負けヒロインと同棲することになりました

和鳳ハジメ

第1話/負けヒロインと僕が同棲を始めた時



 次々と運び込まれていく荷物を、死んだ目で眺める男女が一組。

 眼鏡の男、堅木楯かたぎ・たて大学二年生。

 金髪ツインテールの女、小路山おじやまエイル、同じく大学二年生。

 二人は酒の過ちと誤解と見栄により、恋人として親公認の同棲をする事になったのだ。


(どうして……)


(なんでこうなったのよ~~っ!!)


 引っ越し業者の手前、二人はにこやかに。

 しかい内心穏やかではいられない、だってそうだ。

 楯にもエイルにも、それぞれ今も片思いしている人がいて。


(なんで僕がコイツとなんかッ!! ああ……、これが前浜さんだったらなぁ)


(どうして……本来ならアタシの隣に千作君が居たはずだったのにッ!!)


 楯とエイルは想い人の事を思い浮かべるも、数秒もせず顔をしかめる。

 然もあらん。


(くっそおおおおおおおッ、秀哉のバカヤロオオオオオオオオオオ!! なんでお前が前浜さんとおおおおおおおおおおお!! 親友だから文句も言えないじゃないかああああああ!!)


(雪希、アンタはいい子だし同じ女として千作君に惚れるのは分かるけども!! つーか千作君は雪希にしか目がいってなかったけどさぁ!! もおおおおおおおおおおお、親友だし祝いたいけどアタシの千作君ンンンンンン!!)


 そう、つまり二人は負けたのだ、はっきり言えば、好意に気がついてもらえず、告白すらできずに終わった負け犬と言ってもいい。

 千作秀哉せんさく・しゅうやは、楯の幼馴染みで親友で。

 前浜雪希まえはま・ゆきは、エイルの大親友で。

 ――二人は、引越業者が帰った瞬間。


「ちょっとどうしてくれんのよ堅木ィ!! 本当に!! 本当に同棲開始じゃない!! んああああああああああああ!! こんなの千作君の恋人から超超超遠ざかってるじゃない!!」


「仕方ないだろう僕のオカンも君のお母さんも、僕らが恋人同士って誤解してさ、涙を流して喜んでたんだから期待は裏切れないだろうよ!!」


「それはそうだけども!! やっぱ納得できないわよぉ!!」


「フン、それはこっちの台詞だよ負けヒロインさん? 知ってるかい? 漫画じゃ君みたいなのを負けヒロインって言うんだって、お邪魔さ……おっと、ごめんね小路山さん??」


「はー? やることなすこと全部が裏目って応援になってた負け犬さんは言うコトが違いますねぇ!! その服の下の筋肉恥ずかしくないの?? 雪希の為に鍛えたのに何一つ役に立ってないわよね??」


「二十歳も越えたのにツインテールをする奴がなんか吠えてらぁ、その無駄にデカイおっぱい、秀哉がスレンダー好きだって知ってずっと頑張ってサラシとか男装コスプレ用の下着で隠してたのに一切見向きもされなかった気分はどうだい??」


 五十歩百歩、ドングリの背比べ、目くそ鼻くそを笑う、――争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。

 バチバチと睨み合うと、二人は同時にソファーに駆け寄り手に取るはクッション。

 楯はそれを右手に、エイルは左手に構え。


「は? ライン越えたわよ堅木ィ……その喧嘩買ったわ!! ていっ!! ていっ! ていっ!!」


「ちょっ!? こら小路山ァ!! 眼鏡に集中攻撃するんじゃない!! トゥ!! トゥ!! ヘァッ!!」


「完璧にガードすんじゃない!! 大人しくくらえッ!!」


「いやすまない、筋肉バカですまないな。ノーダメでジャスガすんの大変だわー、ほんとタイミングムズいわー」


「知ったかでゲーム用語使うんじゃないわよムカツクッ!! せめて水泳用語を使いなさいよブーメランパンツ男!!」


「え、そっちかい?? それにウチの部は競泳じゃないから普通の海パンってオジーも知ってるだろ」


「オジーって呼ぶなぁ!!」


 びしびしばしばし、傍目から見ると実に楽しそうにチャンバラ。

 本人たちにとっては真面目に喧嘩であるが、体格差と体力差もあり程なくエイルがバテてソファーに座り込み。

 楯は、気が済んだなと判断して台所に向かって。


「それじゃあ……オヤツ時だけど飲むかい? こんな時こそビールでしょ!!」


「アンタねぇ、それでアタシ達が何度……いやいいわ、飲む、飲むわ、飲まずにいられるかってんのよ!!」


「秀哉の前でも、その態度でいられたら何かが変わってたかもって思うんだけどなぁ」


「はー? そっくりそのまま返すけどぉ??」


 エイルは楯の差し出したビール缶を受け取るとすぐに開け、ごくごくぷはーっと飲み始める。

 彼も同じ様なもので、かーったまんねぇ、とビール臭いゲップの後に彼女の隣に座った。

 部屋には双方の荷物の段ボールだらけであったが、前日に家電と家具だけは設置しておいた甲斐はあったというもの。

 ――ごくごく、ごくごく、先ほどとは打って変わって静かな空間。


(はぁ……美味い、…………にしてもさぁ、黙ってたら可愛いんだけどなぁ。料理も洗濯も掃除も上手だし、性格もまぁキツイとこあるけど面倒見がよくてさ、あと巨乳、金髪ツインテ巨乳で腰ほっそくてケツデカイのマジ卑怯、僕の童貞返せ)


(コイツと居るとなんで落ち着くんだろ、クソ男なのに、千作君にあげる筈だった処女奪いやがった筋肉バカなのに、ま、こーして寄りかかっても揺るぎすらしないのは誉めてあげる)


(…………なんか喋れよオジーさぁ、何? どうして僕の前だけそんな気を抜いてるの?? つか引越業者いたのにルームウェアってどうなの?? お洒落するの面倒になってない君さぁ?? 生活感あってエロいとか思ってないから!!)


(ま、安心感だけが堅木のイイ所よね。このカッタい腕がさー意外と腕枕に…………ってぇ!! ダメダメ思い出しちゃったじゃん!! ううっ、千作君……)


(なんでコイツは僕の腕をすりすり撫でてくるんですかねぇ…………? もう酔ったの? いや……酔いたくなるよなぁ)


 楯もエイルも、まだ各々の好きな人を諦めてない。

 千作秀哉と前浜雪希は先日、五年間の恋を実らせた。

 それと同じ間、ずっと片思いしてきたのだ簡単には諦められない。


(寂しいなぁ……どーして僕はコイツとなんか……いや、側にいる理由はあるけど、こうなるコトは想定外だったっていうか)


(なんで私は選ばれなかったの? どうして雪希を……、いや、ダメ、今考えちゃドツボにはまるわ。忘れたい……嫌なこと全部、忘れさせて欲しい……)


(あー……なんでコイツっていい匂いなんだろ。ムラムラしてくっから離れて……でもオジーも寂しいだろうしなぁ。世の中ままならないねぇ……)


(………………酔ってるから、うん、酔っぱらっちゃったから、ね? だから――)


 その瞬間、楯はエイルの雰囲気が変わったのに気づいた。

 一回目は失恋の勢いで、二回目は悲しみ同情が何故か性欲に代わり、三回目は欲望に負けて自分にウソをついて。

 なら四回目は何だろうか、これ以上の過ちを繰り返す訳にはいかないと分かっているのに。


「なぁ、なんで胸を押しつけるんだい小路山? つーか暖房入れてるけど冬なんだから服着よう??」


「ばか、察しなさいよ……好きでしょアタシのおっぱい。最初の時はあんなにキスマークとか手形とかつけておいてさぁ、まだ肩の噛み痕残ってるんだけど?」


「おい、おい? そういう雰囲気だって分かるけどさぁ、四度目だぞ? 流石にこれ以上はちょっと……って脱ぐなよ早い早いッ!? つか膝の上から退いて?? 乗らないで??」


「ほら……アンタも脱ぎなさいよ、女の子に恥をかかせるつもり? ――――三回シちゃったなら四回目も誤差よ誤差、…………慰めてよ」


「オジーさぁ、自暴自棄になってるだろ」


「いいじゃん、アタシもアンタを慰めてあげる、アンタはアタシを気持ちよーくして慰める、ウインウインじゃない? ほら、ブラ外しなさいよ今日は……優しくなんて……しないで――」


 エイルの白肌は上気して、頬は赤らみ上目遣いで楯を煽るように唇を舌で湿らせる。

 彼女の体臭がいつもより濃く感じた、頭がくらくらして体が痺れてうまく動けない。

 そんな彼の右手を取り、彼女は己の左胸へ誘導した。


「っ、ぁ、や、やめ――」


「ね? 忘れさせてよ何もかも、アンタだけなの、今のアタシには、アンタだけが……」


「で、でも小路山ッ」


「今だけはエイルって呼んでよ、ね? 楯――」


 それは卑怯だと楯は唇を悔しそうに噛んだ、名前で呼ぶなんて、名前で呼べだなんて。

 まるで恋人みたいに、しかしそれだけ彼女が温もりに飢えている証拠で。

 ――我慢がきかなくなりそうだ。


(でも、さ、小路山が好きなのは秀哉なんだろう? 僕じゃダメだ、僕じゃダメだから)


 この状況で楯ができる事はなにか、小路山エイルという女の子の為にできる事はなにか。

 ある、一つだけある、それは――。


「――じゃあ、さ。僕のことを秀哉って呼べよ。せめて僕を代わりにしてさ」


「………………は~~~~~~~~~~~~~あ」


「えっ!? な、何そのなっがい溜息!? 何か間違えた!? え、あれ!?」


「アンタねぇ……、いや、だからかぁ……」


 エイルは思わず苦笑した、同時に目の前の男が妙に可愛く思えてくる。

 誰かの為に何かができる人、決断できる人、最後には自分の想い犠牲にしてでも親友と想い人の背中を押した損なヒト。

 少しだけ間違っていたのだと彼女は笑った、自分たちに湿っぽいのは似合わないと。


「ありがと、気持ちだけは受け取っておくわ。それに、そーいう所にいつもアタシ助けられてるんだもん感謝しとく」


「お、おう?」


「だから……今は何も考えずにセックスを楽しみましょ? アタシもアンタを気持ちよくしてあげるから、アンタもアタシを気持ちよくして、ンフー、ほーれとっとと股間のデカいのだしなさいよ、今回はアタシが勝ってアンタが早漏だって証明してみせるから!!」


 魅惑的な巨乳をぶるんとさせながら、膝の上で勝ち誇る彼女に楯はポカンとした後に思わず苦笑して。

 確かに無粋だった、そもそも二人の関係は戦友みたいなものなのだから。

 だから鼻息荒く、両手で鷲掴みにして。


「――カチンと来たね、君は素直でいい女な所がだいぶあるけど。――今日は気絶しても止めないからな、またシーツぐっしょぐしょになっても知らないぞ。――あ、その前に晩ご飯作るの面倒だからピザ頼むわ」


「ならシーフードが入ってるのにしなさいよ、それからポテトはマスト。あ、ちょっとベッドを整えておくわ」


「頼んだ、こっちも追加でチキンも頼んで、………………オッケー、僕もそっち行くよー」


「ヘイカモーン! 慰めックスするわよ!!」


 楯とエイルは、同棲を開始して早々に恋人でもないのにセックスを始め。

 ――二人が何故にこの様な関係になったかは、数日前に遡るのである。




※一日一話お昼頃に更新です

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る