第14話 目撃と忠告


 嘘でしょ。

 入明があの男たちについて行くなんて絶対ダメ。


 あっちは四人。しかもかなりガタイがいい。

 それに比べて入明は一人だけ。


 ボコボコにされるに決まってる。

 

「ちょっと待って入明!」


「なんですか?」


 引き留めたが、入明は何でもないような顔でケロッとしている。

 不思議と強がりじゃない気がしてしまう。


「さすがについてくのはマズいわ。ここは警察を呼んで……」


「大丈夫ですよ。すぐに終わりますから」


「え?」


「じゃあ、ちょっと待っていてください」


 するりと私の手をすり抜け、外に出てしまった。

 

 しまった。

 大人として止めるべきところを止めきれなかった。


「とりあえず、警察に電話を」


「――大丈夫ですよ、高松さん」


「い、伊与木ちゃん?」


 この子も何を言ってるの?!

 今から好きな人がひどい目に遭うっていうのに。


「伊与木ちゃんも見てたわよね? 今入明が」


「えへへっ、大丈夫ですって」


 え、え?!

 伊与木ちゃんがだらしない顔してる?!


 いつもキリっとお上品さが漂う伊与木ちゃんが、なんだか下品だわ!


「で、でも!」


「入明くん……うへへ」


 私の言葉が聞こえてない?!

 

 そのままニヤニヤしながら伊与木ちゃんが入明くんの後を追った。


「伊与木ちゃんまで……」


 未成年の二人に行かせるのはさすがにマズイ。

 ここは店長代理として、二人を止めないと!


 私も急いで店を出て二人を探す。

 流石に店前にはいない。


「だとしたら……」


 回り込み、店の裏側に向かう。

 案の定そこには入明くんを取り囲む男四人の姿があった。

 

 そして、少し後ろの物陰で様子を伺う伊与木ちゃんも。


「なぁお前。見た目からして高校生くらいか?」


「そうですけど」


「そんでもって見た目もパッとしねぇ。さぞ俺に注意したとき、勇気を出したんだろうなぁ?」


「そんなことはないですが」


 入明くんの返しに、明らかに苛立ちを露わにする男たち。

 なんで神経を逆なでするような発言をするのよ入明くんは。


「あれか、いい姿見せようってか?」


「いい姿?」


「ここの店員、めちゃくちゃ可愛い子いんだろ」


「あぁー、伊与木さんですか」


 伊与木ちゃんがにへらぁ、と頬を緩ます。

 間違いなく今喜ぶ雰囲気じゃない。


 けど、なんかそんな伊与木ちゃんの反応見ると緊張感抜けるわね……。


「そうだよ。だから陰キャなりに頑張っちゃった的な? ハッ!!! だっせぇなぁ!!! そんでもって童貞くせぇ!!!」


 めちゃくちゃな言い分だ。

 もはや入明くんに腹いせしてるみたいだ。


「童貞の匂い?」


 煽るな煽るな!


「入明くん、童貞……えへ」


 伊与木ちゃんはTPO考えて!

 あとこの子もう誰なのよ。私のイメージと違いすぎるんだけど。


「お前はあのババァがお似合いだよ!!! あははははッ!!!!」


 ……はぁ、全くなんなのよこいつら。

 人をババァババァって、まだおばさんの年齢じゃないっつーの。


 でも、こんなやつらの言葉ごときで傷つくなんて、情けないわね私。

 ――ほんと、最悪な日だわ。



「ありがとうございます。光栄です」



 え?


「は?」


「だって高松さん、お綺麗じゃないですか。だから光栄だなって」


 ……な、何よ急に。

 澄ました顔でそんなこと言っちゃって。


「チッ。こいつつまんねぇ。やっちまおうぜ」


「へへっ! もう許してやんねぇからな?」


 男たちが入明に近づいていく。

 そして一人が殴りかかった。


 見てられない!

 目をつぶったその瞬間、ドサッ! と人が倒れる音が響いた。


 やっぱりこうなってしまった。

 入明……入明!


「……え?」


「あ、あ?」


 目を開けて、視界に飛び込んできたのは衝撃の光景だった。

 倒れていたのは入明ではなく――殴りかかった男だったのだ。


「な、何が起こったの?」


 状況が呑み込めない。


「ち、ちくしょう! やりやがったな!」


 別の男が入明に殴りかかる。

 しかし、拳を入明は避けその流れで男の顔面に肘を入れた。


「いってぇぇぇぇ!!!!」


 悶える男。

 入明は無傷で男を見下していた。


「い、入明?」


 私の知らない入明がそこに居た。

 

「この野郎ッ!!!」


 つづけさまに残りの二人が襲い掛かる。

 ただ攻撃の一つも入明には当たらず、気づけば男四人全員が地面に倒れていた。


「入明、強すぎ……」


 言葉を失う。

 あんなにパッとしないとか思ってた子がこんなにも強かったなんて。


 入明は倒れた男に近寄り、しゃがんだ。


「お金を払って、さっさと行ってくれませんか?」


「な、何言って……」


「行ってください」


 遠くからでも分かる入明の剣幕。

 見知っている私でさえ、入明を怖いと思ってしまった。


「……わ、分かったよ」


 そう言って、男たちは代金を支払い帰っていった。

 当の入明は何事もなかったかのように仕事に戻っていった。


 入明の背中がさっきよりも大きく見える。

 なんだろう、この胸のざわつく感じ。

 

 これって、もしかして……。



「高松さん?」



「ひっ!」


 ゾクッと背中が凍るような感覚。

 殺意を含んだような鋭い視線。


 振り返ってみると、そこにいたのは伊与木ちゃんだった。


「ど、どうしたの?」


「いや、一つだけ忠告? したいことがありまして」


「え、え? ちゅ、忠告?」


「はい」


 笑顔で私の耳元に顔を寄せてくる。

 そしてはっきりと、私にだけ聞こえる声で言ったのだった。


「入明くんは私だけのものですよ?」


 再びゾクリと背中が震える。

 

 ――あぁ、なるほど。そういうことか。


「分かってるわよ。取ったりしないわ」


「ならよかったです。仕事に戻りますね」


 入明の後を追うように厨房に入っていく伊与木ちゃん。

 私はその後ろ姿を眺めながらふぅ、と息を吐いた。



 甘酸っぱいなんて、そんな可愛いものじゃなかった。 

 

「全く、大変な子に好かれてるわね、入明」


 以上、アラサー社員、高松香織。

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