第29話 女の子と泥
伊与木さんはヤンデレだ。
その確信を得てから一夜明けて今日。
いつも通り伊与木さんと登校し、午前の授業を受け終えた。
昼休みの時間になると昨夜に堅人に連絡していた通り二人で中庭に出る。
昼ごはんは堅人と二人で教室で食べるのがお決まりだが今日は場所を変えさせてもらった。
それはもちろん、大事な話をするためである。
「それで、どうだったんだよ紗江様は?」
「え?」
「話があるってことは伊与木さん絡みの話だろ?」
「……さすが堅人だな。そうなんだよ、実は昨日――」
俺は昨日あったことをすべて話した。
と言っても話すべきこと自体は少なく、昼食を食べている途中に話し終えた。
「だからやっぱり、堅人の言う通り伊与木さんは異常に俺に執着してるみたいだ」
「やっぱりな。というか逆に、今までの紗江様の行動を間近で見て気づかなかった方がおかしいわ。入明ってほんと鈍感だよな」
「そ、そうかな」
でも考えてみれば自分は絶対に鋭い方ではないし、よくどんくさいとも言われる。
確かに堅人の言う通り鈍感なのだろう。
「ま、紗江様がヤンデレってわかったわけだし、お前のためにも慎重に距離を取った方が――」
「え、なんで?」
「……は?」
何言ってんだお前、とでも言いたげな顔で俺のことを見てくる堅人。
俺、今何か変なこと言っただろうか。
「いやいや、そりゃそうだろ。明らかに紗江様は異常だって。ほんとお前の行動次第で何されるかわかんないんだぞ? 考え方変えればストーカーなわけだし」
「でも俺、嫌じゃないよ?」
「そ、そりゃ紗江様みたいな学園のアイドルに固執されて悪い気はしないだろうけど、お前なぁ」
「それに俺、ヤンデレヒロイン結構好きだし、伊与木さんを突き放すとか俺絶対できないよ」
伊与木さんは俺の人生の中で、初めてと言っていいほどに仲良くなった人だ。
その人との縁を自分から切れるほど、俺は薄情な奴じゃない。
「で、でもよぉ」
「いいじゃん、ヤンデレでも異常に執着されてても。形はどうあれ、俺にいい感情を持ってくれてるわけだし、こんなに嬉しいことないよ」
「相当歪んだ愛だぞ? 歪んだ愛ほど、恐ろしいもんはないぞ?」
「そうだね」
「ほ、ほら。好きな男が浮気してて、それに怒ってぶすっと刺しちゃうとか、そういうことも起きかねないわけで……」
「伊与木さんはそんなことしないよ。確かに危険を感じることはあるけど、でもたぶん大丈夫」
「……お前って頑固なのな」
「この件に関してはね」
俺は基本的に堅人のアドバイスは聞くようにしている。
それは俺の人生経験よりも堅人の方が豊富で正しいからだ。
でも、伊与木さんに関しては俺の気持ちを尊重したい。
俺がどうしたいか。これが大事なのだ。
だから俺は伊与木さんが俺に異常に固執してようが突き放さない。
伊与木さんは俺にとって、大事な人だから。
「……はぁ、分かったよ。その代わり、何かあったら言えよ?」
「うん、ありがとう」
本当に堅人はいい友達だ。
どんな答えを出そうとも、俺の味方でいてくれるから。
「かぁー! それにしても学園のアイドルがお前と、かぁ!」
「なんだよ急に」
「すげぇことが世の中にもあるんだなってしみじみ感じてんだよ」
「あはははっ、変なこと言うなぁ堅人は」
「まぁな」
なんでもない時間がこんなにも楽しい。
友達って、やっぱりいいな。
「あれ、堅人?」
「あ、静香。どうしたんだよ」
「いや、たまたま通りかかったからさ!」
誰だろうこのポニーテールの女子は。
堅人と仲よさそうだけど、見たことがないな。
たぶんうちのクラスにはいなかったはずだけど……。
「あ、すまんこっちで話してて。そういや紹介してなかったな。この子、塚原静香。俺の彼女」
「こんにちは! 堅人がお世話になってます」
「……え? か、彼女⁈ い、いたの⁈」
「つい最近できたんだよ。機会あるときにちゃんと紹介しようと思ってたんだけど、今になっちまったな」
「そ、そうなんだ」
思えば、堅人に彼女がいないと考える方が変な話だ。
堅人はコミュ力もあって人気者。誰かに好かれるに決まっている。
「入明くん、だよね?」
「あ、は、はい」
「わぁーやっと会えた! 噂でよく聞いてたけど、堅人からもよく話聞いてたから会いたいと思ってたんだ」
「そ、それは光栄です……」
なんだかむずがゆい。
友達の彼女ってこんな感じなのか。
「光栄なのはこっちの方だよな、静香?」
「まぁね。これからよろしくね、入明くん」
「はい、よろしくお願いします」
握手を交わす。
活発な印象の塚原さん。
堅人と話している様子も見る限り、いかにもお似合いな二人だ。
「今度からはお昼ご飯、私も誘ってよね?」
「入明がいいならな」
「いい? 入明くん」
「いいですけど……俺、邪魔じゃないですか? 何なら俺一人で食べますけど」
「いいよいいよ! むしろ入明くんがいてくれた方が楽しいからさ」
「ならいいですけど……」
「ってかその言い方、まるで俺と二人が楽しくないって言ってるようなもんじゃないか?」
「ち、違うよ! そうなら付き合ってないし!」
「た、確かに!」
「な、仲良いね」
二人の会話が眩しいと思ってしまう。
だけど俺はその二人が優しく輪の中に入れてくれたおかげで、楽しく会話ができた。
人生で一番楽しかった昼休みだと、俺は思った。
♦ ♦ ♦
私はその光景を見て、体が固まってしまった。
「わ、私の入明くんが……」
杉並くんと入明くんが仲がいいのは知っている。
少し……いや、だいぶ嫉妬したけれど男の子だからまだ我慢できた。
でも、今随分と可愛らしい女の子と入明くんが会話している。
それも、仲良さげに。
「なんで、なんでなんでなんでなんでなんで」
フラッシュバックする、昨日の入明くんの質問。
「もしかして、入明くん。私じゃない、あの女と……」
嘘だ嘘だ嘘だ。
入明くんの全部は私だけのもののはずなのに。
心がどんどん沈んでいく。
体が底の見えない泥の中に、ゆっくりと落ちていく。
「このままじゃダメだ。私の入明くんがとられる。私の入明くんがとられる」
そんなのは嫌だ。
入明くんは私のものだ。私だけのものだ。
他の人に絶対に渡すもんか。
指一本、触れさせるものか。
風船のように、私の深い愛が膨らんでいく。
それは理性という容器の中でどんどん大きくなり、そして――破裂した。
「私だけのものだもん。しょうがないよね?」
泥の中に体が沈み、視界が真っ暗になる。
感覚は消え、何も見えない、何も感じない。
ただその中で一つ、私の愛だけが私を突き動かす。
「いいよね、入明くん?」
こんな私を受け入れてね、
「ふふっ、一生っ♡」
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