第8話/負けヒロインと僕が酒に頼らなかった時



 ――セックスも、朝起きたら隣に裸の異性が居るのも慣れた。

 だが、ない、これはない、どうかしてる、楯とエイルはベッドの上に座り。

 背中合わせで仲良く頭をかかえた、だってそうだ。


(右腕で腕枕してるのはまだいいけどさぁ!! なんで空いてる筈の左手で恋人繋ぎしたまま寝てるのかなぁ僕ら!!)


(不覚ッッッ、コイツが目を覚ますの後一秒遅かったら寝ぼけてキスして起こそうとしてたとかありえない!! ちょっとセックスしただけでチョロすぎじゃないのアタシィ!!)


(足も絡ませてたよなぁ……、完全に恋人扱いしてるじゃないか!! しかも幸せだなー、とか思っちゃったし!!)


(…………まぁ、この際、ラブラブカップルみたいな起きかた未遂なのはいいのよ、問題は――)


 エイルは火照った顔を隠すように、頬を両手で挟む。

 楯は右手でシーツをギュっと握り、左手は己の心臓へ。

 ドキドキ、ドキドキ、どうかこの音が聞こえていませんようにと。


(めっっっちゃ恥ずかしくてコイツの顔が見れないよ?? これって恋のときめきじゃなかろうね?? ――くっ、助けてくれ僕のイマジマリー雪希さん!! あ、恋です? いやー、そんなバカな、今更コイツを女として意識しちゃって直視できないとか、そんな…………)


(考えるのよアタシ、想像するの千作君のことを、そうすればこんなの気の迷いなんだから…………あ゛あ゛あ゛ッ!! なんでこのバカが優しく抱きしめてくるイメージしか浮かばないのよ!!)


(お、落ち着けぇ……僕らはそんな関係じゃない、そりゃあ酒で事故って朝チュンを繰り返してお互いの体にドハマリしてるかもしれないけど、そこに恋愛感情はない筈なんだ、僕にとってエイルは戦友で、恩人で…………だから、いつもの三割増しで可愛くみえるとか思ってないから!! いつものツインテールじゃなくて、今は寝起きで、少し乱れた金髪がセクシーとか思ってないから!!)


(――――ふっ、今のアタシにはッ、寝起きの掠れ声で「おはようエイル、キスしたら起きてくれるかい」なんて言われたら堕ちる自信があるッッッ!!)


 朝っぱらから二人は限界寸前、自分がどう思ってるか、相手をどう考えているか、思考が暴走高速回転して己自身で理解できていない。

 何かのきっかけがあれば、何か大事な天秤が傾いてしまうような予感。

 落ち着け、今は落ち着いて服を着るべきだと二人が行動を起こした瞬間であった。


「ひゃん!?」


「…………っ!! お、大袈裟なだなオジー、ちょっと指先が触れただけじゃないか(心臓爆発して死ぬううううううう!!)」


「………………ば、ばかぁ……、えっち ――きゃっ!?」


「…………………………あれ?? なんで抱きしめたんだ僕??」


「~~~~っ、ぁ~~~~ぅ!!」


 指先が触れて、エイルがらしくない声を出して。

 思わず振り返ったら白いシーツを身に纏い、恥ずかしそうに上目遣いで震えている彼女が。

 動いていた、完全に無意識だった、心臓が痛いぐらいに甘く鳴り響いたから抱きしめてしまっただけ。


(うううううっ、ずるい、ずるいよ楯、たぁ君……、アタシとアンタは、ただの戦友で、これはただ事故と不幸が重なった結果ってだけなのにぃ)


 見てしまった、抱きしめられる瞬間、彼がせつなそうな顔をしていたのを。

 寝起きでメガネをかけていなかったから、特に新鮮に見えただけ、そんな自分への言い聞かせなんて意味をなさず。

 うっとりと身を預けてしまう、はぁ、と濡れた吐息を出してしまう。


(…………ヤバイ、このままキスしちゃいそう)


(しちゃうの楯……、アタシともう一度、素面のままでキス……しちゃうの?)


(クソッ、睫長いんだよ、スゲー綺麗にみえるし、青い瞳に吸い込まれそうっていうかさぁッ!!)


(だめ……たぁ君の唇から目が離せないよ…………)


 このままだとキスしてしまう、何かが新しく始まってしまう。

 それを嬉しいと思うから、怖い。

 今までの恋路の否定ではなく、その延長線上にあるからこそ。


「――ふんぬッ!!」「どっせい――ッ!!」


 ガン、といい音が頭蓋骨から鳴り響いた。

 思った以上の衝撃でくらくらして目を瞑る、と鈍痛に思わず額を押さえて。

 ゆっくりと瞼を開くと、同じポーズの相方が。


「ああもうッ!! 痛いんだけどオジー!?」


「アンタこそ思いっきり頭突きしたでしょうが!!」


「仕方ないだろ!! 君はまたキスしたかったのかい!?」


「そんな訳ないでしょ! そもそもアンタが抱きしめたのがダメなんじゃない!! トキめかせるんじゃないわよ!!」


 この女は何を言っているのか、と楯は臨戦態勢になった。

 トキめく、なんて耳を疑う発言だろうか。

 目の前の全裸金髪巨乳女は責任を押しつけている、許すことはできない。


「いっておくけどな、僕が流されたのは君が魅力的すぎるからだ。なんだいその白い肌、すべすべの癖に手に吸いつくようなしっとり感。――それで僕を誘惑してないって??」


「はー?? 鍛えた胸板を見せつけて、この女はオレのだーみたいに独占欲満々な感じで抱きしめて来たのは誰なんですぅ~~??」


「最初に変な声だしたの君だろ? あんな恋する乙女が恥ずかしさの余りに思わず出したって声を聞かされてさ…………抱きしめる以外の選択肢があるなら言ってくれよ!!」


「は?? 頭キタわ、ステゴロで勝負してもいいのよ!! 殴り合ってる内に燃え上がってセックスになだれ込まない自信があるのならね!! アタシにはないわ!!」


「僕にもないよそんなの!! 絶対にダメなやつじゃないか!!」


 がるがる、ばうばう、両者は睨みあいながら慎重に後退する。

 そしてベッドから降りて、相手から視線を外さないまま着替える。

 今は距離を置いて少しでも落ち着く事が先決だ、しかし出来るだけ近くに居たいと思う矛盾。

 ――二人はお互いを威嚇しながら。


「今日の予定は一日引っ越しの荷解きの続き、いいわね?」


「勿論、君も僕もまだ終わってないからね。特に君は謎のもう一部屋が手つかずだし」


「そっちを優先して片づけるから、絶対に入ってこないで、それからお昼になったらドアの外から呼んで」


「夕食の準備は?」


「二人で近所のスーパーに買い出し、その頃には落ち着いている筈よ」


「分かった、じゃあ今日の作業終了は五時だね。――――くれぐれも気を付けてくれよパンチラ一つでアウトって考えて、このままだと僕らは……」


「アンタもアタシを誘惑しないように気を付けなさい、…………円満破局の前に、でき婚したくなければ――ッ」


 この調子で円満破局なんてできるのだろうか、二人は決意を揺らがせながら引っ越しの片づけを開始した。

 黙々と体を動かす、隣に彼が、彼女がいない故に考えてしまう。

 何故、こうも惹かれてしまうのだろう、どうしてあの人に告白すら出来なかったのだろう、と。


(エイルといると……安心するんだよな、もしかしなくても前浜さんより長く一緒の時間を過ごしてるし)


(アタシが失敗して泣いた時も、アイツが落ち込んで死にそうな顔してた時も……、千作君とはデートすらしてないってのに、アイツとは作戦会議と称して食べ歩きして)


(一度もそんな目でみた事はなかったのに、ドキっともしなかったのに、でも、エイルと一緒に居るのが当たり前になってた)


(いつの間にかお互いに遠慮がなくなって、――懐かしい、アイツの筋トレに付き合った時も沢山あったっけ……)


 気付けば思い出が増えていた、でもそれは秀哉と雪希との思い出も同じ。

 一番近くで見てきたから、己が恋愛対象として見られてないと何度も痛感した。

 一番近くに居たから、親友になっていると、向こうもそう思っていくれている事が嬉しくて。


「――――結局、恐がりだったのかもしれないね僕は。秀哉との関係を崩したくなくて、でも秀哉しか見てない雪希さんを傷つけたくなくて」


 楯は一人呟く、エイルもまた誰に言うでもなく呟いた。


「雪希の為に頑張る千作君をさ、いまも好きよ。それと同じぐらい千作君の為に色んなモノを乗り越えてきた雪希を尊敬してる」


 好きな人も、恋敵も、どちらも大切なヒト。

 だから邪魔しようとして、最後に踏みとどまってむしろ応援して、失敗して落ち込んでの繰り返し……。

 などと考えている内に、二人は己達が戦う意味を取り戻した。

 ――綺麗になったリビングに夕日が差し込む、二人は珈琲を飲んでいる。

 そろそろ認めなくてはいけない、二人にとって色々なことを。


「考えたんだ、僕らは……いや、僕は怖かったんだと思う」


「奇遇ね、アタシも同じよ、雪希を押しのけてまで愛される自信がなかったのかもしれないって」


「うん、だから僕らはヘタレ続けてきたんだ。……どうしたら治ると思うかい?」


「たぶん……、アンタへの気持ちをナアナアにしてるうちは、どうにもならないでしょうね」


「…………踏み込むべきだ、僕はそう思う」


 何が、何を、とエイルは問わなかった。

 彼女も同じ気持ちだったから、彼が言い出さなければ言っていただろう。

 視線を合わす、彼の顔が少し赤いのは夕日のせいかもしれない、きっと己の顔も同じでと。


「ごはん食べたらさたぁ君、セックスしましょうよ」


「ならさ、肯定感を高めるためにお互いに誉めあいながらスるってのはどう?」


「当然、お酒はナシよね?」


「勿論、お酒の所為にしちゃダメだからね。――僕に男としての自信をつけさせてくれエイル、代わりに君を女としての自信をつけさせる」


「――――後悔しないわね?」


「うん、僕は前浜さんが好きだし、それに……君の為になりたいんだ」


「何カッコイイこと言ってんのよ、じゃあ決まったなら晩ご飯の買い出しに行きましょ」


 そうして二人は、初めてお酒に頼らず体を重ねた。

 照れくさくもあり、言葉にできない興奮があって。

 何度も何度も交わって、空が白む頃、疲れ果て荒い吐息の二人は恥ずかしそうな顔で恋人みたいに抱きしめあって寝た。

 ――眠りに落ちる瞬間。


(…………そういえば、コイツが何度も言ってる恩って何なのかしら。聞いても教えてくれないけど……、アタシの勘だとヘタレる原因の一つだと思うんだけど)


(考えてみれば不自然だよね、私室の他にもう一部屋独占してさ、しかも僕に入ってくるな、なんて。――あれ絶対、エイルがヘタれる原因の一つでしょ、経験から分かるって)


 踏み込まないといけない。

 ヘタレ解消の為にも、楯とエイルはお互いの秘密を探ろうと考えたのであった。


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