第19話 衝動と予感
翌朝。
なんとも言えない天気の中、いつも通り伊与木さんと並んで歩く。
「ほんとに大丈夫だったんですか?」
「はい。指一本触れられてないですよ?」
「……んぅ」
心配そうに伊与木さんが俺の体の足先から脳天まで見ていく。
なんならぺたぺたと体を触り始めた。
「い、伊与木さん?」
「入明くんに傷一つあったら大変です。どこも痛くないですか?」
「痛くないですよ」
「で、でも……こ、ここは? あざとかないですか⁈」
「睨み付けられただけであざができたら大変ですよ」
「そ、そうですけど」
まさかこんなに伊与木さんが心配してくれるとは思っていなかった。
なんでも、俺が連中に呼び出されたとき、たまたまそれを伊与木さんは聞きつけたらしく、実はあの場をひっそりと見ていたそうだ。
だが、駆け付けた時にはもうすでに堅人が先生を呼んでいて、一部始終を見たわけではないらしい。
「傷一つないですよ。ほら、こうして俺、ピンピンしてますし」
「なら、いいんですけど……」
やはり伊与木さんも他人事だと思えないのだろう。
人一倍責任感の強い伊与木さんのことだ。
俺がなぜ連中に絡まれていたのか、知らないわけがない。
「あまり気にしないでくださいね。第一俺、まだ何もされてませんし。それに何かされそうになったところで、あの連中に負けるほどやわじゃないですから」
「それは分かってます! 入明くんが強いのは分かってますけど……そういう問題じゃないんです」
俺の言葉じゃ伊与木さんの心配を晴らすことは出来そうにない。
伊与木さんはむぅ、と何かを考えこむように顔をしかめている。
そして徐々に表情が険しくなっていった。
「それにしても、入明くんにひどいこと言ったんですよねその人たち」
「ま、まぁそうですね」
「ひどい、ひどいです……ほんと」
「い、伊与木さん?」
伊与木さんが遠くを見ている。
心ここにあらずと言った感じだ。
「入明くんを傷つけるようなことを……許せない、許せない」
「伊与木さん?」
「私の入明くんを、私の入明くんを……」
「伊与木さん!」
流石にこれ以上は、と思って体を揺さぶる。
「はっ! あ、ごめんなさい、入明くん」
「いいですよ。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。うん、大丈夫」
「そ、そうですか。ならよかったです」
始めて見たかもしれない。
伊与木さんの静かに怒る姿を。
美人は怒ると怖いとよく言うが、そんなもんじゃない。
友達の俺でさえ、ぶるっと震えるような感覚があった。
その後、普段通りの温和な伊与木さんだった。
しかし、俺はあの時の伊与木さんの表情が頭から離れなかった。
♦ ♦ ♦
頭の中が黒く黒くなっていく。
こんなにも感情に支配されたのは初めてだ。
でも、抑えようとも思えない。
聞いた話によれば、あの男は入明くんを複数人で囲んだらしい。
別にそれは問題じゃない。
入明くんは世界一カッコいいし、世界一強いから負けるわけがない。
強いて言うなら入明くんの体に傷が残ってしまうのを心配しただけ。
問題は、入明くんに罵詈雑言を浴びせたことだ。
私と釣り合わないとか、陰キャとか。それはもう耳を塞ぎたくなる言葉を散々。
入明くんはその言葉で傷ついていないように見えるけど、内心どう思っているか分からない。
少なくとも、入明くんの心は傷つけられた。
許せない、許せない。
私の最高にカッコいい入明くんが傷つけられた。
許せない、許せない、許せない。
第一、私と釣り合わないとか意味が分からない。
むしろ入明くんが眩しすぎて、私の全部を捧げても足りないっていうのに。
私が黒い衝動のようなものに浸っていく。
様々な感情が渦巻く中、確かに感じるのは――怒り。
私の入明くんにひどいことを言った、連中に対する怒り。
黒い衝動に私が呑み込まれたとき。
私の足は動き始めた。
許さない、許さない。
私の入明くんを傷つけたこと、許さない。
♦ ♦ ♦
放課後。
呑気に帰宅を準備をし、伊与木さんを迎えに行こうと教室に行く。
しかし、伊与木さんどころか誰もいなかった。
「ってか、人少ないな」
放課後はもっと廊下が人であふれる筈なのに、今はまばらだ。
何かやっているんだろうか。
どうしたものかと思っていると、バタバタと走る音が響いてきた。
「おい入明!」
「……堅人?」
汗だくの堅人を見て、嫌な予感がした。
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