第10話/負けヒロインと僕が特訓を試みた時



「じゃあ、何があるか見させて貰うけど……君に抵抗する権利も説明を求めた時に嘘を言ったり無言になる権利も、それから僕の見落としをスルーする権利もないから、わかったかい?」


「そ、その……楯? 怒ってる? 引いたよね?」


「うん? ああ、勘違いさせたね。――ただヒドく驚きすぎただけだし、むしろ使命感ってのが燃えがってる感じ? それから……」


 正座のままエイルは緊張の面もちで、楯の言葉の続きを待った。

 彼は本気で引いていない様子であり、怒ってもいない感じであった、彼女が怖いのは失望される事だ。


(――ぇ? なんでアタシ……)


 そのことに戸惑う、堅木楯という存在が思ったより大きくなっているのに気付いてしまったからだ。

 少し前まで近すぎたから気付かなくて、今は一線を越えてしまったから気付いていてしまって。

 だから、彼が黙った一瞬が永遠にも思える、次の言葉はなんだろうか、断頭台で処刑を待つ罪人のように祈り――。


「――――君は凄いよエイル、ヒトは誰かをここまで一途に愛せるんだね。うん、誇っていい、この部屋を見て僕は衝撃を受けたんだ、愛の深さで負けたってね、……まぁ、常識的に考えて秀哉を刺し殺す前に矯正しなきゃって思ったのも確かだけど」


「誉めるか貶すかどっちかにしなさいよッ!! …………でも、ありがと。そんな風に言われるだなんて思ってもみなかったわ」


「理解のある僕に感謝するんだね! まぁ理解したって事は僕にもそういう素質があるんだろうけど、――コホン、ともかくだ」


「ああ、何を聞きたいの? 何でも話してあげる!!」


 小路山エイルは千作秀哉のストーカーだった。

 楯は今までの色々なことに腑に落ちた、しかし確認は必要で。


「少しは申し訳なさそうにして? ……確認なんだけど、秀哉と前浜さんを邪魔する時ってさ君のナビゲートに従って行動する時が多かったじゃん」


「それね、楯が今考えてる通りよ。千作君の行動パターンを記録して覚えて、その時に一番可能性が高いパターン予測してアンタに指示するだけってね」


「いやそれ凄くない!? 頭脳派の秀哉でもそんなコトできないよ!?」


「いやいや千作君には負けるわよ、だって千作君ってアイディア一つでひっくり返してくるタイプでしょ? それから雪希は十重二十重に計画練ってくるタイプじゃない」


「まぁ、恋愛のことになった途端に裏目ったりするから、見てらんなくてサポートしてた節はあるけどね僕ら」


「それに関してはアタシらも二人のこと言えないわね……」


 遠い目をするエイル、だが気持ちはすっかり落ち着いて。

 なんて理解力のあるヤツなのだろう、と楯を見直す。

 コイツが本当に彼氏だったら……なんて一瞬思ってしまう程だ。


「――じゃあ、そろそろ建設的な話し合いをしようか。議題は君のストーカー癖の矯正だ」


「やっぱり治した方がいいわよねぇ……」


「僕個人はいいけどね? 秀哉も自分が好きなヒトがそうなら……って気もするけどさ。現実として片思いな上に異性として好意があることすら認識されてない訳じゃん? ま、それは僕も同じだけども」


「そうね、いい切欠なのかもしれないわ。アタシも薄々はダメだって思ってたの、最初は魔が差して千作君が捨てた小さくなった消しゴムをゴミ箱から拾うだけだったのに……」


「なるほど、一度やってしまって、それで満足できなくなっちゃったんだね。気持ちは分かるよ、僕も高校の時の修学旅行の写真とかさ、僕が写ってないのに前浜さんのを買ったし」


 楯は懐かしそうに目を細めた、同意に苦虫を噛み潰したような表情もしている。

 どうしてあの時の自分は、ヘタれて勇気を出せなかったのか。

 理由は自覚しているが、今でも後悔は残っている。


「いやー、今考えても悪手だった、実は秀哉も一緒に買ってたんだけどバレた時に咄嗟にアイツの所為にしちゃったんだよね! お金が足りなくてお前が買えなかった分、僕が代わりに買っておいたぞって」


「ああ、あれね……。ホントに悪手だったわ、あの時の雪希ったら口では戸惑ってたけど超嬉しそうだったもの」


「だよねだよねっ!! 僕もさぁ、秀哉のやつに凄い感謝されて……――って、思い出した、そういえば君も秀哉の買ってたし前浜さんにあげてたよね? もしかして……」


「………………ふっ、それ以上言うと泣くわよ!! あの頃にはもうストーカーとして隠し撮りも日常茶飯事だったのに、表だって手に入れられるからって思ったのに!! 買ったの全部あげちゃったわよ雪希に!! だってしょうがないじゃない!! あの子、恥ずかしくて買えなかった癖に涙目になって悲しんでたんだから!!」


「…………ううっ、自業自得だけど大変だったんだなエイルっ!! 辛かったよな戦友!!」


「アンタも辛かったわよね、分かるわ戦友!!」


 二人は秀哉の写真に囲まれた部屋の中で、ひしっと抱きしめあう。

 失恋を、恋の失敗を、お邪魔虫にすらなったのに告白すら出来なかった悔しさを、分かち合えるヒトがここに居る。

 お互いの存在の大切さを、うっかり再認識してしまった。


「何度も失敗した僕らは、それでもって立ち上がってきた!! だから今回もそうしよう、頑張ってストーキング癖を治すんだ!!」 


「でも……どうすればいいか、もう日常になってるんだもん」


 どうしたものか、と楯は悩んだ。

 ヒントになるものがないかと無意識にストーキング部屋を見渡す、当然、目にはいるのは秀哉の盗撮写真と彼が捨てた私物の数々。

 一室を埋める程の情熱を、果たして本当に治すことが出来るのだろうか、その情熱を少しでも別に向けさせられれば話は違ってくるのだろうが。


「――――あ、そっか」


「何かあるのね!! さぁ言いなさい、今なら何でも言うこと聞くわよ!!」


「根本的な解決になるか分かんないんだけさ、一つだけ、ストーキングを止めなくても治す方法はある……と思う」


「え!? 止めなくても!? 本当に!?」


「うん、どうだろう、…………秀哉だけじゃなくても僕をストーキングして、君の情熱を分散させて行くっていうのは」


「おおおおおおおっ!? 確かに! それはナイスアイディアって気がするわ!!」


 エイルは目から鱗が落ちた気分であった、言われてみればその通りだ。

 秀哉へのストーキングが問題なのであって、代わりに他の人物へのストーキングをすれば問題はなくなるのではないか。

 そしてその対象が楯であるなら、申し分はないように思える、……だが。


「いいの? アタシ……かなりキモい事しちゃうと思う」


「――君の為ならトイレを盗撮されてもいいッ!! 文句は言わない!! 信じられないっていうなら………………くっ、プロテインを飲むのを止めよう!!」


「なッッッ!? あ、アンタがプロテインを飲むのを止めるですって!? 筋トレ馬鹿のアンタが……そ、そんな――ッ!?」


「君が僕を信じてくれるなら、ダンベルだって差しだそう……」


「たぁ君…………っ!!」


 なんて優しくて誠実な男なんだろう、とエイルは目の前の男に心酔しそうになった。

 涙すら出そうになる、彼にとって筋肉は重要で、努力の証で、それをエイルの為に捧げようというのだ。

 彼が好きな雪希にではなく、他ならぬエイルに捧げると言っているのだから。


「頑張るわアタシっ!! アンタをストーキングする! それで、いつかは千作君へのストーキングを完璧に終わらせてみせる!!」


「よしその意気だよ!! じゃあ手始め――って、抱きしめる力が強すぎない??」


「すぅ~~~~~っ、はぁ~~~~~っ、くんかーー、くんかーーーーー!!」


「違うっ!? これは匂いを嗅いでいるのか!?」


「覚えておくのっ、これがたぁ君の香りっ!! 千作君では出来なかったけど、この匂い…………覚えて脳裏に焼き付けるッ!!」


「あ、はい、ご自由にどうぞ??」


 もしや少し早まったか、写真とはいえ秀哉の前でされるのは気恥ずかしい、とやら等々、楯としては思うところは沢山あったが。

 これでよかったんだ、と自分に言い聞かせてされるがまま。

 ――その瞬間であった、右手首が掴まれたかと思うと人差し指に軽い痛みが走る。


「うひゃいッ!? な、何してんのエイル!?」


「ふーっ、ふーっ、これが、これがたぁ君の指の噛み具合! 味! ノートに書いておかなきゃ!!」


「ああ、それもやりたかったんんだね、うん、存分にするといいよ?(とはいえ、そろそろ止めるべき……なのかな?)」


 楯は若干の焦りを感じながら、止めるタイミングを見ていた。

 彼女にその気はない筈だが、どうにも誘惑されている気分である。

 最初は人差し指だけだったのが、今度は手全体をなめ始めてしかも潤んだ瞳で上目遣いなのだから。


「………………そろそろ止めようか、うん、流石にそこはヤりすぎだと思うんだ」


「え、なんで!? もっともっと知って記録したいのにッ!!」


「だからってさ? 僕の股間の記録を取るのは……」


「アンタが許可だしたんだからねっ、ふーっ、ふーーっ!! オラァ脱ぎなさいよ!! アンタが前にスマホで見てたAVみたいにしゃぶって挟んでしてあげるから――――っ!!」


「いやあああ、せめてベッドでえええええええッ!! 秀哉の写真の前でスるのは気が引けるんだけどおおおおおおお!!」


 エイルはツインテールを乱暴に解きながら、楯の服を破る勢いで押し倒した。

 犯されるというのはこんな気持ちなのかと楯はしみじみ思い。

 勿論、反撃には成功したし、その中でアダルトショップで道具を選ばせる約束にも成功したが。

 ――翌朝、目覚めた彼の目の前に全裸土下座する彼女の姿があって。


「………………てへっ? 許せ、許しなさい、許して欲しいなっ、たぁ君?」


「まぁ、流された僕も悪いからさぁ」


「そうそう、アンタも悪いの、アタシだけ悪いんじゃないから」


「ホントに反省してる??」


「アタシのお尻に平手打ちして真っ赤な手形つけて、精神的にくっそ優越感を愉悦を感じながら腰振ってた人は誰だったかしら?」


「うっさいよ!! マゾっ気ある君が悪いんだろう!! 僕のケツの穴の皺まで丁寧に数えやがって!!」


「一度受け入れたんだから文句言わないでッ!! 今日はステーキ焼いてあげるしプロテイン飲んでいいから……ね? ひろーい心で諦めてっ! ――つか、アンタさぁ、股間に様づけしろとか変態すぎない?」


「喜んでワンワンプレイしてたヤツの遠吠えなんか聞こえないね!」


 ギャーすかギャーすか、ある意味ではいつも通りの朝を迎えて。

 これで少しでもストーキング癖が改善されればいいが、何か変なスイッチを入れてしまった気もする。

 ともあれその日の午後である、二人は秀哉と雪希と共に大学のカフェテリアに居て。


「――へ? ダブルデートに行こうって? いやいや君らさぁ、付き合いたてで恥ずかしいから二人っきりでデートできないとか言わないよね??」


「うっ、鋭い所を突くじゃないか楯……そういう事だから明後日の土曜日、あそこの遊園地に行かないか? チケット代とディナー代はこっちが持つ」


「私からもお願いするわ、せっかくだから一緒に楽しみたいの……だめ、かしら?」


「うーん……どうするのたぁ君? アタシはアンタに合わせるけど」


 楯は秀哉と雪希が差し出したチケット二枚を前に、むむむと考え込んだ。

 ダブルデートは魅力的だ、あわよくば雪希と二人っきりになれる、エイルも秀哉と二人っきりになれる絶好のチャンスだ。

 しかし、何故だろうか違和感がある。


(――――デートが恥ずかしいって言う割には、秀哉も前浜さんも平然としてるよな)


 千作秀哉はいつもと変わらず爽やかなイケメンで、特に悪意があるようにも見えず。

 前浜雪希も同じだ、黒髪ロングで彼女が好むいつも通りのモノトーンコーデがよく似合っている。

 いつも通りだ、長い付き合いだからこそ、そのいつも通りに違和感があるのだが。


「…………ま、ありがたく受け取っておくよ。集合は何時?」


「そうだな、開園前に入り口前に集合でいいんじゃないか?」


「妙に他人事っぽいね君、せっかくのデートなんだから気合い入れろよ秀哉さぁ……」


「ふふっ、楽しんでねエイル、堅木君」


「それを言うなら楽しみましょう、でしょ雪希ったらもーっ、遠慮さんなんだからアンタは」


 ともあれ明後日はダブルデートだ、と二人は秀哉と雪希の仲に割り込む気たっぷりに喜んだのであった。


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