第7話/負けヒロインと僕が相談された時



 前浜雪希と会えるのは嬉しいが、秀哉と共に恋愛相談なんてと楯は天国と地獄が同時にきた気持ちで。

 それはエイルだって同じだ、千作秀哉と会えるのは嬉しいが雪希と一緒だなんて、と。

 しかし行かない訳には行かない、二人はドナドナを歌いながらファミレスへと向かい。

 ――入店し席へ向かうと、それぞれの親友の対面に、楯とエイルは隣り合って座った。


「よく来てくれた楯、小路山、突然呼び出してすまない」


「ありがとう雪希、堅木君、来てくれて嬉しい」


「(特に前浜さんは)気にしないでよ僕たちの仲じゃないか!」


「そうそう(千屋君は)気にしないでよ、いつでも駆けつけるわ!」


「くっ、ありがとう……ありがとう二人ともッ!!」


「なんて頼もしい……二人にアドバイス貰えるなんて勝利は確定したわ!!」


「あ、うん、仲良く抱き合って喜ぶのはいいけどポテトとドリンクバー頼むね?」


「楯、パフェ食べたい」


「オッケー半分食えってコトね」


 抱き合いながら楯とエイルの会話を聞いていた二人は、親友カップルの阿吽の呼吸に頼もしさを感じた。

 楯とエイルからしてみれば、見せつけやがって畜生め、といった所ではあるが。

 ともあれ秀哉と雪希は手を繋いで笑いあう、二人が抱えている問題はきっと解決するだろうと。

 ――四人は暫く雑談していたが、フライドポテトが到着すると本題に入って。


「そろそろ本題に入る、恋愛相談といっても楯達にとっては簡単なことだろう……分かるか? 俺は凄く期待しているんだ」


「貴女達ならきっと…………私達の悩みを解決してくれると信じている」


「シリアスな空気出してないではよ言って?」


「そもそも恋人になったのに恋愛相談って何よ、何が問題なワケ?」


 なんだろう凄く嫌な予感がする、とお邪魔虫の二人は震えた。

 だが負けてたまるものか、全ての恥と失敗を共有した今の楯とエイルに乗り越えられぬモノなどない。

 全身全霊で心の対ショック体勢の楯とエイルに、目の前の二人は。


「…………キスっていつ、どのタイミングですればいいのか教えて欲しい」


「何度かそれっぽい雰囲気になるんだけど、いざキスしようとすると今でいいのかと考えてしまって……」


(恋人になったしもうセックス済みだろうが君達さああああああああああああああああ!! つーかお前がリードするんだよ秀哉!!)


(雪希……アンタはアタシを何処まで苦しめるワケ?? キスぐらい好きにしなさいよ!!)


 とはいえストレートに告げるのも気が引ける、と二人はアイコンタクトをしながら言葉を考え始め。

 秀哉と雪希、どちらか一方の責任にする訳にはいかない。

 問題はどこだろうか、照れや恥ずかしさ、それもあるだろうが。


「そうだね……僕から言わして貰うけどさ、ちょっとキスを神聖視しすぎてないかい?」


「アタシも同意見ね、そりゃあロマンチックな雰囲気で、みたいなのは大切だけど。キスってもっと気軽にしていいと思うのよ」


「――――なるほど!? そ、それは盲点だった! 確かに俺はここ一番でキスすべき、みたいに考えていた……、タイミングを逃す訳だ、大切にしすぎてたんだな」


「秀哉のそういう所は美点だと思うよ、ただちょっと肩に力が入りすぎてただけなんだって僕は思う」


「………………お願い、気軽にキスするってどんな感じか教えてくれないかしら?」


 普段はクールな雪希が身を乗り出して雪希の手を取り、楯にも視線を向ける。

 秀哉は同意するように深々と頷き、ならば楯とエイルが断れる筈がない。

 とはいえ、気軽にキスするとはどういう事か、実は恋人ではない二人にはふわっとしか分からず。


「気軽にって言ってもなぁ……」


「そうねぇ~~、別に雰囲気作ってるってワケでもないし」


「したい時にする感じ?」


「そうそう、アンタけっこう問答無用でキスするわよね」


「え? 抵抗しないじゃんエイル、それに君だって同じでしょ、しかもよくキスしてって強請ってくるよね??」


「「――は??」」


「っ!? 凄いな楯!?」「だ、大胆ねエイル……!」


 なお、素面のお邪魔虫達がキスした事はなく、全てが酔いどれ中とセックス中の出来事であるのは言わぬが花である。

 初心者カップルが関心しているのに対し、楯とエイルはヒートアップして。

 何をバラしているんだと、恥という概念はないのかとにらみ合い。


「エイルはもう少し雰囲気とか考えた方がいいんじゃないかい?? ビールを口移ししてベロチューに移るの止めよう??」


「たぁ君は見える所にキスマーク付けるの止めなさいよ、今日だって化粧で隠すの苦労したんだからっ!」


「あー、ごめん、でも君は服で隠れる所ならどんな所にでもキスマークつけるの止めて? 着替える時とかビックリするんだけど??」


「はいはいゴメンゴメン、腰砕けになるまでディープなのを止めない支配欲の権化みたいなアンタには負けますよーーだっ」


「くっ、どうする雪希っ、俺たちが思った以上にベテラン上級カップルだ!!」


「でも今は学ぶ時よ秀哉、私達の手本となる熟練バカップルだわ……ッ!!」


「「感心するなっ!!」」


 思わず二人に怒鳴ってしまったが、今の楯とエイルはそれを気にしている余裕はない。

 如何に相手を負かすか、それに尽きる。

 そんなお邪魔虫カップルの姿に、初心者カップルは。


「すまない雪希……俺が積極性に欠けていたみたいだ。これからは気持ちに素直にキスしようと思う」


「謝らないで秀哉君……私も同じよ、二人みたいに深く考える必要なんてなかったんだわ」


「問題は……」


「ええ、どうしましょうか?」


 具体的に何をと雪希は言わなかったが、秀哉には正確に伝わっていた。

 彼らの目の前でバチバチやりあってるバカップル、この先達カップルを仲直りさせなくてはならない。


(――楯は煽れば乗る、着地点は何処にする?)


(エイルは頼めば答えてくれる、事の発端を考えれば……)


(仲直りのキスが妥当、雪希と理由を合わせる必要があるが――)


(大丈夫、きっと秀哉君も同じ事を考えてる、だから――)


 四人の中で頭脳派である二人は、あからさまに頷くことはしない。

 最初はどちらから攻めるか、秀哉はポテトを食べる動作で指し示し。

 雪希は紅茶を飲むことで、彼にイエスと告げた。


「まあまあ、落ち着けよ楯。二人のお陰で解決しそうなんだが……最後に一つ、手本を見せてくれないか?」


「はい?? 手本?? 何言ってんのさ秀哉??」


「ちょっとだけキスして見せてよ、それとも……楯は度胸がなくて人前だとキスできないのか??」


「はー? そんな安い挑発に乗るっていうのか?」


「私も堅木君のカッコイイ所を見てみたいな」


「やったろうじゃん!! オラァ、キスするぞエイル!!」


「アンタ簡単に乗るんじゃないわよ!?」


 焦るエイルであったが、立て直す隙を与える秀哉と雪希ではない。


「お願いエイル……こんな事を頼めるのは貴女しかいないの……、お願い親友、私に気軽なキスのお手本を見せてっ!!」


「俺からもお願いするよ小路山さん、……これからは俺達の前でも遠慮せずイチャつくっていう意味でもさ、手本を見せてくれ!!」


「う、ううっ……~~~――――やるわよ楯ッッッ!!」


「おーし、見せつけてやろう!!」


 後先考えないのが二人の美点であり、同時に欠点であった。

 あらためて向き合う楯とエイル、お互い視線は相手の唇。

 彼はぐいと彼女の背中に腕を回し、彼女は両腕を彼の首に絡ませ。


(…………そういえば、素面でキスするのって初めてなんじゃないか?)


(正気でキスすると…………ううっ、なんでこんなにトキめいちゃうのよ!! あー、もう、唇の堅さに逞しさを覚えちゃうとかさぁ!!)


(なんでだろ、すっげー甘く感じる)


(こんなにトキめくのに……痛い、胸が痛くなるの――)


 二人のキスを秀哉と雪希は満足そうに、そしてこれが恋人同士の気軽なキスなのかと尊敬の念すら覚えて。

 唇を触れあわせるだけの簡単な、しかしたっぷりと一分間。

 名残惜しそうに顔を離すと、エイルはうっとりと楯の肩に己の顔を預ける。


「ふっ、――見せて貰ったよ、今の俺たちにはまだ少し遠い見事なキスだった」


「お礼に今日のお代はこれで、お釣りは要らないわ残りは好きに使って」


「馬に蹴られない内に俺たちは退散して……ふむ、これからプチデートでもするか雪希?」


「いいわね、私もそうしたい。――またね、エイル! 堅木君!」


「また大学で、今日はありがとう楯、小路山さん……!」


 新米カップルはそう言って去っていき、残されるは素面でキスした偽ベテランカップル。


(………………素面でキスしただけなのにッ、いつも以上にコイツが可愛く思えてくるんだけど!!)


(ううっ、今はこっち見ないで、どうかこのままアタシを見ないで楯ぇ……、本気で恋してそうな顔しちゃってるかもしれないから!!)


(つーか、もしかして……、僕たち、自分で外堀埋めてない??)


(しかも無駄に意識しちゃったしぃ…………!!)


 長い沈黙の後、拳一つ分の距離を取った二人は。

 平静さを取り繕って、仲良くメニュー表を開きのぞき込む。


「呑むか!」「呑むわ!!」


 本当に円満破局などできるのか、そんな大問題を目の前に二人はがっつり酒を呑んだ後。

 へべれけで新居に帰ると、そのままお互いの体に没頭するようにセックス。

 翌日、精神状態をリセットして朝を迎えた二人は、隣の存在がとても愛おしく思えたことに強い危機感を覚えたのであった。 


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