第15話/負けヒロインと僕がごっこ遊びを始めた時
処女を返せとはこれいかに、寝ぼけた頭ではこの難問を解くことはできない。
朝食を食べる雰囲気ではなく、そして寝汗も気になる。
ならば、と楯は困った顔をしながら提案した。
「あー、……とりあえずお風呂入りながら話さない? 僕ら二人とも昨日はそのまま寝ちゃったし」
「確かに………………すぅ、はぁ、分かったわ、覚悟決める」
「なんで??」
「ふっ、風呂場でセックスに持ち込んでアタシを快楽でメロメロにして有耶無耶にする気ねッッッ!! 負けない、アンタのセックスなんかにアタシは負けない!!」
「どうして??」
今日のエイルが変すぎる昨日の敗北がそんなにショックだったのだろうか、と楯は首を大きく傾げた。
しかし彼女からすれば、昨晩の彼の独り言もキスも鮮明に覚えているのだ今だ動揺の中で。
ともあれ、風呂を沸かした後で二人は一緒に入る、躊躇いなど何一つ無くお互いの体を素手で洗いあってから湯船に対面で入って。
「…………おおー、おっぱいって本当に水に浮くんだ!!」
「浮くといっても、ちょっと軽くなるぐらいよ。ま、リラックスできる程度って感じかしら?」
「なるほどなぁ、じゃあリラックスできた所で…………さっきの発言の意味を聞いていい?」
「そう言って優しくしてアタシを惚れさせる気でしょ、魂胆は分かってるのよ。さぁさぁさぁ、手遅れになる前に…………アタシの処女を返しなさい、返さないと…………このままなし崩しでアンタの嫁になるわよッッッ!! 裸エプロンでおかえりって言って、エッチしながら食事する毎日を送ることになるわよ!!」
「揺らがせないでくれよ!! 随分と斬新なケンカの売り方だよね!? 買ってもいいけど負けてもいいって思えるようなコト言わないで!?」
もしかすると一緒にお風呂は最大の悪手だったのかも、と楯は強く後悔した。
なにせ対面に座っているのだから、視覚の暴力というもの。
風呂の中で恥ずかしそうにコチラを睨んでいる巨乳で色白の可愛い美人、しかも長い金髪は洗った後で軽くまとめてアップにしているのだ。
「どうしてくれるんだよエイル……、頭の中に存在しない記憶が溢れてくるッ!! 朝はいってらっしゃいのキス、手作りお弁当には桜でんぶでハートマーク、晩ご飯の後はエッチなスキンシップしながらダラダラ過ごしてさぁ……、夜になったらエッチでシースルーの下着でスケベグッズを手に持って恥ずかしそうに誘ってくるんだろ!! 昨日もそうだった気がする!!」
熱く語る楯に、今度はエイルが戸惑いを見せた。
コイツ思ったよりアタシのこと好きすぎじゃない、と頬が赤くなってしまって。
そうなると体がソッチに、心までソッチに引き寄せられてしまいそう。
「ちょ、ちょっとぉ……たぁ君? 欲望だだ漏れじゃない? どんだけアタシのこと好きなの??」
「はー? 確かに君は親友として好きだけどさぁ」
「あんだけ好き放題セックスして親友?」
「セフレじゃないでしょ僕ら、親友じゃなきゃ戦友だ、でも……異性としては違う、そうだろうお互いにさ」
「……………………昨日寝る前、アタシに好きだって、愛してるって言ってキスした癖に」
「ッッッ!?」
変な声を出さなかっただけ自分は偉い、と楯は己を誉めたくなった。
頭が真っ白になって上手く言葉が固まらない、言い返したいのに口がパクパクと動くだけ。
何とか絞り出したのが。
「――起きてたとかズルくない??」
「恋人でもないのに寝てるアタシにキスしてさ、告白みたいなコト言う方がズルくない?」
「後生だからその時に反応して……辛い、今すっごく辛い……、穴があったら入りたい気分だ……」
「はいはい、アタシを好きって言ったことをそんなに恥じるんじゃないわよ。――だからさ、アタシはアンタに同情してあげてるワケ」
「は? 同情……? エイルが僕に? それがどーして処女返せに繋がる??」
「アタシがあんまりにも魅力的な女だから、たぁ君は惚れちゃったんでしょう? ほら、このおっぱいなんて特に好きだもんね? それともお尻の方? ま、先に惚れた方が弱いっていうでしょ? だから……処女返してくれたら全部チャラにしてやろうっていう慈悲よッ!!」
「やれやれ、それなら僕に童貞を返してくれないかな。――先に惚れたのは君だろう? ごめんなエイル、僕が魅力的な男でさ、セックスも上手くて君の隠れたM気質まで引き出してしまった、僕がいい男でごめんな?」
「――――よし、そのケンカ買った。この場で引導を渡してやるわ!!」
「ほう、部内フィジカル最強と名高い僕に水中で挑むとはいい度胸だ!!」
「がるるるるっ」「ばうばうばうッ」
二人はファイティングポーズで睨みあう、風呂に入っているが故に足の使い方が勝利の鍵を握るだろう。
だが動けない、二人ともお互いを凝視したまま動けない。
凝視する、つまり見つめるという事で。
「……卑怯だねエイル、君はエロすぎる――はっきり言おう興奮して動けない、力付くで襲いたくなる」
「その言葉……そっくりそのまま返すわ、濡れた胸板がなんてセクシーなのよ、お風呂だからメガネじゃないし洗った後でオールバックになってる髪も新鮮できゅんとくるし、――その逞しい腕で壁ドンでキスされながら襲われたいって思っちゃうわ」
「なら…………一時休戦にしないかい? このままだと後で風呂掃除が必要になると思うんだ」
「同意したいけど襲われない保証とイチャチャする保証が欲しいわ、今からアンタの膝の上に座るけど、おっぱいを後ろから支える仕事を与えてあげる」
「……………………それ凄く魅力的だし男のロマンだけど生殺しすぎない??」
「――――実は昨日のやつ、スマホで録音してるって言ったら? アンタが言ったのよ? アンタをストーカーしていいって」
「おっと、これ僕が詰んだやつだね?」
仕方ないと楯は嬉しそうな顔をして、渋々受け入れた。
彼女は彼の鍛えられた胸板に背中をぴったりくっつける、とくんとくん、心臓の音が重なって。
ほぅ、というため息はどちらのであったか、分かるのは密着したことで二人とも落ち着いたという事実。
「――んじゃあ失礼して、おっぱいを支える……おお、これが全世界の男の憧れ、おっぱいを下から支える仕事…………」
「揉んだらだーめ、まだアンタとお喋りしたいもん」
「どうしてエイルはそんなに可愛いんだろうなぁ……」
「アンタのそんな所も一緒にいて心地いいって思っちゃうのよねぇ……」
会話が途切れ妙な静寂が流れた、けれど不思議なことに会話が続いている気がする。
心臓の鼓動、息づかい、気配が感情をお互いの感情を伝える、言葉より流暢に。
――そこには、好き、の二文字があった。
「…………ねぇ楯、アタシ達さ、このまま告白できずに、愛されずに、あの二人の幸せを見続けなきゃいけないのかな?」
「僕は君が秀哉を想い続けるとしても、側にいる、辛いときも、寂しい時も、痛みを分かち合いたいって思ってる。――いや違うな、一生を捧げる覚悟があるんだ」
「アタシに惚れてるから? それともそんなに体が魅力的だった?」
「君が望むならどっちもイエスって捉えていい、でも覚えていて欲しいんだ。――僕は君に一生を捧げる理由がある、愛とか欲とか別に理由があるんだ」
「でも言わないんでしょ? 思い出して欲しいから」
「君が思い出さなくても側にいる、もう決めた後だから諦めてよ。……僕だけは君だけの僕だ、たとえ君が他の誰かを愛していても」
穏やかな声、気負った所は何一つなく。
エイルには、それが楯の本心のように思えた。
本当に愚かだと思う、女として彼で満たされている、もっと求めたくなってくるなんて。
「…………ばーか、いざそうなったらどんな手を使ってでも引き留めるし、アタシをメロメロにするような口説き文句を言ってくれるんでしょう? まったく――ずるい、絆されちゃうじゃない」
「絆されちゃったら……どうするんだい?」
「ね――恋人ごっこ、してみない? 今までみたいになりゆきじゃなくて……、ごっこ遊びだとしてもアンタと恋人として愛しあいたい」
「…………引き返せなくなるかもしれないよ」
「その時は……、一緒に幸せになりましょう? もしダメだったら円満破局するいい機会ってことよ」
「……わかった、じゃあ僕らはこれから恋人ごっこを始めよう」
そう決めると、楯もエイルも心がどこかスッと軽くなり。
途端、どこかブレーキが壊れたように愛しいという感情が溢れてくる。
恋人ごっこをするのだから、止める理由なんてなくて。
「………………ね、たぁ君、強いよ、そんな強く抱きしめたらアタシ壊れちゃうから」
「イヤだったら抵抗、いや抵抗しても今日だけは無視するから、だから……覚悟しろエイル」
「ぁ――――」
理由が全部なくなってしまったから、彼女はもう受け入れるしかなくて。
それどころか、濡れた瞳で誘ってすら。
彼女が己の女になった、その快楽に楯は抗うことができず。
――――一週間後。
「………………今日こそは大学行くわよ楯!!」
「そうだ! 今日こそ僕はおっぱいに負けない!! キスで一日消費するとかもしない!!」
「そうよ! アタシも流されない! Mっ気を発揮して誘惑しないのよ!!」
「今日こそ大学に行かないと……秀哉達が来るって脅しが来たからね! 流石に今のこの散らかり放題汚れ放題の部屋を見られたくない!!」
「帰ったら大掃除よ、――帰りにコンドームを買うのも忘れずに!!」
「じゃあ、――大学に行くぞ!!」
楯とエイルは意気揚々と恋人繋ぎで大学へ行き、そして秀哉と雪希の二人と一緒の講義を受け。
それが終わった後、思わず目を丸くした。
新米カップルからの提案、それは――。
「今度こそマジでダブルデートするって?」
「疑うなら俺の家の集合でもいいぞ」
「いや信じるけど、行くの新しくできたモールでしょ? 車?」
「――ふっ、実は免許を取ったの! 運転は私に任せてくれないかしら? 車もお父様から適当に借りてくるから!」
「いつになくテンション高いわね雪希……なんか不安だわ」
ともあれ、次の週末にダブルデートをすることになったのだった。
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