第9話/負けヒロインと僕が弱点を克服しようとした時



 誰かの隠し事を暴くのは、心の中に土足で踏み込む行為だ。

 例えその隠し事がそのヒトの欠点に繋がっているとしても、余計なお節介で、野暮で、無粋で。

 でもその相手が大切な戦友で、同棲相手で、何度も体を重ねた間柄だから。


(どうやってあの部屋に入ろうか、ご丁寧に鍵がかかってるし、鍵はいつも持ち歩いてる、寝るとき以外は……)


(楯が私に受けたって思ってる恩義……、何かあったっけ? コイツと出会ったのは高校からだし、助けたのも助けられたのも結構あるわよね??)


(最悪、力づくで奪うまであるかな? ――知らないと力になれない、……いや違うな、知りたいんだ、僕はエイルのプライベートをあんまり知らないから、もとエイルのことが知りたいんだ)


(――アタシの勘だと、ここ数日の妙な視線はコイツの恩とやらに絡んでくる筈、でもなんであの部屋のことを知ろうとしてるのよ!!)


 表面上は静かな数日だった、朝起きて一緒に大学に行って、お昼のタイミングが会えば一緒に食べて、夕方は先に帰る方が晩ご飯買い出し。

 夜はセックスする日もあったが、何もせず普通に、ただ一緒に寝る日も増えてきた気がする。

 二人の関係性は安定してる様に思える、だからこそエイルは楯の監視するような、探るような視線が気になるのだ。


(夕飯のカレーは美味しかった訳だけど、僕もエイルも今日は課題ないし、提出期限が近いレポートもない、だからこの後は――)


(一人暮らししてた時なら、あの部屋に籠もってた訳だけど…………、どうしよう、監視されてるし……それに、二人でダラっとテレビ見たりするのも居心地いいのよね)


(ここはストレートに切り込むべきかな? それとも酒の力を借りるべき……、いや……自爆覚悟で??)


(見てるなぁ~~っ、ああもうっ、なんでこんな事にすらドキドキしちゃうのよ!! ちょっと期待してエッチな下着履いちゃってるし! 気合い入れてナチュラルメイクしてるってちゃんと気付いてる!? それに――あの部屋を見られたら終わる、マジで終わる、それだけは避けないと、最悪セックスに持ち込んで有耶無耶にしないと!!)


 不公平だとエイルはスマホを見るフリしながら内心で憤慨した、ちらちらと振り向いて台所で洗い物をしてりる彼の背を何度も見てしまう。

 楯の秘密は手がかりすら無いのに、彼女の秘密はすぐそこにある。

 なんて不公平なのだろうか、彼のことだそろそろ切り込んでくるだろう、洗い物が終わり、今彼女が座っているカップル用ソファーに座ったらその合図だ。


(――隣に座った!! 来る、どう来るの? まさか流石に正面から聞いてくる訳がないだろうし……)


(座ったのはいいけど……、どうやって――――ッ!? な、ぁ、あっ、あっ、こ、コイツ……ッ!! なんて卑怯なヤツなんだよ!! 視線が動かせないッ、計算してやってるのか!? くそっ、思考が浸食されてしまう!!)


(ん?? コイツどこ見……~~~~ッッッ!? なんでそんなに食い入るように見てるのよ!! アタシの胸なんて何回も見てるし触ってるし、何なら吸ったり噛んだりしてるでしょうが!! そんなに見られたらアタシの方が恥ずかしくなってくるってのっ!!)


(お、落ち着けぇ……中学生かよ僕はさぁ!! でもエイルだって悪いと思いまーす、もこもこ系のルームウェアをエイルが着るのはギャップがあって可愛い……はいいとしてもちょい小柄な癖にだいぶ巨乳だからサイズが合わなくて胸元セクシーに広げすぎなのがいけないと思うんだよ!! 考えてたこと全部飛ぶじゃんこんなの!!)


 これは、純然たる事故であった。

 彼女の体の相性の良さを知ってしまったから。

 彼女が彼の性癖ドストライクな外見だと認識してしまっていたから。

 ――何より食後で、性欲だけが満たされていない状態であったから。


(待って、コイツが欲情してるって言うなら……恩とやらを聞き出すチャンスじゃないの!! い、行くわよ千作君の為に何百回とイメトレしてきたんだから誘惑できる筈!! ううっ、相手が千作君だったらいいのに思うのに、コイツに欲情されて女の誇りが満たされてるのが何かイヤ!!)


 楯が動き出す前に仕掛けないといけない、肝心なのは煽りすぎないことだ。

 あざと過ぎず、自然に、男を手玉に取ってみせるとエイルは意気込んで。


「――えっち、ドコ見てんのよ」


「う゛っ、ごめん、つい………」


「ま、アンタの気持ちは理解してあげるわ! こんな極上の美女が隣にいて、それも今までは見せてなかったプライベートなルームウェア姿なんだもの。――ついこの前まで童貞だったアンタにはちょっと刺激が強かったわね!!」


「その理解力があるならエラソーに胸を張るのやめてくれない? 目に毒だって分かってるよね?? ご馳走を目の前にお預けくらってる気分なんだけど??」


「お預けって言ってるワリにはアンタ、如何にもオレのオンナでございって感じでアタシの肩に手を回してるじゃない。――ほら、手をわきわきさせないの、まだそこまで許してないわよ~~っ」


「くっ、余裕綽々としやがって!! 君は男が割と下半身で生きてるって知らないのかい? 肉体関係がある金髪美女が隣でエロスを感じる姿で居てさぁ……」


 楯は己が性欲に流されたみっともない男に成り下がっているのを自覚していた、しかし、彼としてはそれなりの言い訳もある。

 だってそうだ、エイルは満更でもない顔をしているしボディタッチを拒否する様子もない。

 ――それらが、彼女の仕掛けた罠だと気付かずに。


「そっかぁ~~、へぇ~~、ふぅーーん、アンタ、アタシに欲情してセックスしたいって思ってるんだ? 恋人じゃないのに、他に好きな人がいるのにまたセックスしたいって思ってるんだぁ」


「う゛ぐッ!? 痛いッッッ、痛すぎる所を突くね君はさぁ!! 背徳感で僕は暴走寸前だよ??」


「堪え性がないわねぇ……そんなんだから千作君と雪希の仲を邪魔しようとして失敗続きで終わった原因だって分かってる? アンタはちょっと情や欲に流されすぎ」


「ホントもう仰る通りで、でもそれって君も同じだよね? 一緒に直して行こうよ…………でもその前に癒やしが欲しいってのは我が儘かな?」


 釣れている釣れている、とエイルは内心で舌なめずり。

 だが油断してはいけない、目の前の男が尻尾をブンブンしてオネダリする可愛い大型犬に見えてきている。

 自慢の巨乳に触れそうになった彼の右手を、指を絡める事で阻止しながら、ここらが勝負所だと彼女は意を決した。


「今日だけは許してあげてもいいわ、――ただし、アンタが偶に言ってるアタシへの恩とやらを詳しく話したら、だけどね」


「…………なるほど??」


 しまった誘惑されていた、と楯はようやく気付いた。

 己の精神は期待感に蝕まれている、然もあらん。

 依存してしまいそうな程にセックスの相性がよくて、顔も体も性格もよく、家事万端でお嫁さん力も高い世話焼き女房気質の金髪巨乳美女と、熱い夜を過ごせるのが目の前なのだ。


(でも、その言葉は悪手だったね。君に対する恩は僕に冷静さを思い出させた――)


 楯が一目惚れした女の子は前浜雪希だった、彼女の為なら何でもできるし、例え悪に堕ちてもいいとすら。

 対して、小路山エイルへの感情は“力になりたい”“幸せになって欲しい”だ。

 そんな彼女への恩義、楯としては。


「――僕としてはさ、君に恩があるのは確かだし、だからこそ君の為になりたい。でもその事を気にしないで欲しいし…………出来るなら、思い出して欲しいんだ」


「…………そ、ならいいわ。さっきの言葉は取り消す。いつか思い出すからずっと隣で待ってなさいよ」


「ありがと、そのお礼と言っちゃあ何だけど――今から買い物いかない? 君に選んで欲しい物があるんだ」


「え? いきなり?? もう遅いわよバカ、それにアタシが何を選ぶっていうのよ」


 あれ? 流れ変わったわねとエイルは戸惑った、嫌な予感すらある。

 彼の気持ちを受け取って、少ししんみり、そして心が暖かくもなった直後だ、敏感に察知してしまう。

 絶対に拒否しなければ、そう考えた直後であった。


「大丈夫、アダルトグッズが売ってるショップだから今の時間からでも開いてるよ!」


「何を買うのよ変態ッッッ!! しかもどーしてアタシが選ぶのよ!! 何から何まで間違ってるでしょうが!! 恋人でもない女にヘンなもん選ばせようとすんな!!」


「考えてみてよエイル、だって君が使うんだよ?」


「は?? なんでアタシが使うの!? ちょっと離れてくれない?? 身の危険を感じるんだけど??」


「――――君が秘密にしてる部屋、見せてよ。僕の考えだと君がいつも肝心な所でヘタれる原因だって睨んでるんだ」


「はあああああああ!? バッカじゃないのアンタ!? それとこれとが、どー繋がるってのよ!!」


 このまま隣に居たら危ない、色んな意味でピンチだとエイルは焦ったが楯が逃す筈もなく。


「逃げられないよ、細い手首だから掴みやすくてよかったよ」


「ううっ、離せっ、離しなさいアホーーっ!!」


「顔が赤くなってるよエイル、知ってるんだ君がこういう強引な感じなのが性癖だって」


「そういうアンタは押されて流される女が好みなのよねぇ!! 知ってるんだから!!」


「君が睨む顔ってソソるよ、――どうする? このまま流されるかい? それとも秀哉への想いを貫いてきっぱり断るかい? ああ、そうだね……例の部屋を見せてくれたら今日は押し倒さないし、今回の話も無しにしよう」


「~~~~~~~っ、こ、この卑怯者!!」


「幾らでも言うがいいさ!! 君の力になれるなら!! そう、君の恋路を応援する為になら僕はどんな卑怯な手も使うし、僕自身が矛盾で苦しんでも君の恋を成就させるつもりだ!! なお、君とセックスする時は全力で愛するつもりだからヨロシクゥ!!」


「ッ!? …………………………ううっ」


 エイルは己の愚かさを呪った、きゅん、どころじゃないドキっとしまった。

 こんな滅茶苦茶な言葉が、心の奥底にまで響いてしまったのだ。

 世界の誰よりも、己を大切にして、想ってくれている気すらしてくる。


「みせ、見せる、から……そうやって迫らないでぇ……」


「いいこだエイル、さ、行こうか」


 楯は己の性欲を、彼にしては驚異的な意志の堅さで押さえていた。

 真っ赤な顔で青い瞳を潤ませて、期待するように上目遣いで、それでいてしおらしく従う姿、しかも胸元が大きく開いたルームウェアを着ているのだ。

 これはもう欲情するなという方が無理だが、彼はそれを見事にやってのけたのだ。


「――さ、開けてよ」


「わ、わかった、でも……お願い、引かないで、ううん、引いてもいい、だけど……誰にも言わないで、警察にも、……千作君にも」


「もちろ……いや待って、なんで警察と秀哉が――って聞いてよ開けちゃうの!? ちょっと待…………………………マァジでェェェ??」


「――――誰かに言ったら、アンタを殺してアタシも死ぬわ」


 それは恋する乙女のような表情で、楯は絶句するしかなく。

 それ以上に、エイルの秘密の部屋に何も言えなくなった。

 何を言えよう、壁全面、天井にまでに張られた隠し撮りの秀哉の姿、棚には小瓶があって中に髪の毛が一本だけ入り、どの場所、何月何日とラベリングされて、他にも――――。


「正座、ね? ちょっと正座しようかエイル、誰にも言わない、墓までこの秘密を持って行く、破ったら君は僕をどうしようと構わない、でもさ…………正座、な? 正座しろ今すぐ、な??」


「えっと、…………おっぱい揉む? ナマでしていいわよ? 今からアダルトグッズ買いに行く? なんでもリクエスト聞いちゃうわ!!」


「じゃあ正座、ちょっと話し合おうか、ね??」


 エイルは必死になって楯を誘惑して有耶無耶にしようとしたが、この状況に至って彼の中で常識と親友への友情と、彼女への心配が勝りに勝って。

 真顔オブ真顔で彼女を見据える、そんな彼に立ち向かえる筈もなく。


「…………お、お手柔らかにお願いしますぅ~~っ」


「やれやれ……、どーしたものかなぁ……」


 予想もしなかった展開に、楯は遠い目をしたのであった。


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