第8話 違和感と変化

 

 最近の伊与木さんはどうもおかしい。


 いや、前からおかしなところは多々あった。

 俺が伊与木さんを誘拐犯から助けて以降、偶然では説明のつかないほど伊与木さんと遭遇していたし、バイト先も同じ。

 

 それにたまに俺を見る目がとろんとしていたこともあった。

 カッコいいわけでも喋りが上手いわけでもない俺に執拗に絡んでくれてもいた。


 これは関係ないかもしれないが、同時期から背後に視線を感じるようにもなっていた。

 伊与木さんと関わり始め、嫉妬の視線を向けられることは多々あった。

 でも、俺が受けていた視線は悪意というより、好意の視線だったのだ。


 まぁこれはさすがに関係ないだろうけど。


 ……ともかく、最近の伊与木さんはおかしい。


「あれ紗江様じゃない?」


「隣歩いているのは噂の入明だ」


「朝も一緒に登校とか、付き合ってるんじゃない?」


「ってか同じアパートから出てこなかったか?」


「え、朝帰り? あの紗江様がお泊り?!」


 コソコソ噂されているのに目もくれず、伊与木さんは俺の隣を満面の笑みで歩いている。

 これで一週間、こうして伊与木さんと学校まで登校していることになるな。

 初めは、本当に驚いたものだ。




「おはようございます、入明くんっ♡」


「……え」


 瞬きを数回。

 目を擦っても、目の前には男の理想としか言い表せない学園のアイドルが立っていた。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ⁈ ななななんで伊与木さんが俺の家の前に⁈」


「一緒に登校したいなって思いまして。嫌、でした?」


「嫌とかじゃないけど」


 さすがにアポなしで家の前に立たれているとびっくりする。

 それも相手があの伊与木紗江だとより、だ。


「ふふっ、じゃあ行きましょうか、入明くんっ♡」


「は、はい」




 その後、一週間にわたって伊与木さんと登校している。

 なんだろう。距離感も肩が触れ合うほど近いし、じーっと俺を見つめてくる。

 今まで感じていた違和感が間違いないものに変わったような、そんな感じだ。


 登校だけでなく、昼休みも帰り道も、そして休み時間すらも隙あらば伊与木さんは俺のところに来ていた。

 おかげさまで周囲の視線は一層寒々しく、こないだはガラの悪い連中に目があっただけで舌打ちをされてしまった。


 それにしても、なんで伊与木さんは俺にこんなにかまうのだろうか。

 助けてくれたお礼……が常に一緒にいるというのは、伊与木さんが思いつきそうなアイデアじゃない。

 だったら……って、考えて分かるわけがない。


 とにかく、最近の伊与木さんはおかしい。




    ♦ ♦ ♦




 バイト終わり。

 

 今日は珍しく空いていたため、少し早めに上がらせてもらうことになった。

 別に急いでいるというわけではないが、素早く支度を済ませて裏口から外に出る。

 

「あっ、入明くんっ。やっと来ましたね」


「い、伊与木さん……」


 壁にもたれかかり、待っていたのは伊与木さんだった。

 同じタイミングで上がったはずだが、伊与木さんが一足先だったようだ。


「一緒に帰りませんか? それか、今から遅めの晩御飯とか……」


「きょ、今日はこれから友達と予定があるんです」


 咄嗟に嘘をつく。

 正直言おう。俺は怖いのだ。


 伊与木さんがあまりにも俺にべったりすぎる。

 それも不自然なほどに。

 だから少し距離を置きたいというのが俺の本音だった。


「友達、ですか?」


「そ、そう! 友達!」


 友達なんて一人もいない。

 言ってて自分で悲しくなるが、ここは突き通すしかない。


 伊与木さんはそんな俺をじーっと見て、「わかりました」と言った。


「それなら仕方がありません。また今度、お願いしますね?」


「は、はい。じゃあ俺はここで」


「はい」


 うすら笑いを浮かべながら、家とは逆方面の繁華街に向かう。

 もちろん予定などない。ただ、ここでポーズを取りたいだけだ。


 微笑みながら伊与木さんが俺に手を振ってくれる。

 手を振り返して前を向くと、伊与木さんが俺の背後に言葉を投げかけてきた。



「じゃあ、また明日、入明くん」



 ゾクッ、と体が震える。

 感じたことのない恐怖。

 

 俺は逃げるように歩幅を広げ、足早にその場から去った。

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