第2話/負けヒロインと僕が馬に蹴られて死んだ時



 とある県の海沿いにある大学、そのサークル棟の一室は緊張感に包まれていた。

 一人の男が一人の女と向き合っている、どちらも期待と不安で強ばった顔をしていて、これから何が起こるかなんて言うまでもない。

 そんな二人を見守る為、もといお邪魔虫となるべく恋敵が二人の背後にいて。


「――好きだ雪希!! 俺と恋人になってくれ!!」


「~~~~っ、ぁ、はい! 答えはイエスです秀哉君っ! ずっと……その言葉を待っていたのっ」


「雪希!!」「秀哉君!!」 


 ひしっと抱き合う二人、今、堅木楯の目の前で親友と好きな人が恋人になった。

 双方の親から交際を反対されるというロミオとジュリエット状態から、何年もかけてどちらの両親も説き伏せ。

 真面目な二人はその間、両方想い以上恋人未満の関係のままで周囲にもどかしい思いをさせていたのだが。


(ちっくしょおおおおおおおおおおおお!! 分かってたけどさあああああああああああ!! 僕に脈ないって分かってたけどさあああああ!! もっと邪魔すりゃよかったああああああああああ!!)


 顔は笑顔で祝福の拍手を、楯は精一杯の虚勢をはって表面上は二人を祝福する。

 だって仕方のない事だ、楯の好きなヒトは彼の親友である千作秀哉しか異性として見ておらず。

 何度、二人の恋路を邪魔するために動いただろう。


「ありがとう楯! お前と小路山がいなかったら俺……雪希のこと諦めてたと思う、だから……ありがとう、いつも俺の背中を押してくれてさ、雪希との時間を作ってくれて……これからもよろしくな親友!! お前の、本当に大切な人は隣に居るって言葉、永遠に忘れないぜ!!」


「私からも……ありがとう堅木君、そして……エイル、私の大切な親友、貴女がいなければ私……ううっ、私ぃ~~~っ!!」 


 秀哉が楯に熱い眼差しを向ける一方、雪希は彼女の後ろに居た金髪ツインテールの女、小路山エイルに感極まって泣きながら抱きついた。

 エイルは苦笑しながら、雪希を落ち着かせるように優しく抱きしめて。

 ――でも、その心はぎゃーすか悲鳴をあげてるだろうと楯は思った。


「はいはい泣かないの、アンタったら普段はクールぶってる癖に感情的で涙もろいんだから……。今日はハンカチを貸さないわよ、千作君に涙へキスして貰いなさいな」


「ふぇっ!? えっ、き、キスしてな、ななな涙を!?」


「お、これは僕たちお邪魔だね。行こうかオジー、秀哉はこの部屋汚すなよー」


「え、ええっ!? 行くのか楯!? ちょ――――」


「またねお二人さん、アタシ達は馬に蹴られて死ぬ前に帰るわ」


 楯とエイルはやれやれと言った表情で部室を出て、そのまま無言。

 特に示し合わせた様子もなく足早に歩き、着いた先は大学近くの居酒屋。

 その個室に通され、店員が去った直後に。


「ぬあああああああああああっ!! ガッデム!! どーーーーしてこうなったのよ!! うううっ、秀哉くうううううんっ!! アタシが先に好きだったのにいいいいいっ、アタシの方が好きな筈なのにいいいいい!!」


「雪希さあああああああん、僕はっ、僕はあああああああああああ!! 脳がっ、脳が破壊される!! 僕の方が先に好きだったし何なら最初の出会いで僕の方が先に喋ったのにいいいいい!!」


 楯のみならず、エイルも嘆きの叫びを上げながら畳の床を転げ回った。

 然もあらん、彼が雪希を好きだったようにエイルもまた秀哉が好きで。

 そんな二人は秀哉と雪希の恋路を邪魔すべく同盟をくんでいたのだ、そしてその五年近くに渡る戦いは敗北に終わり。


「クソッ、どうしてさっきの告白を邪魔しなかったんだいオジー!? 最後のチャンスだったじゃないか!!」


「そういうアンタこそ邪魔するチャンスだったじゃない! 自分がヘタレて出来なかったを責めるの止めてもらえますーー?? つーかオジーって呼ぶな小路山だって高校の時から何回言わすのよ!!」


「小路山って長いからオジーで丁度いいのさ、それにヘタレたのは君も一緒だろ? 常々言ってたじゃないか自慢の美貌と貧相という名のスレンダーボディで誘惑して既成事実作るって、――二人っきりになる瞬間すら無かったんだっけ??」


「雪希と二人っきりになろうと腕力で連れ出しても、悉く千作君と鉢合わせして、二人の恋路をアシストしかできなかった男がなんかホザいてるわねぇ~~っ!!」


 個室の畳部屋故に用意されている座布団を手に取り、転げ回りながら罵りあっていた二人は立ち上がり。

 さぁ心行くまで殴ってやると、座布団丸めてファイティングポーズ。

 両者踏み出した瞬間、戸がガラリと開いて。


「注文のビールと唐揚げです、追加のご注文の際には引き続きタブレットでお願いしゃーす」


「……」「……」


 二人、即座に正座で座り何事もなかったかのよう。

 言葉遣いが若干いい加減な店員が去った後は、へにゃっと力なく机につっぷす。

 分かってる、この恋の敗北は相手が悪いのではない己自身が悪いのだと。


「…………飲むか!!」


「ええ、飲みますかぁ、飲まないとやってらんないわよぉ!!」


 楯とエイルは体を起こすと、ビールジョッキをそれぞれ右手に乾杯と軽くぶつける。

 ごくごく、ごくごく、ぷはーとヤケッパチに半分まで飲み干して。

 本当に、今ばかりは酔わないとやってられない。


「ここの唐揚げがウマいんだよねぇ、…………一回だけ食べた前浜さんの手作りの唐揚げ、美味しかったよなぁ…………ああ、死にたい」


「なーに自爆してんのよアンタ、あー……一度でいいから千作君とサシ飲みしたかった……なんでアンタなんかとさぁ」


「それは僕の台詞じゃないかい? あ゛~~、もっと強い酒が欲しい! 今日はトコトン飲む!! 何も考えたくない!!」


「その意気やヨシッ!! 私の分も一緒に頼みなさいよエセインテリ眼鏡!!」


「誰がデータキャラの見た目で劣等生だって? 唐揚げにレモンかけるぞ!!」


「あ、私それ好きだからノーダメね」


「マジで!? クッソ、なんで君も好きなんだよって言うかもっと早く言ってよ!! 今まで遠慮してたじゃん!!」


「はぁ~~?? アンタもなの?? そっちこそ早く言いなさいよ!! 何回こうして呑んでると思ってんのよ!!」


 言い合う間にもグビグビと二人は呑んで、呑んで、呑んで。

 思い返せば、二人で協力しデートの邪魔をして失敗した時も、バレンタインの日に会わせないように邪魔した時も、他にも様々な計画や裏工作が失敗する度に二人はこうして呑んで反省会。

 しかし今宵ばかりは反省会なんて必要ない、言うまでもなく失恋してしまったからだ。


(…………なんか初めてかもしれない、オジーとこうして呑んでるのに喋ることがないのって)


(なんか不思議だわ、コイツと会話なくても気になんなくて、しかもなんか落ち着くなんて……初めて知ったかも)


(こーして黙ってるとオジーって美少女……いや二十歳って美少女って歳か? でも美女って言っても通用するよなコイツ)


 楯はビールから日本酒に変えて、熱燗でちびちび飲み始める。

 視線は躊躇うことなくエイルへ向けて、目の前の彼女は酒の肴になるほど綺麗に見えた。

 金髪も、白い肌も、胸は楯の嗜好からして残念と称するしかないが、華奢な肢体が妙に艶めかしく見える。


(ちょっと……なんでそんな目で見るのよ。もう酔って……ああ、結構呑んでるもんね酔ってるのか)


 彼の視線に気づいたエイルは、負けるものかと楯をじとーっと見た。

 知的さを感じさせる眼鏡、ひ弱で神経質そうな顔立ち……に反して日々の筋トレで鍛えられた肉体と、それ故の脳筋思考。

 人生で一番長く一緒にいる異性で、お互いの醜態を何度も曝けあった仲で。


「ま、好きな人の為に体を鍛えたコトだけは誉めてあげるわ」


「いきなり何だい、その上から目線はさぁ……。はぁ、それを言ったらお洒落を随分頑張ってたのは僕的に好感触だよ」


「投げやりに言わないでよ、こんな日なんだからもっとチヤホヤしなさい」


「ごめん、僕ってば実は巨乳が好きなんだ」


 その発言にエイルは首を傾げた、聞き捨てならない、おかしい所がある。


「――は? 何ソレ初耳なんだけど?? 雪希って巨乳じゃなくてスレンダーだけどアンタの趣味じゃなかったの!?」


「んー、君に伝わるかどうかわかんないけどさ。一目惚れと本来の趣味嗜好って違う場合ってあるだろ?」


「まぁ、わかんないコトもないけどさぁ…………あ、それなら……酔った勢いでアタシのことを襲わないでよ?」


「おいおい、自分の体型を忘れるぐらい酔ったのかい? 正直、前浜さんなら兎も角、君の貧乳には欲情しないよ」


「………………は?」


 嘲笑するような物言いに、エイルの脳天はガツンとした反発を覚えた。

 だいたい前から気にくわなかったのだと、己のような美しい女の子がいるのに彼は一度も性的な目でみた事がない。

 これは絶対に分からせなければならない、彼女は鈍った思考で決意して。


「ふふーん、へぇ~~、そーなんだぁ、アンタってアタシに絶対に、絶対欲情しないって、そーいうんだぁ……」


「いやだからそう言ってるじゃん」


「ならさ…………確かめてみる?」


「何を??」


「カマトトぶってんじゃないわよ堅木ィ!! 実はねぇ~~っ! 私は巨乳なの!! アンタがばっちし欲情して獣になっちゃうぐらいに美しくってデッかいおっぱいなんだからね!!」


「いや、その胸でいうの無理でしょ??」


「はー、これだから童貞はさぁ……。アタシがどれだけサラシで押さえつけたり、男装コスプレ用の下着で誤魔化すのが大変かぁ……、そこまでして千作君の好みに合わせたんだからアンタは欲情するのが筋ってもんでしょう!!」


「ぜったい悪酔いしてるじゃんオジー!? あーもう、じゃあそろそろお開きに……っ、やべっ、僕も飲み過ぎ――って、重いッ、わざわざコッチ来て体重かけて抱きつくなよ!!」


 ふらふらと立ち上がった彼女が危なっかしくて、座らせようと立ち上がった彼もふらふらと。

 その隙をついてエイルはぎゅーっと、楯を抱きしめる。

 こうなったら会計して帰るしかないと、彼は彼女の分まで支払いを済ませて外へ。


(あ゛ーーーーっ、僕もふらつくぅ……!! 駅ってどっちだっけ? つかオジーって軽い癖になんか柔らかくていい匂いして余計にクラクラしてんだけど?? いやこれ眠いだけかも!!)


(ふっふっふ……逃がさないわよぉ、確かこの先はラブホがあったはず、いつかの為にリサーチしておいたんだから……ま、コイツと一緒ってのが癪だけど分からせる為なら我慢してやろうじゃないの!!)


 すっかり酔っぱらったエイルと、眠気に襲われた楯は仲良く肩を組みながら千鳥足。

 彼としては駅に向かい、彼女としてはその手前にあるラブホへ。


(――やべ、意識、おち――――)


 おっと危なかった、寝るところだったと楯が顔を上げたその時だった。

 あれ、と困惑の言葉が出てしまう、一瞬前は外だったのに何故か知らない部屋の大きなベッドに仰向けで。

 体を起こすと目の前には、床に赤いコートやタートルネックのセーター、スカートや下着などなど全部を脱ぎ散らかしているエイルの姿があった。


「あ、起きたわね! ほら見なさい! このアタシの巨乳をね!!」


「…………………………えっ??」


 瞬間、楯の酔いが一気に冷めた気がした。

 否、もしかすると酔いが酷くなったのかもしれない。

 裸、見間違えることなく全裸だ、白い肌に、華奢に見えて肉感的な体、臀部は安産を思わせるように大きく、しかして腰は補足、そして。


「でッッッッッか!!! は? え? マジで巨乳じゃん!! それ隠してたの!? よく隠してたね!! エロすぎなんだけど!!」


「ふふーん、そうでしょもっと見なさい! そして欲情しなさい!! ――――あ、何まだ服着てんのよ堅木ィ、アンタも脱がないと不公平でしょ!!」


「ごめんごめん」


「ほほー?? やっぱ筋肉ついててイイ体……ッ!? え、ええっ!!」


 やはり酔いなど抜けてなかったのか、楯は何一つ疑問に思うことなく全裸になる。

 彼がパンツを脱いだ瞬間、エイルは彼の股間のぱおーんがご立派すぎて視線が離せなくなった。

 一方で彼も、頬を赤らめて濡れた視線を送る全裸の巨乳美女を前に目を反らせず。


 ――ばくばくという心臓の鼓動が理性を削っていく様で。

 ――手が届く、触れる、柔らかくて、手からはみ出して。

 ――耳まで真っ赤にし俯く彼女を抱きしめると、ビクっと一瞬体は震えど抵抗するどころか抱きしめ返してきて。

 そこから先はまるで夢の中にいるようだった、言語化できない衝動のまま、獣の交わりと表現する事しかできない勢いで身体を重ね。


「………………お、おはようだね小路山さん?」


「おっ! おはっ、おはよう堅木!! いい朝よね、ねっ、へへっ、へへへ………………」


「…………」


「…………」


 目が覚めれば、何やら体液の混じり合った濃密な臭いに、不快なほど濡れたシーツ、そして謎の赤い染み。

 楯の背中は謎の深い爪痕、首筋や胸には不思議な鬱血の数々、歯形だってある。

 エイルも同じ様な状態であったが、胸部や臀部に何故か男の手形のような何かがあって。

 ――これぞホラー、超常現象が、ありえない過ちが発生した事は間違いなく。


「やっちまったああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「どうしてこうなったのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 起き抜け早々、二人は仲良く頭を抱えて叫んだのであった。


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