第15話 故障と約束
ぴりりり、ぴりりり、ぴりりり。
徐々に音が大きくなっていく。
というより、だんだんと耳がはっきり聞こえるようになってきた。
それと同時に意識が覚醒し、わずかに瞼が上がる。
「朝、かぁ……」
大抵の人間は朝があまり好きではないだろう。
例にも漏れず朝に弱い俺は、始業のチャイムと同じくらいアラームの音が嫌いだ。
ベッド脇にある小さなテーブル。
小刻みに震えるスマホにノールックで手を伸ばす。
――ガタンッ。
「……あ」
音を立てて床に落ちたのはスマホ。
アラームの音はぴしゃりと止み、不思議なことに目がパッと覚めた。
「や、ヤバいかも」
拾い上げてみると、画面には大きなヒビが入っていた。
タップするも反応なし。
電源ボタンを長押ししても反応せず、嫌でも分かってしまった。
「こ、壊れた……」
使い始めて早三年。
幾度となくこうして落としては安否を確認し、パッと顔を明るくさせれば安堵に胸を撫でおろしたもの。
だが遂に、彼は笑わなくなってしまった。
「最悪だ……」
はっきりとした目覚めと引き換えに、歴戦の友を失った朝であった。
「――というわけで、壊れちゃったんですよ」
「それは災難でしたね」
登校しながら今朝の話をする。
「でも、スマホは高価ですから大切に扱わないとダメですよ?」
「肝に銘じておきます」
伊与木さんの意見はもっともだ。
今度からは落としても大丈夫、という甘い考えは捨てることとしよう。
「それにしても、新しいの買いに行かないといけないですね」
「そうなんですよ。まぁスマホを持たないっていうのも考えたんですけど……」
「今の時代、それはさすがに不便ですよね」
「だから、買わないとって思うんですけど、ちょっとめんどくさくて」
スマホ一つ買うのに色々と手続きがいる。
前回は母同伴の下、「分かりました」と頷いとけば入手できたんだが……今回はそういうわけにはいかないだろう。
はぁ、とため息をつく。
すると隣の伊与木さんが「じゃあ」と話しを切り出した。
「私と一緒に行きませんか?」
「え? 伊与木さんと?」
「はい。ちょうど明日休日ですし、一緒に携帯ショップ行くのはどうでしょう?」
「え、でも……」
「誰かと一緒なら少しはめんどくさくないでしょう?」
確かに、一人で買いに行くのが億劫だと思う節はあった。
伊与木さんと一緒なら、友達と一緒なら……。
「い、いいんですか?」
「はい。休日は基本暇ですし、ちょうど軽くお出かけしたかったんです」
「なるほど。じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「ウェルカムですっ」
伊与木さんが胸の前で小さくサムズアップする。
こうして、俺は伊与木さんと新しい携帯を買いに行くことになった。
♦ ♦ ♦
翌日。
伊与木さんを待たせまいと早めに家を出た。
家から駅まで徒歩十分。
照り付ける太陽の日差しに目を細める。
五月も終盤。
最近は気温も少し上がり、少しずつ夏の気配が感じられた。
「……待てよ」
ふと、考える。
今から俺は、伊与木さんと駅で待ち合わせをしてショッピングモールに行く。
今となっては平日毎日、ほぼずっと一緒にいるが休日はたまに遭遇する程度。
こうして約束をし会うのは初めてだ。
「な、なんか緊張してきたな」
友達とはいえ、相手は伊与木さんだ。
街を歩けば誰もが振り返る完璧な美人。
そんな人と俺がでかけるのだ。
「俺、服装大丈夫かな」
他にも寝癖が立ってないか、など急に気になってしまう。
見るに堪えないほどではない……と、思う。
その後もなんだかそわそわしながら駅に向かった。
時計の針をちらりと見る。
現在の時刻は9時40分。
待ち合わせ時間まであと20分はある。
「ちょっと早く着きすぎたかもな」
なんて思いながら待ち合わせ場所の時計台の前に行く。
するとそこには人だかりがあった。
「路上パフォーマンスでもしてるのか?」
よくギターを持った夢追い少年がライブをしているのを見る。
朝から頑張るなぁ。
「なぁおい。あの子可愛すぎじゃね?」
「芸能人?」
「坂系のアイドルなんじゃない?!」
「オーラすげぇ……」
ん?
周りの人の反応を見る限り、もしかしたら……。
人の間からちらりと見ると、そこには私服姿の伊与木さんがいた。
フレアデニムにTシャツをタックインというカジュアルなコーデ。
いつも綺麗という印象の伊与木さんが今はカッコよく見える。
「芸能人かよ……」
そう呟いてしまうほどにオーラが半端ない。
たぶん芸能人がああやって立っていたらこんな感じなんだろう。
思わず見とれていると、伊与木さんが俺に気が付いた。
「入明くん!」
とてとてと俺の方に寄ってくる。
揺れる黒と銀の髪。
通りすがる人に振り返られながら、伊与木さんは俺の下に来た。
「おはようございます」
「お、おはようございます、伊与木さん」
眩いオーラに圧倒され、返事がぎこちなくなってしまう。
そんな俺を伊与木さんは気にも留めず、目を細めてニコニコと笑っていた。
「今日は来てくれてありがとうございます」
「いえいえ。むしろこっちも、わざわざ休日にありがとうございます」
なんとも律儀な人なんだろう。
感心していると、伊与木さんが改札の方を指さした。
「少し早いですけど、行きましょうか」
「ですね」
俺の隣に収まるように並んだ伊与木さん。
いつもの登下校のようなスピードで俺たちは歩き始めた。
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