第4話/負けヒロインと僕が話し合った時



 くつくつと鍋が煮える、冬といえばやはり鍋、今日のような寒い日にはやはり鍋だと楯とエイルは合意に至って。

 ちなみに楯としては、己の部屋でエプロンをつけ台所に立つ彼女の姿にドキとしてしまったのは気のせいである。

 エイルとしては、材料を買う時に荷物を全て持ってくれた彼にトキめいてしまったのは錯覚で。


「テーブルの上、どけなさーい。鍋できたわよー」


「あいよー、ビールだしておくな」


「ご飯もついでおいて、アタシのは少な目で」


「僕も少な目にしとくか酒が入るワケだし」


 今日の鍋は、ごま豆乳坦々鍋である。

 しかもご丁寧に、スープは買ったモノではなくエイルがレシピを探してきて作ったという経緯が。

 あまり自炊をしない楯にとっては、鍋をスープから作るエイルが料理上級者に思えた。


「――――おおっ美味そうだ!」


「フフン、味は保証するわよ、あのお嬢様育ちの雪希だって絶賛だったんだから!!」


「え、マジで!? 僕たちの中で一番グルメだけど一番料理音痴な雪希が絶賛!?」


「アンタねぇ……それ雪希を貶してるの誉めてるの?」


「どっちかっていうとチャーミングな欠点だと思ってる、凄く親しみが持てるよねって」


「ま、親しみもてた所でアンタは見向きもされなかったんだけどね」


 ツインテールを揺らしながらニマニマと意地悪く笑うエイル、それはいつもの彼女で。

 前を同じ日常が帰ってきたのかもしれない、と楯は挑発的な目を向けた。


「お、やるか? 買うぞ? 喧嘩なら買ってあげるよ??」


「――――――アタシの処女」


「土下座するね?? おいおいおい、本気の土下座を見せてあげようか?? つーか童貞返して貰っても??」


「なるほど、残念だけどアンタは鍋が食べたくないようね……」


「わかった、処女膜再生手術ができる病院探して手術代を借金してくるから十分待って」


「誰が望むかそんなもんッッッ!! あーもう、いいから食べるわよ! ――――乾杯!!」


「やったぜ乾杯!!」


 昨日の今日だ、ビールはそれぞれ一缶だけ。

 禁酒しないあたりバカな酒飲み大学生の面目躍如とといった所ではあるが、ともあれ。

 二人はいただきますと声を揃えながら、さっそく鍋をつつく。


「~~~~っ、ウッッッマ!! え、凄くマイルドでクリーミーなのにちゃんと坦々が辛い!」


「そうでしょそうでしょ、もっと誉めなさいよ! んーっ、我ながら今日もいい出来ィ!!」


「ほほー、挽き肉だけじゃなくて豚バラも入ってるのか、男の子には嬉しいねぇ」


「それだけじゃないわ、油揚げはちょっとお高いヤツを買ったのよ!」


「どーりで美味い……いや待って、今日金出したの僕じゃね?? 材料費ヤバいコトになってないよね?」


「アタシが全部作ってあげたんだから、文句いわないの」


「はいはーい、…………くぅ~~~~っ、ビールにあう!! 一缶しか飲めないのが惜しい!!」


 二人とも酒にはそれなりに強い方で、ビールで酔うなら最低三本は欲しいという所。

 しばらくウマウマと食べていたが、そろそろ今日の目的を果たさなくてはならない。

 楯は名残惜しそうに、箸を置くと真面目な顔をして眼鏡を光らせた。


「じゃあオジー、対策会議の続きといこうじゃないか」


「決まったのは、コンドームを常備しておくこと、それから今後は半径一メートル以内に近づかないこと、でよかったわね?」


「それから二人でいる時は禁酒、――明日から」


「…………コンドーム以外全部明日からね」


「まー、僕のテーブルは一人暮らし用だし、飲み納めはしたいし」


「それに……」


 エイルは口ごもった、二度と泥酔朝チュンの即死コンボを決めないようにルールを設けたが。

 今こうやって二人っきりで酒を飲み鍋を食べているのには、ちゃんとした理由があるのだ。

 彼女は恨めしそうに、楯の背後を睨み。


「くっ、こんなにお酒があるのに呑めないなんてぇ!!」


「我慢だっ、我慢しろオジー! ……僕も我慢しているんだ、畜生! どうして僕はお酒を大量にストックしておいたんだ!!」


「色んなビールにウイスキーや焼酎に……、どれもスーパーで売ってるものだけど、だからこそ味が想像できて呑みたくなるのにぃ……!!」


「でも……ダメなんだ僕らは呑んでは!!」


「そうよ!! もう二度と酔いどれセックスなんてしないんだから!!」


 ――今日の鍋はこの先への布石。

 もし秀哉と雪希に呑みに誘われたら、醜態を晒さない為にもお酒をセーブして呑む。

 その為の練習だったのだ、そして目的はもう一つ。


「…………これぐらいじゃ僕らは酔わない、正気のままだ」


「だから――、少しぐらいお酒が入ってもアタシ達は雰囲気に流されてセックスしない、今宵はその証明になるのよ!!」


「二度あることは三度ある、なんて間違いなんだ!! 僕らは戦友……共に好きな人と結ばれる為に手を組んだ同士!! 好きな人の恋路を邪魔するという悪に落ちても…………僕らは願いを叶える!!」


「よく言った堅木ぃ! 人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえって死んだけど!! アタシ達は見事に復活したのよ!!」


「そうだとも頑張――――うあっちゃっ!? アチチチチ!?」


「ちょっと堅木!? 大丈夫なの!?」


 興奮した楯が勢いよく立ち上がった瞬間、取り分け用の椀がひっくり返り。

 ある程度は温度が下がったとはいえ、熱いスープが彼の服にかかる。

 エイルは火傷に備えて背後のキッチンへ走り台ふきんを濡らす、彼は服を脱いで上半身裸に。


「うわー、やちゃったなぁ……。洗濯する前に染み抜きとかいるのかなぁ」


「何を暢気にしてるのよバカっ、火傷は……」


「冷たっ!? ありがたいけど大丈夫だから、そんなペタペタ触らないでくれる? ちょっと過敏になってるのか凄くくすぐったい」


「へー? ほー? いいこと聞いたわね、うりゃうりゃうりゃっ!!」


「ふぇっぷ!? そこ火傷関係ないじゃん!? わき腹やめてぇ!!」


 彼女はホワタァとふざけながら彼のわき腹をツツく、最初は笑顔であったが何故かすぐにしかめっ面になって。

 然もあらん、ツツいた感触が違う。

 悔しくもエイルのわき腹をツツいたら、少々ぷにっとしているだろう、だが楯のわき腹はカッチカチなのだ。


「――――ズルい、どんな鍛え方したらこんなに堅くなるのよ!! アタシのはプニっとしてるのに!!」


「そう言われてもなぁ、むしろ君ぐらいなら男は大喜びなぐらいだよ? 実際に触って心地よかったし、ちゃんと括れてエロいし」


「ホントにぃ……? 一度や二度抱いたからって彼氏気分でお世辞言ってないでしょうねぇ……?」


「言ってないし、それを言うなら今の君は僕の彼女気取りって感じじゃない? 端から見れば食事中にイチャついてるカップルだと思うよ」


「……………………アタシとした事が!! こんな優しさと筋肉と行動力とセックスしか取り柄がないヘタレの彼女気取りだなんて……一生の不覚!! 生きていけないわ!! お詫びにアンタが死ねぇ!!」


「流石にヒドくない?? あーあ、ハートがブロークンしちゃったなー、これは損害賠償が必要だと重うんだけどなー」


 楯は態とらしくぶーたれながら汚れた床とテーブル、そして食事の後片づけを始め、エイルは彼の文句を聞き流しながら汚れた服の始末を担当して。

 作業が終わると、二人はまたテーブルに戻った。

 先ほどとは違うのは、対面に座っていた彼女が彼の隣にいること。


「…………」「…………」


 無言、しかしそれは苦にならず、逆に落ち着く一時で。


(気のせいって思いたいのに……アタシ、悪くないって思っちゃってる、まだもう少し……コイツと一緒に居たいって)


(自惚れじゃなけりゃ、まだ一緒に居たいって思ってくれてる筈で…………あー、酔ってないのに、酔ってないんだけどなぁ)


(あと五分、ううん、十分したら帰るの、そう言うの――)


(なんでコイツってこんなに可愛いの?? そりゃあ前浜さんには負けるけども、どうして僕はコイツを……)


 何か理由はないだろうかと楯は思考を巡らせた、しかし悲しいかな彼は頭脳役ではなく思考は空回るばかり。

 普段の己ならどうしていただろうか、そして隣にいる女に遠慮など必要なのであろうか。

 答えが出そうで出ない状況の中、彼は考えることを止めた。


「なぁ小路山、今日は帰るな」


「…………っ、ぁ、――――おお、奇遇ねアタシも泊まりたいって思ってたのよ」


「マジで!? じゃあ一緒に風呂に入る??」


「いい提案ね、近頃は電気代もバカにならないし節約のために一緒に入りましょうか」


「僕ら、酔っぱらってるかな? たったビール一缶で泥酔しちゃったかな?」


「泥酔してるわ、たったビール一缶で泥酔してるの。だから……朝になるまで酔いは醒めないし」


「酔ったから寒くて抱きしめて暖めあいながら寝ると」


「酔っちゃったから、きっとこれが最後の泥酔だから――――」


 成功してしまった、己すら騙せないウソをついてしまった、雰囲気に流されてしまった、正気なのに、酔ってなんていないのに。

 これで終わりなんて、どちらも信じていないのに。


(バカねアタシ、念のために気合いいれた下着きてきたのが正解になっちゃったじゃない)


(つくづく己のアホさ加減には呆れるね、僕の部屋で鍋って時点で期待しちゃってたんだ。ただ目を反らしてただけってね)


(なんでよ……なんでコイツと体の相性がいいのよ……ドハマリしてるじゃないアタシってばさぁ――――)


(コイツの身体に溺れてるのか、現実逃避なのか、情が沸いちゃったのか、…………まぁ、今はいいや)


 二人はその後ゆっくりと、お互いを労るようにじっくり交わった。

 そして心地よい疲労感の中、うっかり相手と結婚した夢を見て爽やかに目覚め。

 起きたらもう慣れたものだ、酒の所為にできず、ならば朝チュンを嘆く資格なんてない。


「…………じゃ、もう行くわね」


「気をつけて帰れよ、帰ったら――」


「うん、アタシが家に帰ったらルールを守って、もう二人でお酒は呑まないし、……ううん、二人っきりになるのすら止めましょ。連絡や相談はスマホだけで」


「ああ、それがいい、じゃないと僕たちの恋は実らないから」


 情事の後始末をし、空気を入れ替え。

 エイルはメイクをした後、この家から出ようとして。

 ――――ぴんぽーん、と電子音が。


「ちょい待ち、宅急便か何かかな? でも何か頼んでたっけ??」


「代わりに受け取っておくわよ、玄関においておくから後で持ってきなさいな。――はい、今でまーす…………………………あ゛っ??」


「………………どうしたんだい? もしかして来客のほ………………え゛っ!?」


「おやおやおや、久しぶりねぇ楯? 貴男がエイルちゃんと前から恋人だって聞いて着てみたら……あらやだお邪魔だったかしら?」


「エイルちゃん、水くさいじゃない付き合ってるって言ってくれないなんて……でも安心したわ、さっきエイルちゃんトコ行ったら不在だったから、通い妻してるぐらいラブラブだなんてママ嬉しい!!」


 ぴしり、と楯とエイルは固まった。

 来客、それは二人の母親で。

 しかも秀哉と雪希と同じように、二人が恋人だと誤解している様子で。

 今度こそ終わった、と二人は頭が真っ白になった。


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