第20話 胸騒ぎと本心
胸騒ぎがする。
いつもなら待ってくれている伊与木さんの姿ないこと。
放課後だというのに人が異様に少ないこと。
堅人の危機に迫った表情。
そして、昨日の伊与木さんの初めて見る怒った顔。
どれもが風吹くようにぶわっ、と一気に重なった。
ごくりと唾を飲みこみ、堅人の言葉を待つ。
「……大変なことになった」
「え? 大変なこと?」
「あぁ。今、前澤先輩のとこに紗江様が乗り込んでんだよ!」
「前澤先輩?」
どこかで聞いたことのある名前だ。
「サッカー部のエースだよ! 昨日お前を脅した人!」
「あの人か! ……ちょっと待て、あの人のとこに伊与木さんが乗り込んでんのか?!」
「そうだよ! しかも紗江様、めちゃくちゃ怒ってる。ほぼ殴り込みだよあれは!」
今日の伊与木さんの表情、そして「許せない」の言葉がフラッシュバックする。
嫌な予感が的中した。的中してしまった。
「どこだ、伊与木さんは今どこに」
「前澤先輩の教室だ! ついてこい!」
「わかった!」
急いで階段を駆け上がり、三年の教室へ向かう。
焦る気持ちはだんだんと強まり、気づけば全速力で走っていた。
目的地に近づくにつれて、人の数が多くなっていく。
そして騒がしくもなっていった。
三年生のフロアの一番端。3年A組の教室。
教室前に溢れかえるような数の生徒たちが中を覗きこんでいた。
着いたはいいが、生徒が多すぎて中が見えない。
どうしたものかと模索していると、声が聞こえてきた。
「だから、何度も言った通り私はあなたのことが好きではありません。そして、これからも好きになることはありません」
「伊与木さん……」
綺麗な芯の通った声。
だが、わずかに怒気を含んでいる。
「そんなこと言うなよ。付き合ってみたら、俺のこと好きになるかもしれないだろ?」
「ないです、絶対に。だから――入明くんをどうこうしようと、無駄です」
伊与木さんは、それを言うために乗り込んだに違いない。
昨日の件に関して、間違いなく伊与木さんは責任を感じていた。
だから、問題を解決しようと自ら動いたのか。
「ったく、困ったもんだな。あれのどこがいいんだか。俺の方が男として百倍……いや、二千倍はいいだろ」
「あれ、ですか?」
「そうだよ。あのクソ陰――」
「入明くんを物みたいに言わないでッ!!!」
場が静まり返る。
伊与木さんの初めて見せた確かな怒りに、みんな声すら出なかった。
「入明くんは、本当に優しい人なんです。優しくて、カッコいい人なんです。絶対に困ってる人は見捨てない。そして、私を助けてくれる。私を助けてくれたんですッ!!!」
周りに言い知らしめるように。
そして、俺にも言うように伊与木さんは続ける。
「外見なんて人それぞれ好みが違います。カッコいいカッコ悪いなんて、その人の意見でしかないんです。それを踏まえて――私はあなたより、外見も内面も入明くんがカッコいいと思います。いや、世界一入明くんがカッコいいと思ってます」
まるでそれは――
「はっ、何言ってんだよ。どう見たって紗江様と入明は釣り合ってない。それは誰が見てもそうだろうが! な、お前らもそう思うだろ?」
きっといつもの取り巻きの連中に聞いているのだろう。
ぽつぽつと前澤先輩の言葉を肯定する声が上がる。
「ほら見ろ、みんなそう思ってる。これが正しい意見で――」
「あなたがそう思ってるなら、別にかまいません。でも私は入明くんをカッコイイと思う。だから私にあなたの価値観を、そして他の人にその価値観を押し付けるのはやめてください。自分勝手に、入明くんを傷つけるのはやめてくださいッ!!!」
正論だ。
間違いなく伊与木さんは正論を言っている。
周囲も前澤先輩の子供じみた発言や考えに伊与木さんを同情する声を上げていた。
そりゃそうだ。
伊与木さんの意見は正しい上に、伊与木さんの方が学校内で信頼を得ている。
素行の悪い上級生に、学園のアイドル。
どちらに分があるかは歴然だ。
さすがのアウェーな雰囲気に苛立ちを隠せない前澤先輩。
勝負あったかと思ったが、ここで「はいはいそうですか」と非を認めるほど、前澤先輩は潔くはなかった。
「……はぁ、お前めんどくせぇよ。ちょっと可愛いからって調子乗りやがって。なるほどな、よく分かったよ。こりゃ釣り合ってるわけだ。陰キャでつまんねぇ入明って奴とな!」
ガタンと椅子の倒れる音が響く。
ぴりついた雰囲気。
「入明! こっからなら見れるぞ!」
「ありがとう、堅人!」
堅人に導きでなんとか今の状況が見れる位置に移動する。
「伊与木さん……!」
前澤先輩が立ち上がり、見下ろすような形で伊与木さんを睨みつけていた。
周囲には昨日俺に絡んできた男たちもいる。
数はざっと合わせて八人。
だが、臆することもなく伊与木さんは前澤先輩に相対していた。
「あ? 何睨んでんだよ。ふざけんじゃねぇぞッ!!!!」
完全に頭に血が上っている。
勝負は決まった。それなのに、前澤先輩は引く様子もない。
――マズい……!
俺の勘がそう叫ぶ。
「入明くんを傷つけたあなたを絶対に許さない!!!」
ピリッと痺れる雰囲気がその場を支配する。
今にも衝突してもおかしくない。
そんな中、その予想通り前澤先輩が右腕を振り上げた。
――その瞬間、ダッ! と地面を蹴り、飛び出す。
伊与木さんの前に飛び出ると、前澤先輩の腕を抑えた。
「っ?! て、てめぇ……!!!」
腕を払い、猛獣のごとく顔をしかめた前澤先輩を睨みつける。
「もう終わりにしましょう」
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