりでいいのか。

 楯の中で負けん気の炎が燃え上がる、こんな羞恥プレイを一人でしなければいけないのか、何より隣のテーブルにエイルが居るのに何故に一人で食べなければいけないのか。


「…………あー、困ったナー。金髪の可愛い子の食べさせて貰わないと食べれないナー、こんなに美味しそうなのにナー」


「っ!?」


「今すぐ来てくれるならサービスするんだけどナー、あと五秒ぐらいで受付終了けど勿体ないナー、五、四……」


(終わっちゃう!? あわわわッ、アタシどうすれば――)


「三、……二、……」


「は、はい!! ここに居るわ!! ま、まぁ? アンタと一緒にお昼を食べる可愛い女の子ってアタシぐらいだし? 感謝しても――――きゃっ!!」


「はい確保、もう逃げられないから、絶対に逃がさないからね」


「ッッッ!? ぁ、ぅ…………っ」


 ひっかかってしまった、こんな見え見えの罠に、しかも強引に膝の上に座らさせたとエイルは首筋まで真っ赤になって俯いた。

 しかもただ膝の上じゃない、お姫様だっこでしっかり捕まれて逃げれないのだ、腕力に任せた電光石火の早業に彼女は反応も抵抗も出来ず。

 逞しい胸板にきゅんとしながら、こわごわと彼の顔を見ると。


(――――これ、ダメなやつ、う゛ぅ゛っ……、お弁当だけじゃなくてアタシも食べられちゃうやつだぁ……)


 幸いなことにここは学食、流石に彼もある程度は自制するだろう。

 だが午後の講義が終わり家に着くまで、否、食べ終わったすぐに何処かへ連れ込まれてしまうかもしれない。

 前の席の二人には分からないだろうが、エイルは確かに理解した。


(眼鏡の奥のたぁ君の目……ケダモノになってる、本気でアタシを求めてる時の瞳をしてる――)


 エイルもまた、楯のことを理解していた。

 彼女から見た彼の本質、彼自身ですら気づいていない本性。

 獣、執念深く慎重に、時に苛烈さをもって獲物を狩る獣欲の権化。


(アタシだけに向ける、たぁ君の目……)


 彼にとって、女とは獲物であり、愛とは捕食である。

 以前は確かに雪希へ向けられていた、でも気づけば見なくなって、あの夜以降はずっと、より強い眼光がエイルに向けられている。

 彼自身は気づいていないのに、己にとっての極上の獲物が雪希ではなくエイルだと気づいた事を。


(アタシはコイツの――)


 この瞳の光に魅せられて、お邪魔虫戦線の申し出を受けたのだ。

 この危険な輝きがあったから、雪希と結ばれて欲しいと心から思っていたのだ。

 でも今は、余すところなくエイル自身へ向けられている。


「ほら、食べさせてよエイル」


「わ、わかったから……急かさないでよ。……はい、あーん」


「あーん、……んぐんぐ、――――美味い、マジで美味い、え?? 今までの何より美味しいんだけど?? エイルまた料理の腕を上げたね! それに……愛、感じちゃうなぁ」


「~~~~ッッッ!! ば、ばかっ、黙って食べろ、食べなさい、食べてよ……頭撫でるな、逃げないから、強く抱きしめないでよ…………」


「おーい秀哉、すまないけどエイルのお弁当取ってくれない? 僕もあーんしてエイルに食べさせない使命があるんだ」


「使命なら仕方ない、協力するぜ!!」


「エイル愛されてるわねー、見てるこっちが恥ずかしくなりそうっ」


「もうっ、二人とも後で覚えておきなさいよッ!!」


 こうして楯とエイルはラブラブ愛妻弁当な昼ご飯を堪能、しかし食後に彼女は。


「べ、別にアンタの為に作ったんじゃないから、アタシが食べたかったからお弁当を作っただけ、……他意はないんだから、うん、他意なんて、ないんだからねっ」


「はいはい」


 照れ隠しだ、なんて可愛い奴なんだろうかと楯は思ったが。


(――――あれ? これマジで他意がないやつでツンデレじゃなかったどうしよう??)


 ふと、心配になってしまった。

 食後の彼女は楯の胸板に顔をすりすりして幸せそう、どこからどう見ても相思相愛、両思いに思えるが。

 万が一、億が一、あの言葉が照れ隠しではなくそのままの意味であったなら…………楯はもう立ち直れないかもしれないと。


(――――――ヨシッ、講義終わって帰ったら確かめよう! もしダメでも諦めないけども!! 今確かめたら講義が頭に入らなくなるからね!! 決して、決して怖くなったからじゃないから!!)


(あれ? なんかコイツ大人しく…………?? ま、いいわ、すりすり~~、午後の講義の前に楯ニウムをチャージ! くぅっ、キまるわよぉ!!)


 ここでまたも楯はヘタレて、しかしトイレ以外でエイルの手を掴んで片時も離さない積極性を見せて。

 ともあれ帰宅後、さぁどうやって彼女の気持ちを確かめるかとアダルトショップで買った品々を眺めながら考え始めたのであった。


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