第25話 日常と接触


 伊与木さんが隣に引っ越してきてから数日が経った。


 今までも確かに一緒にいることが多かった。

 そりゃ、クラスは違うが学校は同じだし、バイト先も同じでほとんどシフトの時間も被っていたから。


 だが、家が隣だとよりその時間は多くなった。

 特に予定がなければ一緒に帰るのがこれまでの日課であり、それは今も続いているためほぼドアtoドアで一緒。


 もはや最近、伊与木さんといない時間を探す方が難しくなっている。


「入明くん、コーヒーいりますか?」


「あ、お願いします」


「了解です!」


 今も当たり前のように、伊与木さんは俺の部屋でくつろいでいる。

 俺に聞くことなくインスタントコーヒーの場所を知っているし、マグカップももちろんのこと。


 こないだは伊与木さんが満面の笑みでお揃いのマグカップを買ってきて、普通に俺の食器棚に置いてある。

 なんだかまるで、同棲しているような気分だ。


 そして、


「ふふっ、よいしょっと」


「……」


「ふふふっ」


 上機嫌に俺の隣に腰を下ろし、コーヒーをずずずっと飲む伊与木さん。

 わずかに肩が触れるほどの距離感だが、これも当たり前のことになっている。


 おまけにチラチラと俺のことを見ては、目が合うと照れたように小さく笑うのだから、心底心臓に悪い。


 もちろん嫌じゃない。

 そんなの当たり前だ。


 伊与木さんは学園のアイドルと言われるほどの美人。 

 そんな女の子にこんなふうにお近づきになれて、嬉しくないはずがない。


「今日も暑いですね」


「そうですね〜。最近は気温も高いですし、夏が近づいてるって気がします」


 暦の上ではまもなく7月に入る。

 もはや夏に、季節は移り変わっているのだ。


「暑いのは嫌だなぁ……」


「しょうがないですよ、夏なんですから」


「そうなんですけどねぇ」


 なんてことない会話をして、コーヒーを飲む。

 随分と穏やかな休日だなと思っていると、急に伊与木さんがぷっと笑った。


「ど、どうしました?」


「すみません。なんだかおかしくって」


「なんかおかしかったですか?」


「はい。だって私たち、高校生なんですよ? なのにまるで老夫婦みたいな会話しちゃってて、おかしくって」


 確かに、活発な高校生に似合わない休日の過ごし方をしているように思う。

 ただまぁ、俺はこれが好きなので気にしたことはなかった。


「言われてみればそうですね。全然違和感なかったんで、気づかなかったです」


「違和感ない、ですか?」


「はい」


 すると、今度は伊与木さんが嬉しそうに微笑む。


「嬉しい言葉、いただきました」


「え? 嬉しい?」


「ふふっ、鈍感な入明くんには分かりませんよ」


「ま、またそうやって」


「自分で気づかない限りは教えませんよー? にひひっ」


 自分としては煮え切らないのだが、伊与木さんが楽しそうにしているのならいいかと思ってしまう。

 鈍感なところは、ぜひとも直したいところだけど。


 会話が途切れ、静かな時間が流れる。

 だが、全く気まずいという感じはない。


 だからこそ、俺と伊与木さんはこんなに一緒にいても嫌にならないのだと思う。

 そんなことを考えていると、足の指にふにっと柔らかなものが触れた。


 見てみると、伊与木さんの足が俺に触れていた。


「伊与木さん?」


 伊与木さんからの返事はなく、代わりにニコッと笑顔を返される。

 瞳はとろんとしていて、俺をからかうような、小悪魔的な雰囲気を纏っている。


 その調子で今度は足が俺の足に乗ってきて、ゆっくりと擦られた。


「ど、どうしたんですか?」


「いや、別になんでもないですよ?」


「そ、そうですか」


 なんでもないのに、足を触れさせてくるのだろうか。

 今の伊与木さんは随分とラフな格好をしているし、俺としては色々と我慢しなければならないのだが……。


「ふふふっ♡」


 小さく吐息を漏らしながら、今度は絡ませてくる。

 ゾワっと体が震える感覚に包まれる。


 なんだろう。

 まるで捕食されているような、そんな気分だ。


「あのー、伊与木さん?」


「なんですかぁ?」


「……な、なんでもないです」


 何か言えるわけもなく、そのまま足に感覚が行かないように理性を保つ。

 伊与木さんの足がすべすべすぎるとか、触ってみたいとか思っちゃダメだ。


 絶対に取り返しのつかないことになる。

 抑えろ俺。抑えろ俺!


「……えへへ♡」


 わけもわからずスキンシップを取られること10分。


「そろそろご飯にしますか」


「は、はい」


 ようやく解放され、ほっと息を吐くのだった。


「な、なんだったんだ、あれは……」


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